少し前のことになるが、ケンジントンにあるLeighton House Museum / レイトン・ハウス・ミュージアムで開催中のローレンス・アルマ=タデマの企画展「Alma-Tadema: At home in antiquity」(アルマ=タデマ:いにしえの暮らし)を見てきた。※タイトル日本語訳は手前味噌なものです
ローレンス・アルマ=タデマ。1836年にオランダで生まれて1870年に英国に帰化した画家で、その生涯は旅が多い。中でも新婚旅行で訪れたイタリア・ポンペイで見たものに触発され、その後は古代ローマやギリシャを題材にした歴史画に多くとりくむことになる。本展では彼の円熟期における作品が主軸となっている。
この展覧会が7月7日に始まり雑誌などで彼の作品を目にすることが多くなったとき、ラファエル前派を思わせる画風に興味を抱いて行ってみたら、大正解。2010年4月に大改装を終えて再オープンしたレイトン・ハウスそのものがまるで異空間のような不思議な空気をたたえていて・・・しばしのタイムスリップを楽しむことができた。
レイトン・ハウス・ミュージアムは、ヴィクトリア朝19世紀の英国美術界に大きく貢献した画家であり名士であるフレデリック・レイトンが暮らしたアトリエ兼住宅をミュージアムとして使っている。生前からほぼプライベート・ミュージアムとして機能していたので彼の死後も住まいとしての価値が見出されず買い手がつかなかったため、そのまま美術館として利用されるようになったという「英国で唯一、展示目的で建設された邸宅」だという。ダマスカスやトルコから取り寄せた美しい幾何学模様タイルとウッド・ワークで覆われたインテリアには、言うなれば落ち着きのあるラグジュアリーの極みを見出すことができるだろう。
この邸宅の中で、間違いなく核を成しているのがアラブ・ホールと呼ばれる吹き抜けのドームだ。撮影禁止だったので写真を掲載することができないが、こちらのサイトでその様子をご覧いただきたい。ヴィクトリアン邸宅の中に突如として現れる中東アラベスク。当時、この邸宅を訪れた人々の驚きたるやいかばかりであったであろう・・・。企画展は随時変わっていくのだと思うが、邸宅インテリアを見るためだけでも訪れる価値あり、のレイトン・ハウス・ミュージアムなのだ。
さて、アルマ=タデマである。
レイトンとアルマ=タデマはヴィクトリア朝のロンドンで活躍した同時代の人だが、深い交流があったわけではなさそうだ。しかし作風には共通点があり、二人とも好んで題材を古典(古代ローマやギリシャの神話や歴史、あるいはエジプト)に求めている。
伝説や文学、ときに聖書からインスピレーションを得た同時代のラファエル前派の面々とは異なる題材ではあるが、両者ともに実際のモデルを使って描かれるため「あたかも見てきたかのごとく」その美は写実的であることが多い。そのロマンチシズムは、象徴主義における神秘的な、ときに退廃的な美学と隣り合わせだ。
レイトンの作風がある意味で優等生的な美に留まっているのに対して、アルマ=タデマのそれは、ときに枠を踏み外し耽美的な傾向を強める。円熟期の代表作として紹介されている「The Roses of Heliogabalus(ヘリオガバルスの薔薇)」(1888)は、稀代の悪帝として知られるローマのヘリオガバルス帝が、大量の薔薇を招いた客人の上にばらまいて窒息死させたという逸話を元に描かれている。ピンクの薔薇の花びらが舞い散るその絵は典雅な夢の世界を描いているようにも見えるのだが、実のところ皇帝の狂気の顛末を表現しているのだとしたら、いささか見方を変えざるをえまい。しかしながら主題が何であれ、観る者は迫力ある薔薇の香りを肌で感じてしまうほどの力作である。
またあるときの主題は「モーゼの発見」。幼きモーゼがエジプト王の娘に拾われ王宮へと連れていかれる途中の様子が描かれている。こちらも王女、王女に仕える者たちの表情が豊かに描かれ見応えがある。アルマ=タデマの描く人物、情景はどれも匂い立つがごとき臨場感にあふれ、鑑賞者の目を釘付けにする。
「美しいだけで深みがない」という理由で長らく忘れられていた作品群は、その純粋な美しさゆえに今また再発見されている。レイトン・ハウス・ミュージアムで開催中のアルマ=タデマ展は10月29日まで。興味がある方はぜひ。12 Holland Park Road, London W14 8LZ(火曜をのぞく毎日開館)