出会いはシークレット【前編】

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「詳しい内容は言えないんだけどさ、すげー面白いイベントをカノ女が今度ローンチするのよ。参加してみる?」 

たまたま同じローカル・バスに乗り合わせた友人からそう声をかけられたのは、もう数ヵ月も前だ。友人のパートナーはロンドンとコペンハーゲンを頻繁に行き来するデンマーク人。なにやら秘密のイベントを企画中だという。

私は好奇心のおもむくまま、「するする!」と答えてそれに申し込んだ。しばらくして届いた招待状には、16名の参加者が北ロンドンのシークレット・ヴェニューに集い、とことん楽しく美味しい一晩を過ごす、と書かれている。「でも、それ以上は教えられない、なぜなら『that would ruin the fun』(楽しみを損なうから)」。

キャッチフレーズは「16 PEOPLE・16 SONGS・16 STORIES」。イベント名は「SEI.LAR」(セイラー)。London Mixerと謳っているから、交流イベントには違いない。招待状には自分の好きな2曲と、それを選んだ理由を折り返し教えてほしい、と書き添えられていた。音楽もこのイベントの重要な要素となるみたいだ。

11月半ばのイベント当日夕方、私は北ロンドンのある駅まで出向いていった。何が待ち構えているのか、まったく知らされずに。

駅前では主宰のカミラがランタンを持って迎えてくれた。私を含め一番乗りだった数人に続き、少しずつ参加者が集まってくる。それぞれがほぼ初対面で、お互いのやっていること、どうやってこのイベントを知ったかなどを話しながら、少しずつ距離を縮めていく。それは寒さも本格派しはじめた、秋の夜。駆けつけ一杯とばかり、そしてあたかも「不思議の国」への招待だとでも言うように、「Drink me」と書かれた小瓶入りのカクテルが意味ありげにふるまわれた。

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Drink Me! のカクテルの出どころは・・・

全員が集まったところで、何台かのタクシーに分かれて秘密の目的地へと向かって行く。クルマの中で、さっそく誰かが選んだ一曲がかかる・・・この日のために選ばれた、とっておきのナンバーだ。選んだ本人がパーソナルな思いを語るのを聞いているうちに、タクシーはある建物のフロントへと滑り込むように乗り付けた。

「ウェルカム!」

明るい髪色の楽しげな雰囲気を漂わせた女性が、満面の笑みで全員を迎える。この日のためにコペンハーゲンから飛んできたホストの一人、ナナだ。細い通路を意気揚々と入っていくと・・・

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なんとデニム工場!  そこは職人たちが手作業でデニム製品を作り上げていく、正真正銘のスロー・ファッションの現場だった。

じつを言うと……この場所に足を踏み入れたとき、個人的にはピンと来るものあった。以前、ある雑誌の日本語版編集をしていたとき、北ロンドンに職人気質のデニム工房があるという記事を読んで知っていたのだが、もしやそこなのでは・・・という思いが頭をかすめたのだ。すると思った通り、雑誌で見覚えのあったこの方、オーナーのハン・アテスさんのお顔を見てそれは確信に変わった。

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デニム工場に来ちゃった! 左が創業者のハンさん。クルド系トルコ人で業界歴は長い。

ここはウォルサムストウを拠点に手作業でデニム製品を作り続けているセルビッジデニム・メーカー「Blackhorse Lane Ateliers / ブラックホース・レーン・アトリエ」。知る人ぞ知るデニムの名店だ。そして……この日は作業台の上でカクテル作りのデモンストレーションが行われていた……型紙をバックに……!

こちらはプレゼンターとして会をまとめてくれたSEI.LARのアラインさん。カクテルも作っちゃいます

こちらはプレゼンターとして会をリードしてくれたSEI.LARのアラインさん。カクテルも作っちゃいます

右がMother's Ruinの別記さん

右がMother’s Ruinのベッキーさん♪ テイスティングが進む、すすむ・・・

プレゼンテーションしているのは、 同じく北ロンドンのウォルサムストウを拠点に「Mother’s Ruin」というジン・メーカーを創設運営しているベッキー・グリフィスさん。子供の頃から自然に親しんで育った彼女は、母親に教わり身の回りに山ほどあるダムソンやスロー(スモモの一種)を使ってリキュールを作ることを趣味としていたそうだ。少しずつ作っていたリキュールは味の良さから話題となり、今では小規模な小売店で販売されているほど。社会活動家として若年から社会に出て、後にソーシャル・ワーカーとして長年働いてきた彼女の人生を大きく変える転機となり花開いたローカル・ビジネスである。

ジンは国民的な飲み物として王室から庶民まで幅広くイギリスで親しまれているが、18世紀半ばには破格に安いアルコールとして庶民の間に爆発的に浸透し、酔っぱらった母親が子供の面倒を見ないなどという深刻な悪影響を与えたことから「Mother’s Ruin」(母の破滅)との別称が生まれた歴史もある。そんな悪名を払拭し、今ふたたびジンはファッショナブルな飲み物として注目を浴びているのだ。

この日は2種のカクテルを作っていただいたのだが、フルーツ・リキュールらしいほのかな甘さと言葉にし難い独特の風味が刺激的だっただけでなく、ドリンクのカラーがとても個性的!   週末はウォルサムストウの醸造所でジン・バー「Mather’s Ruin Gin Palace」もオープンしている。

ベッキーさんのストーリー披露が終わると、今度はこの素晴らしいスペースのオーナー、ブラックホース・レーン・アトリエのハンさんの登場だ。自身がなぜファスト・ファッションに挑み続けているのか、その理由を経歴とともに話してくれた。話を聞くにつけ、至極まっとうな感覚を持つ、妥協を許さない男、だということが分かる。

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アトリエは2016年にオープンしたばかりだがメディアへの登場回数は半端でないハンさん。業界歴も長く、信念を持って突き進むローカル・ヒーローといったところだ。しかしこの人の場合は、Think globally, act locallyというよりも、Think locally, act globallyといった感じでビジネスは外へ向いている。

ハンさん自身、20年以上前にはファスト・ファッションの現場で成功裏に大規模な縫製工場を経営していた。ハイストリート・ブランドからは安く作ることを要求され続け、それに答えるために工場を海外に移して転々とした。元々ファッションや縫製を純粋に愛する彼は、そんな業界のあり方に疑問を持つようになる。そこで一旦、業界から身を引き、ロンドンに戻ってレストラン経営を始めた。その時に、小規模ビジネスをコミュニティの中で運営していく楽しさを身にしみて味わったという。

縫製の世界へと返り咲いて現在のビジネスを設立したのは数年前。今度はスロー・ファッションを看板に掲げての登場だ。

このブランドの大きな特徴は、素材を含め製品のディテールに徹底的にこだわること、伝統製法と新たな手法の両方で縫製していること、製造工程におけるサステナビリティやCO2排出量に多大な配慮をしていること、そしてコミュニティの一員として敬意をもって貢献していることなどが挙げられる。例えば他メーカーに比べてもしっかりとしたコットンで作られるポケットは、きわめて強度が高い。現場には一つひとつの工程に心を込めてあたる約10名の縫製工が働いているそうだ。

そしてさらに驚かされるのは、このデニム工場が今回のイベント会場として選ばれた理由でもある、プロフェッショナル・キッチンの存在である。アトリエの奥には 20名弱が着席できるダイニング・テーブルがあり、ガラス張りで中が見えるようになっている別部屋にはプロ仕様のキッチンが設えられている。これはハンさんのレストラン業界時代からのアイデア。ここではさまざまなワークショップが行われるほかに、サパークラブの会場としても使われているそうだ。

コミュニティに貢献しつつ自身の夢を実現し、周囲も幸せにしている人びとの話に耳を傾けた後は……いよいよディナー・テーブルに着席の時間だ……。 

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この続きはまた明日!

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にAbsolute Londonを立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。

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