能楽の可能性を世界へ:キュレーター・インタビュー

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大人になって初めて分かる愉しみというのはある。

それは塩辛の美味しさかもしれないし、茶道の世界を極めることかもしれない。あるいは夢みた高級車で海辺をドライブすることかもしれない。お能を鑑賞し、そのシュールな美しさに魂を震わせることも、大人の愉しみの一つだ。

6月末、日本の能楽師たちがイギリス現地のアーティストたちと真剣勝負のコラボレーションを結ぶ、じつにクリエイティブな舞台がKings Placeで行われた。一部の公演を鑑賞させていただき、日本では決して観られない共演に大きく感動、能の面白さに心底シビれてしまった。

それは「Noh Reimagined」と題された能まつりで、2日間に渡って古典演目や新作、トークやワークショップが披露され、現地の聴衆を興味と興奮の渦に巻き込んで大成功裡に終了。 何と言っても日本でも第一線で活躍されている能楽師の皆さんの揺るぎのないクオリティが素晴らしかった。日本でさえなかなか一流の舞台を間近で鑑賞する機会は少ないと思う。それをこうしてロンドンで観ることができた幸運もさることながら、能楽師と西洋の芸術家たちが、ともに奇跡のような舞台を創り上げたことに、大きな喝采を送りたい。

この実験的かつ意義深い能まつりを企画されたのは、Mu:Artsの代表であるプロデューサー、柳沢晶子さん。今回は能を脳科学的な見地から解き明かすという知的好奇心を刺激される取り組みもあったほか、能の独特の動きを伝えるワークショップも企画。もちろん、忘れてならないのが能本来の幽玄美だが、そこは古典「井筒」の舞で観衆を魅了した。加えて能の新解釈舞台、前衛音楽家のレオン・ミッチェナーさんと笛方の鬼才・一噌幸弘さんのコラボなど、どれをとってもよく考えられた内容だった。

今回の舞台を見た聴衆は、奥行きのある能の幻想的な味わい、その伝統が現代アートと出会うことで生まれるアバンギャルドな閃きの両方にノックアウトされることになる。そして、こんな批評などまったく意味をなさないほどに私自身、魂を没入させて鑑賞させていただくことになった。

日本から来られた能楽師の皆さんは以下:
一噌幸弘(笛方)田邊恭資(小鼓)柿原光博(大鼓) 吉谷潔(太鼓)
馬野正基(観世流シテ方)浅見慈一(観世流シテ方)

あまりにも面白い取り組みだったので、ぜひとも柳沢さんにお話を伺いたいと思ってインタビューを申し込んだ。どのようにしてこの企画は生まれたのだろうか? ぜひご一読いただきたい。

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Mu:Arts 柳沢晶子さんインタビュー
「双方向のエネルギーが生み出す何かを見届けたい」

「Noh Reimagined 2018」は2日ともほぼ満席で大盛況でしたね。ご成功おめでとうございます。企画の背景についてお話を聞かせてください。

Mu:Artsの柳沢晶子さん

Mu:Artsの柳沢晶子さん

柳沢晶子(以下AY)「Noh Reimagined」という形でプロデュースし始めたのは2016年からです。今年で2回目ですね。Mu:Artsでは2004年から日本の伝統芸能をロンドンに紹介する取り組みをしていますが、もともと日本の伝統アートと英国の現代アーティストがコラボレーションをしたらどんな面白いものが生まれるのか、そこに興味があって始めたことです。

「Noh Reimagined」で実験している、能を国外の観客に観ていただくという試みが今後も成功していくかどうかについては、2つの視点があると思っています。一つは私も含めて、能を外から見ている外部者の視点。もう一つは650年に渡って連綿と続く能という伝統芸能を、内側から支えている能楽師の皆さんの視点です。

伝統芸能である能が、いかに現代の文化やアートと絡んでいくことができるのか。私の興味は、そこに集約されます。現代的な文脈の中でいかに新しい視点を獲得していくか。さらには現代アートとのコラボレーションで新しい何かを生み出すことができるのだろうか、という点。その中で、願わくば毎日古典を練習し、演じている能楽師の皆さんへの新たな刺激にもなって欲しい・・・おこがましいようですが、そんな思いもあります。新しいものを率先して産んでいきたと思っているわけではないんです。両者が出会い、同じ舞台に立つことで、必ず生まれる刺激がある。そこから生み出される何かに、注目していると言えばいいでしょうか。

©️Mayumi Hirata

夢幻能の舞@Kings Place  ©️Mayumi Hirata

今回のバラエティに富んだプログラムの数々を拝見していると、その思いが伝わってくるようです。

AY:能楽師の皆さんは古典を守り、継承していくことが仕事であり使命です。そこは尊重しなくてはなりません。中には日本で受け継がれている古典のままの形を海外の皆さんに見ていただくべきだという声もあります。それも真実でしょう。しかしアートは常に自由で開かれています。特に海外公演では、古典だけではないものを提供していくことも時には必要だと思っています。

noh私が目指したのは、能をベースに、新しいプラットフォームを形作っていくことです。例えばイギリス人作曲家のベンジャミン・ブリテンが1956年に日本を訪れた際、「隅田川」を観て大変インスパイアされたという事実があります。帰国後、彼は能の構成を基にしたオペラ「カーリュー・リヴァー」を書きました。この小歌劇は現在でも毎年のように上演され、現代音楽に影響を与え続けているのは確かだと思います。しかも能を真似たわけではなく、彼らしい解釈のもとに全く新しいスタイルを生み出した作品です。つまり能という日本の伝統芸能と、西洋の才能が出会い、双方向のコミュニケーションの上に創り上げられた芸術なのです。私は21世紀の芸術とはそうあるべきではないかと思っていて、そういった作品の受け皿となるプラットフォームを作っていけるとよいなと思っています。

能に脳科学的な見方をもたらすというユニークな試みも紹介されています。

AY:これも新たな視点を生み出せるのではないかと考えたから取り入れてみたことの一つです。能にもお詳しい理研の脳科学者である入來篤史博士によると、世阿弥が唱えた能の「離見の見」は、メタセルフという概念で脳科学と繋がっているそうで、今回は入來博士にそう言った視点からトークをしていただきました。

入來博士にお声がけしたのは、夢幻能と脳科学を結びつけることを思いついたからです。夢幻能は、人の夢の中、つまり脳みその中での話が展開されるわけですよね。私たち人間は、夢というイリュージョンをいつも見ています。脳科学の研究でもイリュージョンはとても大切なテーマですし、芸術全般においてイリュージョンはインスピレーションの大元と言ってもいいですから。そしてコンセプトとして生と死をテーマの中心においてみました。夢幻能で幽霊が自らの魂を語るように、笛で死者の魂を蘇らせるというコンセプトで新しい舞台も作りました。

こういった企画は、私のような能の外部者だからこそできる試みであって、能の当事者からは出てこないアイデアではないでしょうか? 能を内側から理解するには、能楽師に弟子入りして学ぶか、あるいは学者になって深く研究するしかないですよね。でも、皆がそれをできるわけではありませんし、また私たちはオーディエンスとして能を純粋に楽しむ権利があります。

古典能が素晴らしいのは言わずもがなですが、同時に分野横断的なコラボレーションも興味深い。それで今年は2日を使ったKings Placeでの公演のうち、1日目は純粋な古典を観ていただき、2日目をコラボにあてることにしたのです。

Noh Reimaginedについて、今後の目標や課題はありますか?

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クリエイティブなコラボを実現した笛方の一噌幸弘さん(右)とレオン・ミッチェナーさん。

AY:能は古典ではありますが、現代の人々にとっては、同時にとてもコンテンポラリーなものだと思います。研ぎ澄まされた芸術は、作られた時代にかかわらず、常に前衛的だし現代に通じていく力があります。舞台芸術の分野で世界的に何が起こっているのかをオブザーブすることが私の役割だから、今後も世界で起こっていることと、日本の伝統芸能をいかに結びつけていくが、今後の課題かな。

個人的には、能楽の「間」が素晴らしいと思っています。能楽ほどダイナミックに「間」を表現している音楽はないのではないでしょうか。小鼓のポンという音が響き、しばしの間があって、大鼓の乾いた音が伸びやかに空気を揺らしていく。その間あいのエネルギー、緊張感がとても好き。古典を守りつつ、能楽師さんたちの素晴らしい才能を、もっと世界の人たちに知っていただきたいです。

海外公演ではパートナーシップや援助をいかに得るかも要となってきます。どのようにこの企画を実現されたのでしょうか?

AY:最初はゼロからの出発ですね。ファイナンシャル・リスクも負ってのスタートです。また日本の古典芸能をそのまま招聘することで日本文化を紹介するといったことはすでに他の方が素晴らしいお仕事をされているので、私は自分自身で興味のある方向性を追求しました。つまりコンセプトを練ってキュレートするという意味ですが、結果的にアーティスティック・リスクもありましたね。

有り難いのは、Kings Placeさんには共催という立場をとっていただき、広報までサポートしていただいたことです。大きな助けでした。また今年は必要な協力をさまざまな機関からいただくことができ、大変感謝しています。中でも私が今回のようなケースで最も重要なだと思うのは、アーツカウンシル・イングランドとの関係です。

彼らはイングランドの文化にとって利益があるかどうかという視点で助成を決定します。日本の文化に対してお金を出すわけではないのです。まずイングランドに芸術的な利益をもたらす新しい試みであるかどうか、面白いチャレンジがあるかどうかを見ます。また多様なバックグラウンドの聴衆にアピールし、インパクトを与えること、また会場に来られない人とも情報をシェアできるようにするということも、彼らにとっての利益です。さらにアーティストにとって発見があることも大切です。今回であれば科学者のトークも組み入れましたので、アーティスト、聴衆の双方にとって発見があったと思います。また異文化でコラボすることによる現代文化に対するインパクトの大きさなども審査対象になります。

また新しい試みに対してとてもオープンでいらっしゃるアーツカウンシル東京からもご支援をいただきました。東京を拠点としているアーティストを支援する団体で、東京在住者の多い能楽師の皆さんをサポートしていただくようお願いしました。もちろん国際交流基金さんやGreat Britain Sasakawa Foundationさん、Yakult UKさんなど、大きなご支援をいただいた皆さまにも心から感謝申し上げます。国際交流基金さんには欧州の他都市との橋渡しでもお世話になりました。せっかく日本からヨーロッパに公演に来るわけですから、できればロンドン以外でも公演させていただければと、2016年はローマ、今年はマドリッドでも公演を企画し、実現することができました。

来年もまた、この素晴らしい企画はあるのでしょうか?

AY:Kings Placeの共催者も今年の公演を見てとても喜んでいましたし、動員数を見る限り、やる価値はあると思っています。あそこの大ホールの舞台は、ドイツで育った樹齢500年の樹を1本使った木製パネルで覆われた芸術品なんですよ。温かい木の舞台がお能とよく合って、とてもよかったと思っています。

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柳沢晶子さんのインタビュー、いかがだっただろうか? お話を伺い、彼女の活動そのものが芸術の可能性への問いかけなのだということがわかり、 ますます感銘を受けた。

能は日本が誇る大切な伝統芸能だ。素晴らしい遺産を守っていくことは必須であり、能を能たらしめているコアな部分を後世に伝えていこうとする姿勢は正しい。一方で、多くの芸術がそうであるように、能という伝統芸能も実は、その始まりを振り返ればイノベーションの繰り返しだったのではないだろうか。

能楽師の皆さんの来英中は、別の舞台も設けられた。こちらはCafe OTOで行われた現地前衛ミュージシャンと能楽師のコラボ。興味深かった!

能楽師の皆さんの来英中は、別の舞台も設けられた。こちらはCafe OTOで行われた現地前衛ミュージシャンと能楽師のコラボ。興味深かった!

明治大学学長で、演劇評論家でもある土屋恵一郎氏は、能の確立者である世阿弥について、奇しくもこのように述べておられる。

「世阿弥は、社会からようやく認められはじめた能が生き残り、発展していくためには、ただ自分たちがやりたいことをやるのではなく、観客との関係の中で、相手に寄り添いながら、いま求められているものは何なのかを常に見極め、それを取り入れていくことが重要であると考えていた」
参照リンク:http://www.meiji.net/life/vol130_keiichiro-tsuchiya

時代が移り変わっていく中で、古きは新しきとの関係性の中で変化し、発展を続けていくことも重要であり、また時代を見る柔軟性も鍵ということだろうか。芸術は閉塞している状態よりも、もっと自由な環境を好むものだ。そして芸術の解釈も時代とともに変わってゆく。次世代へと続く何かは、まさに柳沢さんのような柔軟な思考から生まれ出てくるのかもしれない。

次回公演にも、大きな期待を寄せたい。

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一噌さんの笛が吠える!

真夏日のロンドンでクーラーもない中、着物袴でびっちりキメた能楽師の皆さん、お疲れ様でした!

クーラーのない真夏日のロンドンで、着物袴でびっちりキメた能楽師の皆さん、お疲れ様でした!

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年に「あぶそる〜とロンドン / Absolute London」を立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。あぶそる〜とロンドンが選ぶ『ロンドンでしたい100のこと』(自由国民社)を2018年に上梓。

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