第106話 Bedfordshire clanger~べドフォードシャークランガー~

0

okashi


<Bedfordshire clanger ベドフォードシャークランガー>

スーパーやお菓子業界では毎日のように新商品が発売され、便利なキッチン家電やグッズなどももうついていけないほど日々どんどん進化していますが、イギリスのお菓子(プディング)事情をこれでもか~と大幅に変えたのはオーブンレンジの発明。キッチンの熱源が薪や石炭から、ガスや電気に移行するに伴いイギリスのキッチン事情は大幅に進化、「茹でる」から「焼く」へ調理法がスイッチします。一般家庭にオーブンが普及する以前はパンなどは村のパン屋や共同の釜で焼いてもらい、毎日の食事の調理は家の炉の上に大きな鍋をかけ、お肉でもプディングでも全部一緒くたにその中でぐらぐら茹でる~というのがもっとも一般的でエコノミーな調理法。つまりプディングも基本茹でる、あるいは蒸していたわけですが、その後各家庭にオーブンが普及すると、時間のかかるボイルやスチームという調理法より、オーブンでベイクするという調理法のほうが断然人気が上がります。そうしてさっくり軽く焼きあがるお菓子が手軽に作れるようになると、お湯の中で長時間茹でた重~いどっしり食感のプディングはオールドファッションだと、どんどん見向きもされなくなり、次第に姿を消していきます。ただし、たまにはそんな時代の変化に柔軟に対応し、姿を変えつつ生き残ってきたプディングやお菓子たちもあるにはあります。生地までの作り方は一緒でも、茹でる調理法からオーブンで焼くようになった「ローリーポーリー」などがそのよい例。さぁてここでようやく本題、今日の主役「Bedfordshire clanger(ベドフォードシャークランガー)」もそのひとつ。bedfordshire clanger1

ロンドンからちょっと北上したところにあるベドフォードシャー。この地域に古くから伝わるベドフォーフォシャークランガー。生地は小麦粉とスエットで作ったペストリー、それで細長い棒状にフィリングを包んで焼いてある一見極普通のパイ。面白いのはそのフィリングです。甘いのか、はたまたお食事系のセイボリーフィリングなのか見た目では判別がつきませんが、答えはなんとその両方。片側にポークなどのお食事系、もう片側にはりんごやジャムなどのデザート系と、1本で2度美味しいペストリーなのです。お肉やチーズもいいし~でも甘いパイも食べたいし~なんてちょっとずついろいろ食べたい今時女子には嬉しいベドフォードシャークランガー。一時は忘れ去られていたのですが、50年ほど前、元は茹でる調理法だったクランガーを、SandyにあるGunns bakeryというベイカリーがオーブンで焼いて提供したところ次第に人気を取り戻し、今ではまたその名が広く知られるようになりました。

ポークとりんごは合いますし、意外と両者混ざらず焼きあがるのです☆

ポークとりんごは合いますし、意外と両者混ざらず焼きあがるのです☆

さて、その現代のベドフォードシャークランガーは長さ12~14cm、幅6~8cm位のさっくりペストリーにつつまれた食べやすいサイズのものですが、もともとのクランガーとはどんな姿をしていたのでしょう。それは今時女子には決してたちうちできなそうな、ヘビーな食べ物。今のように2種類のフィリングが入っていることはなく、代わりにカランツ入りのスエット生地(ちょうどスポテッドディックのような生地)で、豚肉などをぐるりと包んでひたすら長時間茹でる大きな長い塊。お肉は各家庭の懐具合により、上質の豚肉を入れることが出来る人もいれば、安いベーコンやガモン、サンデーローストの残り物だったり、時にはじゃが芋や玉ねぎが入ったり。農夫たちがこれを1本お弁当に持っていったそうなのですが、丸一日分の重労働のエネルギーを満たしていたわけですから相当なボリュームだったことでしょう。
ここで思い出すのは「コーニッシュパスティ」。あちらは炭鉱夫のお弁当で、やはりもとはメインコースのお肉と、デザートとがひとつのペストリーの中で完結していたという点でも似ています。実はこういった労働者のためのランチ用としてできた、似たようなペストリー類はイギリス各地に多数存在しています。ハムやベーコン、ランカシャーチーズなどをフィリングに入れるランカシャーの「Lancashire foots(あるいはCollier’s foots)」、バッキンガムシャーの「Buckinghamshire bacon badger」badger=アナグマは入っていませんよ(笑)、レスターシャーの「Leicester Quron bacon roll」などなど。どれもひとつでお腹がいっぱいになるヘビーなペストリーたち。仲間は沢山いますが、これらとベドフォードシャークランガーがちょっと違うのは、男性が外に働きに出るときに持っていくという用途のほかに、もうひとつ違う用途があった点。それはこのクランガーがどうして生まれたのか、にも関連しています。18世紀より、BedfordshireにあるLutonでは麦わら帽子の生産が非常に盛んでした。そしてこの当時にしては珍しく、ルートンでは女性のほとんどがその働き手として仕事に従事、夕飯の準備をする暇もありません。そこで朝にクランガーを作ってお鍋に入れ、1日コトコト茹でておけば、夕方帰宅してすぐに皆で温かい食事が採れるという、そんな生活の知恵からこのクランガーが生まれたのだとも言われています。そしてルートンでは女性も幼い子供たちもみな、麦わら帽子産業で賃金を得ていたため、怠け者の男性が大量発生したとか。。。髪結いの亭主ならぬ麦わら編みの亭主、う~ん、妻子の稼いだお金で暮らそうとはクランガーを食べる資格はありませんね(^^;)

食べ始める側を間違えないように上にいれるスリットで目印をつけておきます☆

食べ始める側を間違えないように上にいれるスリットで目印をつけておきます☆

ちなみにこのClanger という名の語源ですが、これには諸説あります。Northamptonshireの方言でclag 「がつがつ食べる」という意味からきているとか、茹でたときの生地が Claggy「べとべとねっちりした感じ」がするからとか、あまりに大きくがっしりしているので、落としたときにClanger 「ガン!と音がする」からだとか、要はあまりはっきりしていないというのが実情。Clanger には「大失敗・へま」なんて意味もあるのでその辺から来ているかもしれませんしね。

今の食生活に慣れてしまうと、布につつまれ1日中茹でられたどっしり重~いベドフォードシャークランガーにはあまり心惹かれませんが、BedfordやSandy の街を通りがかったら今時クランガーは是非一度食べてみたいもの。ちなみにGunns bakeryにはトラディッショナルの他に、サイダーとセージフレイバーのポークにデザート側はグラニースミスのハニーバターローストや、ビール煮のビーフ+ルバーブ&カスタードなどなどおしゃれな組み合わせも。消えそうだった地方の伝統食、現代人の舌と好奇心にアピールすべく進化をとげて頑張っています。「こんなの本物じゃない」と現代風への変化を嘆く人もいるけれど、消えてしまうよりはずっとまし。流行も文化、生き残った流行が伝統と合わさって、それがまたいつしか伝統と呼ばれ食文化を形作っていくのですから。

 

Share.

About Author

yasuda mariko

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ http://galettes.exblog.jp/

コメントを残す