第111話 Brandy snap ~ブランデースナップ~

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okashi


<Brandy snap ブランデースナップ>

クルリと巻かれたうす~い筒状のビスケット。両端から覗くのは白い生クリーム。ところどころ光を透すほどに薄い部分もある生地は、まるでレースのよう。素朴でどっしりというイメージのイギリススイーツの中では珍しく華奢で繊細な作りです。「ブランデースナップ」という名前は聞いたことがあるけれど、実際にお目にかかったことがない?それも無理はない話し。ブランデースナップが一世を風靡したのは数十年前、今ではオールドファッションな、昔懐かしデザートといった存在ですから。それでもよ~く探せばスーパーの棚の端っこのほうには今でもブランデースナップの箱を見つけることはできますし、お菓子のレシピ本にもちらほら、、細々と、でも定番イギリス菓子として生き残っています。多少保存の利く市販品は、一昔前なら家庭の戸棚によく買い置きしてあったお役立ちグッズ。ふいの来客の際もホイップしたクリームを詰めるだけで一瞬にしてお手軽デザートが完成してしまうし、そのままアイスクリームに添えたり、リキュール入りのドリンクと共に出すだけでちょっとおもてなし風に(やはりレトロ感は否めませんが… )。昨今この筒状のものより見かけることが多いのは、「ブランデースナップバスケット」と呼ばれるタイプのもの。こちらは小さな器型をしているので、もっぱらアイスクリームを盛るのに使われます。brandysnap1

クリームを詰めるにしても、アイスを盛るにしても、いずれこのお菓子の魅力はソフトなクリームに対しての、パリッカシャッと割れるその食感のコントラスト。日本やフランスで見かけるラングドシャやチュイールといった、薄焼きクッキー的な生地とは違い、このブランデースナップは飴とビスケットの中間のような歯ごたえ。とても湿気やすいので出来立てが一番です。あまり保存が利かないため、手づくり派より、市販品を買う人が多いのもうなづけます。それに理由はもうひとつ。工程自体は簡単なのですが、こつを掴むまでは少々トリッキーなその作り方。生地はゴールデンシロップとバターとお砂糖を煮溶かし、そこに小麦粉を入れたもの。このペースト状の生地をほんのひとさじずつ天板に落としてオーブンに入れてあげます。するとあっという間に薄く広がり泡がぶくぶく。これがレースのような模様の正体。辺りに香ばしい香りが漂い、濃い焼き色が付いたら、さぁもう焼き上がり。相変わらずドロドロの状態ですが、ご心配なく。1分ほど待つと、なんとかパレットナイフで持ち上げられる程度のペロンとしたシート状に。さぁここからが大忙し。ちょっと熱いのを我慢して、木のスプーンの柄にくるり巻いてあげると、あっという間に生地は冷えて固まり、シガレット状のブランデースナップが出来るというわけです。

いい焦げ色がつくまでオーブンとにらめっこ☆

いい焦げ色がつくまでオーブンとにらめっこ☆

ところで、ブランデースナップという名前だけど、ブランデーはどこに入るの?と思われていることでしょう。はい、生地に少量入れることもあります。でも入らないことも。生地にどうしても欠かせないのはジンジャーのみ、その名前に引きずられて、「ブランデーを風味付けに入れましょうか、あ、でもレモン果汁でもいいですよ」そんな程度なのです。一説によると、名前の「ブランデー」という語はお酒のブランデーではなく、branded (=焦がされた)からきているという話しも。それに「スナップ」のほうも、わたしはあのパリンと割れる食感からだろう疑わずに思い込んでいたのですが~Laura Mason の「The Taste of Britain」によると~実は17世紀初頭まではsnap という語はsnack(軽食)を意味する言葉としても使われていたそうで(今でも北部英語ではその意味で使われることもあるそう)、そちらに由来しているのだとか。

生地がまだ熱いうちに木のスプーンに巻きつけて形作ります☆

生地がまだ熱いうちに木のスプーンに巻きつけて形作ります☆

ブランデースナップの誕生は明確には分かっていないのですが、一般に食べられ始めたのは1800年代初頭と言われています。その頃は別名 Jumbles、Fairings とも呼ばれており、コーニッシュフェアリング然り、毎年のお祭りの際に屋台で売られるジンジャーブレッドの一種で、みんなが食べながらそぞろ歩いたり、お土産にと求める品だったそうです。そして、当時はくるりと巻かれたスタイルではなく、焼いたままのフラットな形。記録に残る中ではHerefordshire のフェア(お祭り)で売られていたという記述がもっとも古いと言われています。今でもStratford mop fairや Nottingham goose fairはじめ各地のフェアで見かけることもあるのだそう。中でも規模が大きなことで有名なHull Fair では1850年創業のWright & Co 社のブラデースナップ屋台が今でも欠かせない名物です。

クリームを詰めたり、アイスを盛ったら、パリパリ感がなくなる前に急いで食べましょう~☆

クリームを詰めたり、アイスを盛ったら、パリパリ感がなくなる前に急いで食べましょう~☆

イギリスでの歴史は1800年代より前は分かっていませんが、さらに遡ると、フランスのgaufres (ゴーフル)やwafers(ウエファー)と呼ばれるものに祖があるというブランデースナップ。それらももともとは宗教関連の行事やお祭りの際にヨーロッパ各地で食べられてきたもの、イギリスでもブランデースナップが、日々口にするものではなく、お祭りごとやお祝い事の際に食べるものだったことからも関連が伺えます。
さぁ、今日はお祭りでもないし、来客の予定もありませんが、ブランデースナップを作ってしまったので、湿気てしまう前に急いでいただいてしまうことにします(^^)。
皆さんも一息、ティータイムにしてはいかがですか?

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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