第137話 Kentish huffkins~ケンティッシュ ハフキン~

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okashi

<Kentish huffkins ケンティッシュハフキン>

「Bap(パップ)」に「Bun(バン)」、「Cob(コブ)」に「Morning roll(モーニングロール)」、「Batch(バッチ)」「Teacake(ティーケーキ)」、「Barm(バーム)」etc・・・地方や人によって呼び名はさまざま変わりますが、どれもイーストで膨らませた小型のパン、いわゆる「Bread Roll(ブレッドロール)」のこと。いずれも似通ったものではあるのですが、地方によって多少は姿や作り方、食べ方に特徴があります。今日ご紹介するのはイギリス南東部Kent州の小型のパン、「Kentish Huffkins(ケンティッシュハフキン)」あるいはシンプルに「Huffkins(ハフキン)」と呼ばれるもの。

姿は2タイプ。オーバルシェイプか小型の丸型どちらにしても少し平たく成型してあります。そして最も特徴的なのは日本のあんパンを髣髴とさせる真ん中のくぼみ。薄いクラストに中身はふんわりソフトな食感、温めるとかすかに感じるのはバターではなくラードの香り。一次発酵した生地に少量のラードを練り込み、さらにゆっくり発酵させることにより、ハフキンらしいこのソフトな食感が生まれます。半分にスライスしてチーズやハムをサンドし食事として食べるのも人気ですが、たっぷりのバターを添えてお茶のお供にティーブレッドとしていただくのも定番です。伝統的には、軽く温めたハフキンのくぼみにケントの名産品でもあるチェリーやチェリージャム、クリームなどをのせてプディング(デザート)として食べていたのだとか。うん、確かにそれも美味しそう。。。

オーバルシェイプのハフキン、とってもソフトなので大きくともペロリといけちゃいます☆

オーバルシェイプのハフキン、とってもソフトなので大きくともペロリといけちゃいます☆

ところでこのハフキン、もぐもぐ食べながら頭に浮かぶのは二つの疑問。パン屋さんが親指でつけるというこのくぼみには何か理由があるの?そしてハフキンというその名前の意味は?この2つの疑問に期待どおりにこたえてくれるのが次のお話し。
ケント州のとあるベイカリーでの出来事。理由は定かではありませんが、パン職人のご主人にとにかくその日ご立腹だった奥様。もうオーブンに入れるだけに準備の整ったパン生地すべてに指で穴を開け「売れるもんなら売ってみなさいよ!」。売り言葉に買い言葉、「あ~売ってやるよ」と真ん中に穴の開いた生地をそのまま焼いたご主人。店頭に並べたところ、あら不思議、飛ぶように売れていくではないですか。それからはご主人、毎日パンの真ん中に自ら穴を開けて売るようになったとか、、、。「Huff=不機嫌・立腹する」の意、ご機嫌斜めの奥さまのおかげで誕生した「Huffkin(ハフキン)」なのでした、ちゃんちゃん。
どこまでこの話しが本当なのかは分かりませんが、確かにただ平たいだけのソフトなパンより、この真ん中の穴と「ハフキン」というその呼び名があるだけで一気に魅力が増すことは間違いありません。 実はこの名前の由来にはこんな説も。それは昔の「Huff paste」と呼ばれる粉と水で練って作るペストリーから来ているというもの。ハフペーストとは大きな肉の塊などを調理する際、肉汁や脂などを閉じ込めて調理するためのペストリーのこと。それ自体は調理が終わったら用済みで捨てられてしまうので、中世の「Coffin」と呼ばれる調理用のペストリーのようなものですが、この粉と水で作るdough(生地)が転じてハフキンになったというもの。でもこれだと真ん中の穴の説明は付随していないし、やはり話して楽しい、聞いて楽しい前者に軍配ですね(笑)

まん丸タイプは真ん中のくぼみにチェリージャムとクリームをのせてプディングとしても☆

まん丸タイプは真ん中のくぼみにチェリージャムとクリームをのせてプディングとしても☆

おまけとして~お隣エセックス州にはハフキンの兄弟分のような「Essex huffer」 なるパンもありますが、こちらは大きめのくさび形。平たい円形に伸ばした生地をケーキのように放射線状にカットしてから焼くので三角形。ラードは入ったり入らなかったりのようで、現在作られているものはもっぱらバターが入るレシピが多いよう。穴はあいていません。なんでもこちらの名前の由来はその大きさから一切れが「Half a loaf」、パン半斤分もあったから、だとか。名前は似ているのだけれど、全然別の由来がまた登場、、なんだかややこしいですね。わたしが最初に想像したのは、ハフキンもハファーも満腹過ぎて思わずでるため息みたいな響き。だから美味しいからと食べ過ぎると、破裂寸前の風船みたいなお腹になって、huff and puff、 いつもはぁはぁ息を切らせて歩くようになっちゃうよ、ということかななんて。発案者や地名が名前になっているものはさておき、語源については結構こんな感じでみんなが勝手に想像したり、楽しい物語を考えついたものが、まことしやかに語り継がれて来たものも多いのかもしれませんね。

 


 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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