第139話 Aberdeen butteries/ Guildford manchets ~アバディーンバタリー/ギルフォードマンチェット~

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okashi


<Aberdeen butteries/ Guildford manchets  アバディーンバタリー/ギルフォードマンチェット>

スコットランド北東部の港町Aberdeen。この町生まれの名物ブレッドが「Aberdeen buttery(アバディーンバタリー)」。いかにもバターたっぷりといったその名前が示すように、イギリスのパンにしては珍しく、薄くはらはらと崩れるフレイキーなそのテクスチャーはまるでデニッシュかクロワッサン。スコットランドの平べったいクロワッサンと評されるのも納得の食感です。平べったい?そう、このパンの特徴の1つがその形。丸とも四角ともつかないちょっといびつな形をし、ぺしゃりと上から潰したように平べったいのです。イーストで発酵させた生地に油脂を折りたたみ、指やげんこつで押しつぶして形作るのですが、その姿やリッチさは、フランスはブルターニュのクイニーアマンに似ていなくもありません。ただし、甘さしっかりのクイニーアマンと違い、こちらは甘みはない上に、かなり塩気のパンチが効いています。普通のパンと比べてもかなりソルティー。でも定番の食べ方はwith ジャム。しかもひっくり返して、より平らな底面にジャムやバターをのせて食べるのです。

裏返してジャムを塗っていただけば、しょっぱ甘い危険なハーモニー☆
裏返してジャムを塗っていただけば、しょっぱ甘い危険なハーモニー☆

スコットランド北東部の朝食の定番、リッチなアバディーンバタリー、朝のエネルギー補給はこれでバッチリ。濃いミルクティーと共にまずは一口、パクリといただけば〜あれ?ふわっと感じるのは、ジャムの甘さの後に香るセイボリー的な風味…そう、これはラード。このパンの二つ目の特徴が生地に折り込んだたっぷりのラード。塩分多めのパン生地をフレイキーペストリー(イギリスのパイ生地の一種)を作る要領で、長方形に伸ばし、バターとラードを混ぜ合わせたものを塗り(時にはそこにお塩をさらにプラスして)、折って伸ばしてを繰り返し作るのです。さらにオリジナルは、ラードとバターの代わりにお肉を焼くときに滴り落ちる脂、ドリッピングを使っていたというから、聞いただけでもハイカロリー。このご時世、ハイカロリー&高塩分と聞いたらまさに健康の敵ですが、このパンが現れた1900年前後と言えばアバディーンが漁業で大いに栄えていた時代。実はこのパン、漁師さんたちの、「海の上で効率よくエネルギー補給でき、かつ2週間は日持ちするものが欲しい」という要望のもとに生み出されたというのだからそれも納得ですね。

バターとラードを何度も折り込んで生地作り☆

バターとラードを何度も折り込んで生地作り☆

このアバディーンバタリーはRowiesあるいはAberdeen rolls とも呼ばれますが、以前は2/3サイズのwee rowies、バターで2つ貼り合わせたdouble rowies、もっと大きなloafies と呼ばれるものまでサイズのバリエーションも豊富だったとか。昨今はヘルシー志向の波に飲まれ、市販のバタリーはもっぱら、植物性油脂を使う事が主流となっているそうで、ちょっぴり寂しい気もしますが、ご当地のバタリー愛は筋金入り。第一次世界大戦によりベイカリーでは配給用のパンしか作ってはいけないということになった際、「バタリーはパンじゃない!」と主張、なんとか作り続ける事が出来ないかとアバディーン周辺のパン組合の人たちは頑張ったのだとか。政府の政策に反抗してまで作り続けたかったバタリー、いかにそれが人々の生活に根付き、日々の食事に欠かせないものだったのかが分かります。それはもちろん沢山食べ過ぎたら体には良くないかもしれませんが、時々なら大丈夫、スコットランドでもし見かけたら、折角の郷土食、試してみる価値はあります。

さて、ここでおまけに触れておきたいパンがもうひとつ。それが「Gildford manchets(ギルフォードマンチェット)」。Guildfordはイギリス南東部サリー州の町、アバディーンとは遠く離れているのですが、これがまたバタリーと生地がそっくりのパンなのです。イースト生地に同じく何度も折り込むのはバターとラードのミックス(やはりここにお塩をプラスするレシピも見受けられます)。これを小さく分割し丸めたら、こちらはつぶさずそのままオーブンへ、ふっくら丸く焼き上げます。

つぶしていない分、ふわっとはラットさらに軽い食感のギルフォードマンチェット☆

つぶしていない分、ふわっとはらっと さらに軽い食感のギルフォードマンチェット☆

ギルフォードマンチェットのManchet とは15世紀後半から存在する最高級のパンを意味する単語。雑穀混じりの目の粗い粉でパンを作るのが当たり前の時代、真っ白になるまで麦を搗いて精白製粉し、何度も何度もふるいを通した粉で作った柔らかなパンは皆の憧れ。それらはManchet あるいはpayndemayn (painmain他様々な綴りがあります)などと呼ばれ富の象徴とされました。ラテン語のpanem dominicum (英語で領主のパンLord’s bread の意)から派生したと言われるpayndemaynという語は消えてしまいましたが、同じく最高のパンを示すmanchet という単語は残り、度々古いレシピ本にも登場します(ここではこれ以上踏み込みませんが、さらにmanchet について知りたい方はElizabeth David 著 English Bread and Yeast Cookery(1977)をご覧下さい)。
牛乳や卵などが入ることはあっても、基本シンプルで柔らかな白パンを意味してきたマンチェットという語が、なぜギルフォードの油脂分たっぷりのデニッシュのようなパンにその名が残ったのか、その理由はもう知る由もありませんが、その軽さ、スペシャル感を表しているのかもしれませんね。また、ギルフォードマンチェットは手で割って食べるものであり、ナイフでカットして食べるものではないと言われており、昔は手で裂きやすいようにと、焼く前に上部に切れ目やくぼみをつけていたそう。ここにもナイフで切らない何か特別な理由があったのだと思うのですが~さて、皆さんならそこにどんな物語を思い描きますか?わたしはムクムク、イーストを入れすぎたパン生地のように想像が膨らんで、パンが主役で大活躍する絵本でもかけてしまいそう(笑)。

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About Author

yasuda mariko

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ http://galettes.exblog.jp/ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本 「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」を出版

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