第154話 Tansy(Tansey)タンジー

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okashi


<Tansy (tansey)  タンジー >

Tansy(タンジー)というお菓子は知らなくとも、黄色の小さなボタンのような花を咲かせるハーブならご存知の方もいらっしゃるでしょう。背が高く、のこぎりのような葉をつけるその植物は毒性があることから、昔から虫よけや防腐剤として使われてきました。またかつてはお腹の中の虫下しや堕胎薬としても使われることもあったとか。この植物の持つそんな毒性を知っていたはずなのに、中世の時代からヴィクトリア時代に至るまでお茶として、お菓子の風味付けとしても利用されていたというのだから、きっとなにか不思議な魅力があるタンジー。今日はそのハーブ、タンジーが入ったお菓子について。

15世紀にはいると、このタンジーで風味を付けた、その名も「Tansy(Tansey)」という名のシンプルなオムレツのようなパンケーキのようなものが文献に登場します。その後、砂糖やクリームが加わり、香りづけのローズウォーターやスパイス類が使われるようになり、徐々にバリエーションが増えていきます。しまいには肝心のタンジー(ハーブ)自体が入っていないものまで 出てきますが、中でもりんごを使ったApple tansy(アップルタンジー)やダムソンを使ったDamson tansy(ダムソンタンジー)などは、今食べても美味しそうなレシピです。

りんご入りのちょっとリッチなオムレツのような「アップルタンジー」☆

りんご入りのちょっとリッチなオムレツのような「アップルタンジー」☆

 

W.M. 著「The Complete cook (1658)」に登場するほんのり甘いりんごオムレツのようなApple tansey はタンジー(ハーブ)をすでに加えないレシピになっていますが、これはタンジー(ハーブ)が入っていようといまいと、もう「タンジー」という語がお菓子として独り歩きし始めたことを示しているのでしょう。

To make an Apple–Tansey.
Pare your Apples and cut them in thin round slices, then fry them in good sweet Butter, then take ten Eggs, sweet Cream, Nutmeg, Cinamon, Ginger, Sugar, with a little Rose-water, beat all these together, and poure it upon your Apples and fry it.

18世紀頃によくみられるタンジーのレシピは、砕いたビスケットやパン、ライスフラワーやアーモンドパウダーなどを加えたもの。これらはTansy pudding、Tansy cake と呼ばれ、例えば、Elizabeth Raffald著「The experienced English Housekeeper(1769)」ではA boiled tansey pudding、 A tansey pudding with almonds、 A tansey pudding of ground riceの3つがとりあげられています。こちらは卵にクリーム、ビスケットやアーモンドパウダーなどを混ぜて静かに加熱し、とろみがついたところでプディングクロスで包んでボイルしたり、皿に流して焼くという作り方。肝心かなめのタンジー(ハーブ)の使い方はというと、このElizabeth Raffaldさんに限らず、この頃のレシピは多くの場合、その絞り汁で風味と色を付けるというもの。ただし、このハーブは「Bitter button」  「Cow bitter」なんてニックネームがあるくらいに苦く、また前述のとおり毒性もあるため、大量に入れることが出来ません。そこで、同時にほうれん草の絞り汁を一緒に加え、生地をきれいな緑色に色づけています。Hanna Glasse著「The art of cookery made plain and easy (1747)」に登場するTanseyのレシピも然り。10個の卵に対して、砂糖やクリーム、砕いたビスケットなどの他に1パイントのほうれん草のジュースと、a little juice of tansey to your taste(好みに合わせて少量のタンジージュース)を加えましょう~となっています。ヨモギやフキノトウなど日本の春の植物にもよくある、ほろ苦さを当時のイギリスの人たちも楽しんでいたのでしょうか。

ほうれん草汁で鮮やかな緑に染まったタンジーは栄養もありそう☆

18世紀のレシピで作ってみた「タンジープディング」ほうれん草汁たっぷりで色鮮やか!栄養もありそう☆

 

ところで、このタンジー(プディング)、特に食べられていたのがレント(イースター前の40日間)の頃、つまり春先。というのも、イスラエルで過越の祭りの際に食べられるニガヨモギ(マーロール)の代わりとして、この時期にイギリスではタンジー(ハーブ)を食べる習慣があったため。また、肉類や乳製品の摂取を控えるレントの期間、いつもより多く採る豆や根菜による腸の張りを抑え、魚を食べることによって寄生すると思われていた回虫などの虫下しの役割も期待されていたようです。他の季節より、春のタンジー(ハーブ)は毒性が低いと言われていますが、それも、この時期に食べるという習慣と関係があるのでしょう。卵をたくさん使うタンジー(プディング)は、レントに入る前に残っている卵を使い切るのにも最適なプディングだったのです。

野に咲く花やハーブを日々の食卓にお菓子に上手に利用してきたイギリスの人々。代々受けついだ知恵と暮らしの中から得た経験からその栄養や効能を熟知していた彼らが、ほんの少しならと食していたハーブ、タンジー。きっと摂取してよいギリギリのラインが当時の人々にはわかっていたのでしょう。今の世にぼ~っと生きているわたしが試すのは、タンジー(ハーブ)抜きのタンジーくらいにしておいたほうがよさそうです。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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