創ってはいけない本を創ったブックさん

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LONDON BAR VISIT #9

先日久しぶりにエジンバラから電話がかかってきた
もちろんジンジャーは酔っ払っていて、そしてすこぶる元氣そうだった

またダラダラとおしゃべりを始め、私は忙しかったので
電話をスピーカーに切り替えて、ジンジャーのおしゃべりに付き合いながら
仕事を続けた
だけど、途中から、その話に耳が向いてしまい、結局仕事を中断して
不本意ながらもジンジャーの話をじっくりと聴いてしまいました
ジンジャーは電話を切る前に
「もし、こいつに会いたければ、水曜日と木曜日の夜の8時丁度に
必ずこのバーに現れるから、行ってごらんよ
すごい本を作っている面白いやつだぜ、いや、これホントの話…」
そう言いながら、教えてくれたのはハックニーにあるというバー
ちょっと最近忙しいけれど、そういうことであれば、と
次の木曜日、午後8時を目指して行ってきました

そして、これが今回のおじさん天使のお話でございます

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2月の冷たい風が私の頬をキリキリと刺してくる中
少々遠く、夜になるとかなり不安になるハックニーの町を
私は少し迷って、頑張って歩いた
そして、8時50分少し前にやっと
お目当のレストラン・バーに辿り着いた、けれど
そこには名前も何も書いていないし、入口がよくわからない
中が見える窓の横にある大きなドアを開けて、カーテンをおしあけてみると
目の前にバーが出現
薄暗い店内で、光って浮き上がったボトルが並ぶバーが、出迎えてくれました
よくみると、ボトルと並んで剥製の鳥やドクロまでが私を見下ろしている…
私は、バーに座ってホッとして、石のように冷たくなってしまった体を温めるために
ウィスキーを頼みました
「ふ~、美味しい…」と、思った時後ろのドアが開いて、カーテンが開いて
一人の男が入ってくると、バーに座り
「いつものちょうだい」と低い声で一言

彼が、そのおじさん天使であることは、すぐにわかりました
(あまり得になることでもないけれど
最近本当に一瞬でおじさん天使を見分けることができるようになりました)

「こんばんは、私はエジンバラのジンジャーから教えてもらって
今夜はあなたに会いに来たのです、少しお話しをしてもよろしいでしょうか?」
なんとなく、このおじさん天使は氣難しい感じだな~と、こわごわ話しかけてみると
案の定、じろっと私のことをみて
「OK、でも僕は考えなければならないこともあるから、手短に」

と、ビシリと、ちょっと厳しく言われてしまいました
でも、そんなことに負けないインタビュアーの私です
根掘り葉掘り、みんなに伝えるために、じっくりとお話を聴いてきました

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おじさん天使がどうして地球を選んで、どうしてロンドンを選んだのか
その辺りは、あまりハッキリとしませんでしたが、それほど重要でもなかったので
私は話を先に進めました

天国にいた時、このおじさん天使は
あ、そうそう、彼はどうも名前を伏せておきたいようだったので
私も、追求しませんでした
だからここでは、ブックさんと呼ぶことにします

ブックさんは仲間と一緒に、天国にいる時、珍しい本を創作販売する本屋を経営していました
その中の一冊が天国で大ヒットし、ブックさん一党は大儲け!
だけどその後、その本を巡って、業界でいざこざが起こり
そのいざこざは、だんだんと広がってしまい、挙げ句の果てには
天国中を騒がすことになったのです
そして、ついに神様も、その状態を放っておくわけにはいかないと
その発端となったブックさん一党を
【創ってはいけない本を出版した】という罪で
798年天国追放の刑に処する!と、宣言なさってしまったのでした

ブックさんとその仲間達は、信念を持って本を作り、販売していたので
出版業界から、そして神界からも批判を受け、そして刑に処されたことは
不服であり、かなり憤りを感じているようでした

その業界のいざこざとは、どんなことだったのか?かなりしつこく質問を
重ねたのですが、その点については、全くブックさん口を破りませんでした

さて、ブックさんと仲間たちは
今回その天国で大人気だった本をこの地球でも創作販売することを
一度は考えたそうだけれど、地球という惑星は
この本を受け入れることが出来るまで、まだ成熟していない、と判断を下し
その代わりに、今回地球にいる間は、天国でも10番目には入るとされる人気本を
創作販売することにしたのです

サラサラとした真っ白な髪と大きな黒ぶちのメガネが
シグネチャーのこのおじさん天使、ブックさんは
かなりの変わり者というか、自分中心に物事が動いているんだ、と
自信を持って、生きているタイプで、ジンジャーが話していた通りの
【かなり面白いやつ】だと見受けられました
しかし、自分中心で世界が回っている、にもかかわらず
変にびくびくとして繊細で、神経質そうな感じは、
ブックさんの、その細長く白い指と手を見ると、納得するものがありました
この細長く白い指先を器用に動かしながら、きっと
素晴らしい本を創っていたのだろうな、と思い
「その珍しい本を私もいつか読んでみたいな」と言うと
「ちょっと待っていて」と言って寒い外に出て行ってしまいました
そして、しばらくして戻って来た時、ブックさんは紅い小さなものを手にしていました

ブックさんは白くて長い指を使って丁寧に紅いワックス紙の包みを開け
中に入っている真っ黒な箱を取り出し
蓋を開け、箱の中から一冊の小さな本を取り出しました
そして、私に「どうぞ」と言って手渡してくれたのです

今夜、ここでブックさんの作る特別な本を見ることができるとは思っていなかったので
とても興奮して私は、手の平に乗る小さなサイズの本を受け取ると、ドキドキしながら
そっと、扉を開けてみたのです、すると…

黒かった紙の中で、ぼーっと何かが光り始めました
その後、見たこともない、象形文字でもない
不思議な文字のようなものがが浮かんできました
みたこともない文字ですが、私はなぜかそれを理解することができました
そして、文字を追っていくと、私の頭の中には
すっかり忘れていた遠いい記憶が
当時の香りや音と一緒に映像として溢れ出て来たのです
ページを捲る度に、小さな本の黒い紙の中で何かが光り始めると
文字のようなものがどんどん浮かび上がってくるのでした

本に書かれた不可解な文字を読んでいくと
次から次へと、私の頭の中に映像が見えてきます
その時、当時聞いた音も聞こえ、食べるものには美味しい匂いと味がするのでした
その映像は、今いるこの瞬間からどんどん昔に遡っていきました
社会人になって活躍している息子たちも昔に戻ります
見ていると、どんどん幼くなり、可愛い赤ちゃんに戻っていきました
そして、彼らが誕生する時が見えたと思ったら、私と夫が結婚をしたあの日が出てきました
今でも仲良しの従兄弟達、本当に懐かしい叔父、叔母が全員揃って式に参列してくれています
そのあとは、夫と初めて出会ったシーンなんかも見えました
フランス時代のこと、アメリカ時代のこと、夢ばかり見ていた高校生、中学生の時の私
その後も、どんどん過去に戻っていきました
夢中になって不可解な文字を読み続けると、ページはめくれ、私の子供時代に突入です
若かった父や母とまだ中学生だった姉と一緒の私達は
新宿3丁目の今はとっくになくなっている伊勢丹の反対側にあった不二家で
エビフライを食べています、エビフライのあとはもちろんデザートにチョコレートパッフェ
美味しそうに食べている、家族の幸せなとても懐かしいシーンです
そしてもっと昔へ遡り、私が誕生し、姉が誕生し父と母が結婚し
戦争を超え、父と母が子供になり、父と母が生まれ、そして、もっと時代は戻って
私の祖父と祖母が生まれた時の様子が見えました

そこまできた時、思い余ってふと目をあげました
じっと私を見ていたブックさんは、ハンカチを差し出してくれました
私は、本を見ながら、いつの間にか、涙を流していたようです

「もっともっと、昔に戻ることもできます」
と、ブックさんが優しい声で言いました
「恐竜時代も、見ることができるの?」と、訊く私に
「もちろんどこの時代にだって遡れます」
静かに、そして初めてにこりと笑ってブックさんは答えてくれました

私は、まだめまいがして、頭がクラクラしていたので
とりあえず、今日はここまでにします、と言って
小さなその本をブックさんに返しました

ブックさんがまた繊細な細長い白い指を動かしながら
小さなその本をそっと黒い箱に入れ、紅いワックス紙に包む様子を見ていると
私は、ちょっとしか飲んでいないウィスキーが、身体中の血液の中で
ぐるぐると回り出したように、なんだかポカポカしてきて
頭の中はぼーっとしてしまいました

少し、外の空気を吸わないと、ブックさんにきちんと訊いておきたい話を
聴くことができないと思い、寒い外に、ほんのちょっとだけ出て
戻ってくると、ブックさんの隣に座って訊きました

「天国で、創ってはいけない本を創って、それが原因で
798年の天国追放を言い渡されてしまった、ということだけど
大人気だったけれど問題になってしまった本
というのはどういうものだったのですか?」

「本当は、この話はしたくなかったけれど、でもあなたは僕の本を
真摯な気持ちで受け取って、読んでくれました。だから、特別に
お話をしましょう」
そう言って話してくれました

「実はね、僕が天国で創って大ヒットさせた本というのは
今あなたが読んでくれたものの続きのような本なのです。
その本には、おまけとして、特別な黄金いろのペンと透明な消しゴムが付いています
そのペンで、読んでいる本に書き足すこともでき、そして透明な消しゴムで
消すこともできるのです、つまりあなたの歴史を好きなように本を使って編集することが出来るのです
しかし、あなたの歴史を編集するということは、すべての歴史も少しづつ変化してしまうことに
なりますので、それは慎重にやらなければなりません。そのあたり天国では
ルールがきちんとなされてるので、問題はなかったはずなのですが…」
というと、苦笑して悲しそうな目を天井に向けました

「だから、地球ではどうか?と思ったのですが、この惑星はまだまだ未熟です
機が熟していない、と判断しました
地球という惑星は、もっと夢が詰まった、楽しく明るい呑気な空気が漂っているところ
だと思って来たのですが、まだまだです
つまらない問題が山積みです、まずそれを解決しないといけません
私達は、これから798年掛けて、地球をこの本も受け入れることができる
惑星にする、そのお手伝いをしていきたいと思っています、それが私と仲間の
地球でのミッションです」
なんだか、とっつきにくかったおじさん天使のブックさんが
頼もしく感じられ
「私も、そのミッションに参加します!」なんて、つい言ってしまいました…

私は、あの寒い夜
ブックさんの話を聞いてからというもの
もしこの歴史の本と一緒に黄金のペン+透明な消しゴムを
買うことができたら、どうやって私の歴史を編集するだろう?
と、ずっとそればかり考えてしまいました

編集はできなくても、この本で、しっかりと忘れていた過去を凝視すると
過去に過ぎ去ってしまった私に関わった大切な人たちへ感謝する気持ちが溢ふれてきます
そして、これからの私の、私たちの一瞬一瞬先に進んでいる未来を
未来に関わってくる大切な人たちのために
ブックさんが言ってたように、明るく楽しい、夢溢れる呑気な世界にするために
何をしたら良いか、もっと深く考えるようになるんじゃないだろうか???
そんなことを、思いました

貴方だったら、どうする?

とりあえず、紅いワックス紙に包まれた小さな黒い箱入りの本を手にして
ページを捲ってみて欲しい、そして、何を思うか
私にぜひ教えて欲しい

さて、おじさん天使のブックさんと別れる時に、
「ブックさんの書店はどこにあるの?ぜひ、訪れて、本を購入したいと思うし
友人にも勧めたいので、住所を教えて」と訊くと
「住所は決まっていません、でもたどり着く人にはちゃんと本屋は見えるので、安心して」
と、そんなことを言われてしまいました

私も、あの紅いワックス紙に包まれて黒い箱に入っている小さな本を手元に置いて起きたいから
これからロンドンを歩く時には、キョロキョロしながらブックさんの書店を探すことでしょう

貴方の暮らすところにもきっとブックさんの書店はあるはずだから
是非是非本を買ってみて!
そして何をどう思ったか、必ず私におしえてね!

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About Author

島田カオル

東京生まれ、ロンドン在住の絵本作家。高校卒業してすぐに渡米。その後、パリ、南仏に暮らし、ロンドンへ。ロンドンでセシルコリン氏に師事、絵や陶芸などを学ぶ。1984年からイギリス人の夫と2人の子供と暮らしながら東京で20年以上イラストレーターとして活躍、その間、「レイジーメイドの不思議な世界」(中経出版)の他、「ある日」「ダダ」「パパのたんじょうび」(架空社)といった絵本を出版。再渡英後はエジンバラに在住後、ロンドンへ。本の表紙、ジャムのラベル、広告、お店の看板絵なども手がけている。現在はロンドンのアトリエに籠って静かに絵を描いたりお話を創る毎日。生み出した代表的なキャラに、レイジーメード、ダイルクロコダイル氏などがいる。あぶそる〜とロンドンにはロンドンのカフェ・イラスト・シリーズを連載。好きなものはお茶、散歩、空想、友達とのお喋り、読書、ワイン、料理、インテリア、自転車、スコーン、海・樹を見ること、旅行、石(特にハート型)、飛行場etc etc...

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