真夜中の事件

1

cafevisit


私が初めて、ロンドンで暮らしたのは
1985年から86年にかけての秋から冬の6ヶ月

その時に借りたフラットが
HammersmithとShepherd’s Bushの間にあり
あまり気持ちのよい部屋ではなかったし
環境も良いとは言えなかったので
このエリア、私はあまり好きになれなかった

それから、時が過ぎ
私が20年間日本にいる間に
Londonは驚くべく変化を遂げていた

Hammersmith/Shepherd’s Bush近辺では
30年前と全く変わらない、場所もあるけれど
それでも、随分楽しい町になってきていて

一昨年までホランドパークに暮らしていた時
Hammersmith方面に散歩した時には、立ち寄ることにしていた
私のお気に入りのカフェも見つかった

 

先日Hammersmithの方で用事があったので
久しぶりにそのお気に入りカフェに寄ってみることにした

ドアを開けて入ると

”Hi! How are you?”

と、いつもの元気なお姉さんが
声をかけてきてくれた

私はドアの横にある、窓辺のバーに座って
いつも食べていた
大好きなウォルナッツケーキとコーヒーで
一休みすることに…

窓から見えるのは、車が忙しく行き交う道路と、歩く人
まだ葉っぱの生えていない裸の街路樹
そして、道の向こう側の小さなホテル

この通りは、安ホテルが並ぶ道で
私が暮らしていた30年前にも
「絶対に、ここには泊まりたくない」
という、ホテルが並んでいた

今は、ずいぶん改装されて、小綺麗になっているけれど
その昔は、酷かったな…

と、想い出にまた浸るよりも先に
私の頭の中にあの出来事が戻ってきた

その出来事を、今回はお話しましょう
このちょっと怖いお話、実は

私の見た、本当にあった出来事です…

=============================

私が暮らしていたそのフラットのリビングルームには
大きな窓があって、窓から見える景色はバスも行き交う通りと
道の反対側にある

「一体ここに誰が泊まるんだろう?」という風な
薄汚れた、映画にでも出てきそうな
おどろおどろしい雰囲気の安ホテルBでした

私はそのホテルBを目にした時から
何か怪しいものを感じていたのです

私は、想像するのが大好きですから
そのホテルを題材に、色々なストーリーを
作って、遊んでいました
そうです、ちょっと、怖いストーリー

 

引っ越してきたその日に、私は
大きな窓辺のコーナーにテーブルとアームチェアーを置いて
私の仕事スペースにしました

そして、それから毎日
反対側のあの怪しいホテルに出入りする人を
時々目で追いながら

呑気に絵を描いて暮らしていました

熱中すると時間を忘れて
気がつくと、夜中の2時、3時になっていたこともよくありました

そしてその夜は、頼まれた油絵を描いていて
ついつい夢中になってしまい
時間が経つのも忘れていたのだと思います

 

午前3時ごろ
何かの気配を感じた私は
ふっと目を上げ窓の外を見ました、そして

「あッ!」と、小さく驚きの声を上げてしまいました

オレンジ色に光る街灯の下に
パトカーが停まっていたのです

私がホテルBを見ながら作り上げていたストーリー
と、重なるシーンが目の前に見え

「想像していたことが
現実に起こってしまったのだ!」

と、私はドキッとしてしまいました

 

薄気味悪いホテルBの前に停まっている
パトカーを見た瞬間から

もう絵を描くことが出来なくなってしまいました

窓の外に見える
あの不気味なホテルの中で、一体何が起こったのか?

推理小説が大好きで、想像するのが好きな私です
この時間のこの雰囲気を目にしたら、もうこれは
何か、とんでもない事件が起こったのだ!
と、思わざるを得ませんでした

向こうからこちらが見えないように

と電気を消して
私はホテルを観察し始めました

一時間も経ったでしょうか?
何も、動きがないし、眠たくなってしまった私は
もうベッドに行こうか…

と思ったその時

ホテルのドアが開いて
後ろに手錠をかけられた若い白人男性が下を向きながら
2人の警官と一緒に出てきました

そして、彼を乗せたパトカーは
静かに音も立てずに、そこを去りました

「やっぱり、そうだった…」

「これは、殺人だわ」

と思い込んだ私は
すっかり目も覚めて、

ドキドキしながらも
その後の様子を見ることにしました

中では、きっと事件の調査をしているのでしょう
ホテルのドアにはガードしている警官が一人立っていました

一時間ぐらいすると、中から殺人課の刑事さんだと思われる
2人の男が出てきて
ホテルの前にずっと止まっていた黒い車に乗って
そこを去りました

ガードの警官は、ドアのところにまだ立っています

「…でも、もし本当に、殺人事件だったら
このあと、遺体が運び出されるはず…」

私は、そう思うと
想像の世界を楽しむ余裕がなくなり
だんだんと怖くなってきてしまいました

しかし、結末がどうなるか見なければいけない
という、変な使命感もあり

じっと、大きなアームチェアーに座って
窓の外を、見ていました

それからまた一時間ぐらいすると
黒い、ステーションワゴンがスーッと来て
ホテルの前で停まりました

中からは警察関係者ではなさそうな
黒い服を着た大男2人が降りてきて、後ろのハッチバックから

「ガッシャン」

と、音を立てて取り出したものは、やっぱり
銀色に光るストレッチャーでした

 

 

いつも、楽しく呑気に読んだり観ている
推理小説やドラマだけど

想像の世界が現実のものとなりつつあるこの状況に気がつき

私は本当に、一人で見ていることが
とても恐ろしくなってしまいました

「どうしよう、もう見るのやめて、寝ようか?」
と思っていると

ホテルのドアが開き
さっき入った2人組が出てきました

そして、予想通り、彼等が運び出してきたストレッチャーの上には
黒いものに包まれたものが乗せられていたのです

ステーションワゴンに、慣れた手つきで
大きくて重い荷物を、積み込むように乗せると

2人の男とその黒いものに包まれたものを乗せた
黒いステーションワゴンは静かに、去っていきました

そして、ドアの前にいた警官も
いつの間にか居なくなっていました

 

私の体は固まって、心臓はドキドキドキドキ

金縛りにでもあったように
その場から離れられなくなってしまいました

恐ろしいことを、想像して楽しく遊んでいたことが
そのまま本当に現実に起こってしまったのです

 

そのまま、まだ動くことができずに
じっと窓の外を見ていると

遠くからうっすらと明るい朝がやってきました

一人の清掃員が、掃除をしながら向こうからやってきます
ホテルの前も、いつものように、何もなかったように、掃除をして
そのまま先に進んでいきました

「ホテルの前の道を清掃して、さっさと
過ぎ去った、殺人事件を忘れましょう」

 

気がつくと、空がどんどん明るくなり
犬を散歩させている人や、ジョギングする人が
出てきて、いつの間にか

普通の朝が始まっていました

皆んなが静かに眠っている間に
一人の人間が殺され、一人の男が逮捕されたけど

明るい朝日の中で、何事もなかったように
普通の1日がまた始まりました

==========================

これは、30年ぐらい前に起こった事で
地元の新聞記事にもならなかった事件

でも、私の頭の中では
忘れられない記憶として残っています

あの事件は、一体どういう事だったのだろう?
どうして、殺されてしまったのだろう?
殺されてしまった人はどういう人だったのだろう?
そしその人の家族はあれから、どうしたのだろう?
捕まったあの若くて怯えているように見えた彼は
今どうしているのだろう?

思い出す度に、色々なことを考えてしまう

一人の人間が夜の間に殺害された
そして、逃避するでもなく、犯人はその場で捕まり
殺害現場の後始末もさっさと終わり

朝になるまでに、すべてが
片付けられてしまった
小さな殺人事件

それで、終わってしまう

あのストレッチャーの上の
黒いものに包まれていた人も
数時間前までは
生まれてから何十年もの間
生きていたのに

特別な人間でない限り
一人の存在が消えてしまうことは
世間にとっては、何でもないこと

朝になれば普通に、昨日と同じような
1日が始まる

名もない人の死は箒で、掃除すれば
あっという間に世間からは綺麗に忘れられてしまうのだ…

あの夜、私の心につきささったものは
その悲しさだった

===========================

こんな記憶が残る場所だけど
このエリアは、とても明るく楽しくなってきた

そしてこのカフェ、ロンドンビレッジだったら
どこにでもありそうな普通のカフェだけど
ケーキの種類も多いし、スタッフが元気で気持ち良いので
Hammersmithの北側に行くことがあればちょっと一休みにはうってつけ

th_hammersmith【きょうのヒント】
ヒントは、Hammersmith からShepherd’s Bush Rdを北上
この辺りの公園といえば
Brook Green、カフェは公園の近く
これは簡単すぎるヒントです

【前回のこたえ】
Paper & Cup
18 Calvert Avenue, London E2 7JP
opening hours: Mon-Fri 8.00am – 18.00 Sat 9.00 – 18.00 Sun 10.00 – 17.00

Share.

About Author

島田カオル

東京生まれ、ロンドン在住の絵本作家。高校卒業してすぐに渡米。その後、パリ、南仏に暮らし、ロンドンへ。ロンドンでセシルコリン氏に師事、絵や陶芸などを学ぶ。1984年からイギリス人の夫と2人の子供と暮らしながら東京で20年以上イラストレーターとして活躍、その間、「レイジーメイドの不思議な世界」(中経出版)の他、「ある日」「ダダ」「パパのたんじょうび」(架空社)といった絵本を出版。再渡英後はエジンバラに在住後、ロンドンへ。本の表紙、ジャムのラベル、広告、お店の看板絵なども手がけている。現在はロンドンのアトリエに籠って静かに絵を描いたりお話を創る毎日。生み出した代表的なキャラに、レイジーメード、ダイルクロコダイル氏などがいる。あぶそる〜とロンドンにはロンドンのカフェ・イラスト・シリーズを連載。好きなものはお茶、散歩、空想、友達とのお喋り、読書、ワイン、料理、インテリア、自転車、スコーン、海・樹を見ること、旅行、石(特にハート型)、飛行場etc etc...

1件のコメント

  1. Kaoru,
    久しぶり‼︎ こわ〜い事件読んだよ。
    I enjoyed reading the story.
    You really write well. 本当にそうだよね。誰にも知られず亡くなったのかな。どういう事情があったか、知るすべもなく、ちょっと悲しいね。
    Thank you for the story. I love it!!
    Happy valentine’s day from Hawii!

    Mayumi

コメントを残す