革靴の聖地ノーザンプトンで、靴の歴史を知る

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夏時間になると気持ちも晴れやかになってきますね〜 ^^  みなさま、いかがお過ごしでしょうか。すっかり編集長ブログ、ご無沙汰してしまっております。

さて、今年2月はちょっと楽しみにしていた旅に参加してきました。英国のクラフトマンシップのたまらない魅力に触れる旅、とでもいうのでしょうか ^^

これは伝統のクラフトマンシップを大切にしている英国ブランドを扱う、日本で大人気のセレクト・ショップ「British Made」さんが主催したツアー。記念すべき第一回目のツアーに、光栄にも参加させていただいたのです。題して「BRITISH MADE TOURS」!

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同ショップで扱う一流プロダクトたちがどのように生まれているのか、そのルーツを辿り、英国の奥深いカルチャーを丸ごと肌で感じてしまおうという贅沢かつユニークな旅なのです♪   私は時折、British Madeさんのウェブサイトでイギリスにまつわるストーリーを書かせていただいているのですが、そんなご縁もあり、今回のツアーに参加させていただくことになりました。

ロンドンから英国紳士靴の聖地ノーザンプトンへと抜ける4泊5日のツアーは、高級ホテルや五つ星マナーハウスに泊まりつつ、経験豊かな日本人ガイドさんが丁寧に解説してくださるというとびきりスペシャルな旅。途中、ファクトリー見学だけでなくビール醸造所の見学やマッキントッシュが設計した建築ミュージアム、貴族の館でのアフタヌーン・ティー、大型アウトレット・モール訪問その他もろもろ、英国カルチャーを知るための企画がこれでもかと織り込まれ、まさに至れり尽くせり♡ その様子を少しずつご紹介していきます♪

スタートはもちろん、国際的に知られる英国靴メーカー各社の本拠地である、ノーザンプトン / Northampton!! ロンドンから電車で1時間程度の距離にあります。(現地発音としてはノーサンプトンと濁らないみたいですが、ここは従来の日本語表記に合わせますね〜)

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ノーザンプトンはジョンロブ、エドワード グリーン、チャーチ、クロケット&ジョーンズ、トリッカーズ、チーニーなどなど、靴好きたちが憧れる高級紳士靴メーカーが集結する、「英国紳士靴の聖地」。街の歴史も古く、11世紀にはノルマン人が街として形づくり始め、中心となる教会は12世紀には建てられました。

面白いと思ったのはノーザンプトンにおける大学をめぐる歴史です。1261年、ノーザンプトン大学はオックスフォード大学とケンブリッジ大学に次いで、イングランドで3番目に古い大学として創設されました。でも、こんにちの我々はノーザンプトンにそんなに古い歴史のある由緒正しい大学があるなんて、聞いたことがありません。それもそのはず、このノーザンプトン大学は、創設からわずか4年で(!)時の王様によって解体されてしまったのです。その理由というのが・・・歴史的に公式見解はない、ようなのです。ある意味、謎なんですね。

この大学が存在した1261年から1265年までの4年間は、ちょうどヘンリー3 世と、彼の治世に反旗を翻すフランス生まれのレスター伯、シモン・ド・モンフォールとの対立が最も深まっていた頃。王の強権に反対する諸侯の先頭に立つモンフォール伯が1264年の戦いに際して主要戦力としたのが、オックスフォードやケンブリッジからノーザンプトンにやってきていた学生でした。

彼らの多くは、その数年前にローマ教皇庁と対立してノーザンプトン大学に流れてきたユダヤ人たちを含む優秀な学生たちだったようです。つまり1264年当時、ノーザンプトン大学はイングランドで最も勢いのある大学に成長していたということ。歴史家によると従来の法律だけでなく、幅広い意味での人文に力を入れていたとも言います。つまり・・・ノーザンプトン大学はどうも「自由な校風」を謳歌しすぎていたようなのです。だからヘンリー3世によって、「オックスフォードの脅威になる」という理由で閉校を余儀なくされた・・・。オックスフォードは大学街であると同時に、ヘンリー3世が軍隊の拠点ともしていた場所でした。後にもさきにも、王によって大学の資格を剥奪された教育機関は、ノーザンプトン大学だけだそうです。

ノーザンプトンは近郊に多くの宗派が拠点とする修道院があり、旅のルートとしても好立地だったようですよ。つまり教会法を教える大学としては格好のロケーションだったということ。いろいろな意味で文化の多様性を享受できる場所だったんですねぇ。そんなことが、こちらのBBCの記事に書いてあります ^^

ノーザンプトンに、オックスブリッジに並ぶ大学が存続していた可能性もあると考えると、感慨深いものがあります。現在のノーザンプトン大学は、1999年に創設された職業訓練校が2005年に大学に昇格させられたもの。靴や服飾のデザインを学べるコースがあることでも人気のようです ^^ 土地に文化的な豊かさもありますし、靴や服飾について学ぶには、まさにうってつけの場所ですね〜。

街の中心にあるAll Saint’s Church。ノルマン時代には創建されていたものの、現在の建物は1675年のノーザンプトンの大火の後に再建されたもの。

街の中心にあるAll Saint’s Church。ノルマン時代には創建されていたものの、現在の建物は1675年のノーザンプトンの大火の後に再建されたもの。

再建にあたってチャールズ2世が所領から木材を提供したため、彼の像が飾られているのです〜。コッツウォルズのライムストーンよりも、もっと濃い色が特徴というノーザンプトンシャー特産の石で作られた建物は、なかなか壮麗です。

再建にあたってチャールズ2世が所領から木材を提供したため、彼の像が飾られているのです〜。コッツウォルズのライムストーンよりも、もっと濃い色が特徴というノーザンプトンシャー特産の石で作られた建物は、なかなか壮麗です。

教会の内部♡  ロンドンのシティに建てられたクリストファー・レンによる教会、セント・・メアリー・アット・ヒルのバロック古典様式に倣った装飾なのだとか。

教会の内部♡ ロンドンのシティに建てられたクリストファー・レンによる教会、セント・・メアリー・アット・ヒルのバロック古典様式に倣った装飾なのだとか。

おっと、マボロシのノーザンプトン大学にフォーカスしすぎてしまったようです。話題を戻します。ノーザンプトンではどうして、靴作りが盛んになったんでしょうね?

定説は、昔から牛の放牧が盛んだったことと、革のなめし剤となるタンニンがとれるオークの木がたくさんあったこと、そして清流の流れる土地であったことが、靴作りに適していたからという理由だそうです。実際、革のなめしにオークから抽出される植物タンニンを使う技術は、19世紀にイギリスで開発されたと言われているんです。

そんなノーザンプトンですもの・・・やはりあります、靴のミュージアムが♪  カウンシル公営の「ノーザンプトン・ミュージアム&アート・ギャラリー」。しかーし! ミュージアムは現在改装のために来年初旬までお休みなんです・・・。ところが! さすがBRITISH MADE TOURS。なんとBritish Madeさんが今回のツアーのために「特別に」ミュージアムのシュー・コレクションの一部を見せてくれるよう働きかけてくれていたおかげで、貴重な靴の数々を見学することができたんです。さらに!ミュージアムに所属している靴の専門家の方が収蔵している靴の歴史について、簡単にレクチャーまでしてくださったのです。このツアーでは本当に「スペシャル」にアレンジされた限定体験が多く、嬉しい驚きの連続でした ^^

1865年に開設されたミュージアムでは、1873年から土地の文化振興の意味も込めて靴の収集を始めたそうです。以来、15,000足(!)を超える靴を世界中からコレクションしているそうです。 嬉しいことに靴の専門家レベッカ・シャウクロスさんが今回のミニ・レクチャーのために選んでくれた場所は、なんとノーザンプトンの街を象徴するギルドホールでした♪

ネオゴシック様式のギルドホールは1861年竣工、1864年完成。

ネオゴシック様式のギルドホールは1861年竣工、1864年完成。ピーカンの空に映える壮麗建築♪

「ギルドホールに来たら、グレート・ホールに案内しないわけにはいかないわ」。そう言って特別に連れて来てくださったその場所は・・・

ギルドホールのハイライト、グレート・ホール♪

ギルドホールのハイライト、グレート・ホール♪

ノーザンプトン伯2世、スペンサー・コンプトン伯は、17世紀のイングランド内戦では王党派としてチャールズ1世をサポートしたようです。

ノーザンプトン伯爵2世、スペンサー・コンプトン伯は、17世紀の清教徒革命で王党派としてチャールズ1世をサポートしたようです。

きらびやかな中にも、質実剛健とした力強さを感じさせる装飾が印象的な壮麗なホールでした。19世紀半ばの建造時の構造を残しながら、最も目を引いたのは1920年代に英国人アーティストのコリン・ジルによって施されたノーザンプトンにゆかりの人々を描いた肖像画の数々です。アルフレッド大王、リチャード2世、ヘンリー6世、チャールズ1世、オリバー・クロムウェル・・・多くの歴史上の人物がこの街に関わっているのですね ^^

グレート・ホールを見学させてくださった後、別の部屋でミュージアム・コレクションの一部を見せていただきながらのミニ・レクチャーが始まりました。ミュージアムでは古代エジプトのサンダルから現代の名工によるコレクションまで、多種多様な靴を一堂に集めているそうです。主要コレクションはイギリスの1600年代の中世の靴なのだとか。

ミュージアムに収蔵されているこれだけの靴を、このツアーのために用意してくださったキュレーターさんに感謝!

ミュージアムに収蔵されているこれだけの靴を、このツアーのために用意してくださったレベッカさんに感謝!

道路が舗装されていなかった時代は、外出する際、靴を汚れから守るために下駄のような下靴を履いて出かけていたそうです。これは階級に関係なく皆さん利用していたそうですよ。古いものみたいですが、意外と形はユニバーサルですね。

下駄のようにも見える下靴で、靴を守っていた。

その昔は下駄のようにも見える下靴で、靴を守っていたそうです。右上にあるような足先のとんがった靴は中世に流行ったもの。特に男性の靴はどんどん先が伸びて、しまいには巻かないと歩けないほどになったとか ^^;    長ければ長いほど、身分も高いとされていたらしいです。

時代は変わっても、リバイバルしていく紳士靴の形。

時代は変わっても、リバイバルしていく紳士靴の形。

親子♡

親子♡

見てるだけで楽しい!

見てるだけで楽しい! 欲しい! きれい!

1590年頃までは左右の靴を個別の形に作っていたのですが、靴底にヒールをつけるようになってからは左右別々に作るのが難しくなり、同じ形で作っていた時代もあったそうです。1660年頃からはバックル付きの靴が登場。中世では、男性の紐靴は労働者階級が履くもので中産階級以上はバックル付きの靴を履いていたそうです。それがだんだん階級に関係なく紐靴も履くようになったそうですよ〜。19世紀末までに、紳士靴はオックスフォードかダービーの2種類に大まかに分けられるようになったとのことです。

レベッカさんのお話でいちばん驚いたのは、靴にまつわる“迷信”。中世の昔は新しい建物を建てるときに、邪悪なものを遠ざけるために小さな靴を塗り込むことが多かったんですって。いわゆる魔除けですね〜。これはイギリスだけでなく世界的に見られる現象で、修復や建て直しなどの際に煙突、暖炉、床の下や天井、階段の下や屋根から見つかることが多いのだとか。靴ならまだしも・・・古くはネコを犠牲にしたり、さらに昔の古代では人間の赤ちゃんを基礎部分に入れて捧げ物にする場合もあったのですって・・・。これにはかなりショックを受けました ><。その他にも、靴に関しては調べてみると文化誌的にも面白い発見がたくさんありそう〜♪  そんな風に思った執筆テーマでした。面白かった〜♪

さて、靴の聖地ノーザンプトンの魅力、いかがでしたか?  まだまだ、BRITISH MADE TOURS で経験した楽しいイギリスについて綴っていこうと思っております ^^  ツアーのハイライトでもあったジョセフ チーニーのファクトリー見学については、その素晴らしい製造工程についてこちらの記事で綴っています!  驚きの連続だった工場での体験・・・ぜひぜひ読んでみてくださいね。

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年に「あぶそる〜とロンドン / Absolute London」を立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。あぶそる〜とロンドンが選ぶ『ロンドンでしたい100のこと』(自由国民社)を2018年に上梓。

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