100年前のレシピで蘇るエール

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イギリスが誇る革靴の聖地、ノーサンプトンへの旅は思いのほか実り多いものでした。

今年2月、クラフトマンシップあふれる英国ブランドを幅広く扱う日本のお店、BRITISH MADEさんが主催された第一回「BRITISH MADE TOURS」に参加させていただいたのだけど、本当に吸収することの多い楽しい旅でした。この “ストーリーある英国を訪ねる旅” について、これまでにいくつか関連記事を書かせていただいたのでご興味ある方はぜひぜひレポートをお読みくださいね ^^

ジョセフ・チーニーの手作りシュー・ファクトリーの話!
https://www.british-made.jp/stories/travel/201904050031745

ヤギ革ブランドと歴史あふれるカントリーハウス・ホテルの話!
https://www.british-made.jp/stories/travel/201904260032418

オトコのネクタイ美学の話!
https://www.british-made.jp/stories/travel/201906070033221

英国でも珍しい靴ミュージアムの話!
http://www.absolute-london.co.uk/blog/25326

さてさて、今回のお題は・・・イギリス人が愛するパブです♡

ノーサンプトンの中心地に「Phipps」というビール醸造所が直営するAlbion Brewery Barがあります。このパブで出しているビールは、カウンターのすぐ裏手にある醸造所で作られている新鮮なもの。そのビールのレシピは、なんと20世紀初めの台帳に記載されているものそのままなんだそうです。でもそのレシピが蘇ったのは、つい最近のことなのです・・・。

街の中心にこんなマイクロ醸造所が!

街の中心にこんなマイクロ醸造所が! 1884年の建物です。

地元

Albion Brewery Barは2015年のオープン。すでに地元に密着したパブです♡

私たちが参加したPhipps醸造所見学ツアーでは、イアンさんという男性がとてもわかりやすく案内してくださいました。彼によるとノーサンプトンには100年前まで、5つの大きなビール・メーカーがあったそうです。それはビール作りに欠かせない、とってもいい水がこの土地にあったからなんですね。今も地下水を組み上げるための立派な井戸が残っているそうです。Phippsはそんな背景から1801年、ここから少し離れたトーセスターでPhipps氏によって創業されました。1817年にノーサンプトンに2つ目の醸造所ができ、のちにそこに全ての醸造機能が移転されたのだとか。

Phippsは19世紀末までにはミッドランドでいちばんの醸造所に成長していたそうです。ちなみにフィップス家は代々の名士のようで、当時の当主たちは代議士として活躍したようですよ。およそ150年に渡る独立経営ののち、1960年以降はロンドン発の勢いある醸造所に吸収されます。しかし1973年、デンマークの大手ビール・メーカー、カールスバーグの醸造所がノーサンプトンにやってきたため、地元の5つのビール・メーカー全てが閉鎖することになったそうです・・・。

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これは昔の醸造所のスケッチ。面影ありますね。

それが2008年になって、ビール業界に熱意を持つ兄弟がPhippsの醸造権を買い取り、レシピを再現してふたたびPhippsの名に息を吹き込んだのです!

当初はもっと北の方にあるビール工場に生産を委託していたそうなのですが、そのビールが人気になり、新しい醸造所を探していたところ、兄弟の一人が現在のこの場所が売りに出されているのを発見し、新しい醸造設備を整え、2014年から現在の形で醸造しているのだそうです。ご縁とはこのことですね ^^

左が昔のビールのレシピなどが載った貴重な台帳。右はここから400メートル離れた場所にあるビルで発見された、13世紀のビール工場の土台。この考古学的な発見を救出し、パブ内に移築して保存しているのだとか。すごい!

左が昔のビールのレシピなどが載った貴重な台帳。右はここから400メートル離れた場所にある敷地で発見された13世紀のビール工場の土台。この考古学的な発見を救出し、パブ内に移築して保存しているのだとか。すごい!

ちなみにこのビルは、ビール醸造所として閉鎖されていた当時は皮なめしの工場として使われていたそうです! さすが革の聖地、ノーサンプトンらしい逸話ですよね。今ではすっかりなりを潜めてしまった、システム手帳の革を作っていたそうですよ。

この扉の向こう側が醸造所。

この扉の向こう側が醸造所。

イアンさんがホップについて詳しく説明してくれます!

イアンさんがビールの材料について詳しく説明してくれます!

ビールの材料は4つ。水・大麦麦芽・ポップ・イースト菌です。イギリスでは大麦麦芽は、ビールとウイスキーに最も多く使われるそうです。(次にベーグル、そしてチョコレート菓子のモルティーザースMaltesersが続きます!)

イギリスのビールはホップの香りが強いそうですが、その理由は、かつてインドに駐屯していたイギリス兵たちにイギリスらしいイギリス産ビールを供給するためだったそうです。これがIPA、すなわちIndian Pale Aleの由来ですね。

当時はインドまでの長い航海を耐え抜くため、そして冷蔵庫がない17、18世紀当時のインドでビールを保存するため、アルコール度もホップも強いIPAが作られたのだとか。ホップはビールを保存する役割を果たし、また同様の役割を果たすアルコール分も、インドに輸出されるものは8.5%あったそうです。高!! もっとも現在のイギリスのビールは、規制や酒税の関係で5%以上のビールはほとんどないそうです。

毎日、ビールのアルコール度をチェックして、適正になったときに発酵工程を止めます。そのあとに、樽に入れる。

毎日ビールのアルコール度をチェックして、適正になったときに発酵工程をとめて樽詰めします。

これはモルト・ウイスキーの樽を利用した

これはモルト・ウイスキーの樽を利用したリアル・エールだったかな。エールは12度が適温だそう。この醸造所にはビールを12度のまま保つ自然のトンネル貯蔵室があります。とても賢いヴィクトリア時代の設計。この地下貯蔵所から樽を運び出すのは、小型の馬の役割だったとか!

イアンさんに教えていただいたビール豆知識の中で面白かったのは、ガラスのグラスが17世紀に発明されるまで、ビールは濁ったままだったということ。それまでは革のカップだから色はあまり気にしなかったんですね。しかし透明グラスを通して美しいビール色を鑑賞していただくため、濁りをとる工程が加わりました。最初は卵の白身や豚の血、苔などが使われていたそうです。最も効果があったのは、チョウザメの浮袋を使ったアイシングラス。当時でもチョウザメは非常に高価だったので、その代替えとして思いつかれたのが、タラを使った代用品でした。ちなみに、Phippsではヴィーガン用に海藻を使った方法で濁りをとった製品も作るそうです。

スタウト

スタウト

試飲までさせてくださいました! ^^   この日試したのはエールとスタウトの2種。醸造所見学をした後で、作りたてのビールを飲むというのは格別な体験ですよね。皆さんにもぜひ、イギリスで経験していただきたいことの一つですね〜♪  Phippsのビールは100年前のまま、混じり気なしのリッチな味わいが特徴だと思います ^^

Phippsがどれほど地元に密着した醸造所かということを物語るストーリーがあります。皆さん、「キンキーブーツ」というミュージカルをご存知ですか? これはまさにノーサンプトンのシュー・ファクトリーを舞台にしたミュージカルなんですね。このミュージカル作品がノーザンプトンに来たとき、ミュージカルのために特別ラベルのビールを作って欲しいとPhippsに依頼が来たそうです。現在はロンドンでの上映を終えて巡回ツアーをしている最中ですが、このビールも一緒に巡回しているそうです!

キンキーブーツの

キンキーブーツのラベル!

水がきれいな場所で作られるビール・・・Phippsのエールは本当に美味しかったです。イギリスの至宝ですね。

現在、イギリスのパブは毎週およそ18軒の勢いで姿を消しているそうです。英国ビール&パブ協会によると、1989年から28%減少し、6万軒あった2000年からは、1万軒が閉店しているのだとか。物価の上昇でドリンク代が高くなっているため、家で飲む人が増えていることが大きな原因と言われています。

パブの数はここ30年で減少し続けていて、巷では嘆く人も多いのですが、それとは関係なくビール高と大規模パブのオープンで、じつは業界の利益そのものは上昇していて、業界内の雇用数も上がっている、と業界の専門家は分析しています。パブが「サステナブルな均衡を保つ」ためにイギリスに必要なパブ数は47000軒(!)で、そこに至るには今年と来年で1000軒のパブが閉店する必要がある、分析する経済分析の専門家もいるほど。つまりパブは減っていてもパブ文化そのものは衰退していないということかもしれません。

エンターテインメントの形が多様化し、自宅で飲む人が増える中、近年はパブでも生き残りをかけてトレンディな飲み物を増やしたり食事を美味しくしたりといった工夫もずっとなされています。でも最も重要なポイントは、昔ながらの「寄り合い場所」としてのパブですよね。パブのあり方は30年前と同じではありえないかもしれないけれど、庶民に愛されるコミュニティーとしてのパブは、今後もずっと続いていくでしょう ^^

2019年10月に催行される第2回BRITISH MADE TOURS はこちらでチェック!
https://www.british-made.jp/topics/201904260032403

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年に「あぶそる〜とロンドン / Absolute London」を立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。あぶそる〜とロンドンが選ぶ『ロンドンでしたい100のこと』(自由国民社)を2018年に上梓。

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