
今回は、多くの方が一度は目にしたことがあるかもしれないハーブ、スィートバイオレット(Sweet Violet)をご紹介したいと思います。春の花ですが、今回ご紹介したくなった理由も、後ほど書きますね。
Sweet Violet
英名:Sweet Violet
学名:Viola odorata
和名:ニオイスミレ
スミレ科スミレ属
英名:Sweet Violet
学名:Viola odorata
和名:ニオイスミレ
スミレ科スミレ属
スィートバイオレット(Viola odorata)は、スミレ科スミレ属の耐寒性多年草です。スミレ属には、スミレ、パンジー、ビオラ(ヴィオラ)など、実に多くの種類が含まれています。
それにしても「スィートバイオレット」なんて、とても素敵な名前です。学名の種小名 odorata は、ラテン語で「香りのある」「芳香のある」という意味です。
つまり、名前そのものが「香りのよいスミレ」です。実際に花が咲くと、それはもう、とても素敵な香りを漂わせます。この香りについては、後ほど少しマニアックに、香りの成分にも触れながら謎解きをしてみたいと思います。

春を告げる、小さな紫の花
<どんな植物?>
スィートバイオレットは、草丈10〜20cmほど。開花時期は地域や気候によって多少異なりますが、基本的には早春に花を咲かせる植物です。

満開のスィートバイオレットこの時期は足元観察が欠かせません。
私が暮らすイギリス・ロンドン周辺では、南部の州になると3月上旬頃から咲き始め、中旬から下旬にかけて、満開のスィートバイオレットに出会うことができます。通常は美しい紫色の花ですが、ときどき白やピンク色の花を見かけることもあります。

白色のスィートバイオレット
森林の木陰や道端、土手など、比較的半日陰の場所にひっそりと咲いていることが多く、もちろん、この可憐なスィートバイオレットを愛して庭で育てている方もたくさんいらっしゃいます。
かくいう私も、以前住んでいた家の庭が半日陰だったので、引っ越してすぐにスィートバイオレットを植えました。春のまだ肌寒さが残る頃、足元にひっそりと小さな紫色の花を咲かせる姿に、春の訪れを感じるのはなんとも嬉しいものでした。
<よく似ているけれど、香りがないスミレ>
イギリスには、スィートバイオレットによく似たスミレがあります。
それが
Viola riviniana
英名:Dog Violet / Wood Violet
です。
Viola riviniana
英名:Dog Violet / Wood Violet
です。
一見するとスィートバイオレットととてもよく似ているのですが、大きな違いのひとつが香り。スィートバイオレットには特徴的な芳香がありますが、Viola riviniana には基本的にこの香りがありません。本当によく似ているため、植物を見慣れていないと、どちらも同じ「スミレ」として見過ごしてしまいそうです。イギリスに引っ越した当初は私もずっと勘違いしていました。
けれども、よく観察すると違いがあります。
たとえば、萼片の形や、花の後ろ側に突き出している距(きょ)と呼ばれる部分の形、葉や茎の特徴などにも違いがあります。スミレは、正面から花を見るだけでなく、横や後ろから観察してみると、種類を見分けるための面白い特徴がたくさん見えてきます。植物観察の際には、ぜひじっくりと花の後ろ側まで眺めてみてくださいね。
こちらのサイトでは参考になる写真とともに、分かりやすくその違いが説明されています。
<昔から人々の暮らしに寄り添ってきた>
スィートバイオレットは観賞用としてだけではなく、古くから人々の暮らしの中で利用されてきました。ヴィクトリア時代には、Violet Water(スミレ水)がお肌のお手入れなどに利用され、またワインやティー、シロップ、酢などに花を加え、色や香りを楽しむ方法もありました。
そして、古くから薬草としても利用されてきた植物です。

美しい色も楽しめます。
<ギリシャ医学の時代から利用されていた>
近年のハーバリストの世界では、スィートバイオレットはメジャーな薬用ハーブとはいえないかもしれません。けれども、その歴史はとても古く、古代ギリシャ医学の時代から薬草として利用されてきたと伝えられています。
古代の文献では、ヒポクラテスがスミレを頭痛や二日酔い、胆汁過多、胸部の炎症などに利用したとされ、またプリニウスも、怒りを鎮めたり、眠りを誘う目的などでスミレを取り上げています。
なかでも興味深いのが、
「スミレの花を花冠のようにして頭につけると、二日酔いや頭痛を和らげる」
という伝承。
頭にスィートバイオレットの花冠を載せて二日酔いを癒す――。なんとも古代らしく、そしてスィートバイオレットらしい「良薬」ではありませんか。
<ハーブとして>
主に利用されてきたのは、
• 開花時の花
• 葉
• 地上部
• 葉
• 地上部
などです。
フラボノイドやアルカロイド、サポニン、精油、フェノール化合物、粘液質など、多彩な植物由来の化学成分(フィトケミカル)が含まれ、これが優れた薬理作用の根拠となっています。古くからの伝統的なハーブ利用では、傷を和らげる収斂作用をはじめ、抗炎症、去痰、発汗、解熱、利尿などを目的に幅広く用いられてきました。こうした先人の知恵を裏付けるように、現代の信頼性の高い研究でも、神経や呼吸器のトラブル、痛みを伴う疾患への効果や、酸化ストレスの軽減、微生物性疾患(感染症)対策、炎症の抑制など、多方面における有効性が科学的に証明されています。
参考: Review Viola Odorata (Linn.) It’s Phytochemistry, Traditional Uses, Pharmacological Activities: A Comprehensive Review
Kavita Narayan Gaisamudre (Sarwade)* 2 Prakash Pralhad Sarwade 1 Navin Chandra Pant 3 K. Vidhya 4 J. Ambika 5 N. Kesavapriya 6
Kavita Narayan Gaisamudre (Sarwade)* 2 Prakash Pralhad Sarwade 1 Navin Chandra Pant 3 K. Vidhya 4 J. Ambika 5 N. Kesavapriya 6
<香りの利用>
スィートバイオレットの特徴的な香りは、身近なものにも利用されてきました。
花から天然香料を抽出することも、かつては行われていましたが、今ではとても稀なものとなっています。現在、天然のスミレ香料として使われているものの多くは、葉から抽出された「バイオレット・リーフ・アブソリュート」。精油として販売されているものもあります。
ただ、葉から生まれる香りは、私たちがスミレの花に思い描く可憐で甘やかな香りとは、実はまったく異なる表情をしています。青々としたグリーンを思わせる、少し土や茎を感じるような、凛とした香り。
同じ植物から生まれるのに、花と葉ではこんなにも香りの印象が違うのかと、ちょっと驚かされます。だからこそ、そんなスミレの花そのものの香りを、いつか自分の手でも残してみたい。
伝統的な香料抽出法「アンフルラージュ(Enfleurage)」で、花がそっと放つ、あの儚く繊細な香りを時間をかけて受け取る。そんなことができたら素敵だなぁ、と想像しています。

シアバターなどを使ってアンフルラージュ抽出してみたいなぁ
一方、花は香りだけではありません。
スィートバイオレットの花は砂糖漬けにしてお菓子に利用されることでも有名です。美しい紫色の花を砂糖で包み込むと、まるで小さな宝石のよう。また、昔から花はシロップ作りにも利用され、咳を鎮める目的などで使われてきました。
そして、スィートバイオレットの「香り」の謎へ
さて、ここからが私が今回、ぜひお話ししたかったところです。
スィートバイオレットは、単に「心地よい香りがする花」というだけではありません。実はその瑞々しい芳香には、とても不思議な秘密が隠されています。
花に鼻を近づけて「なんて素敵な香り!」と思った次の瞬間、「あれ?香りが消えてしまった?」と感じる瞬間があるのです。しかし、しばらく時間を置いてからもう一度嗅いでみると、またあの素晴らしい香りが優しく広がります。
この奇妙な現象こそが、スィートバイオレットを語るうえで欠かせない最大の魅力です。なぜなら、この花の香りには私たちの嗅覚を一時的に「お休み」させる、とてもユニークな性質があるからです。
その謎を解く鍵であり、同時に心身を癒やす薬理効果をもたらしてくれるのが、精油に含まれる4つの主要な揮発性成分です。
α-イオノン / β-イオノン
スミレ独特の繊細で儚い香りの主成分(カロテノイド由来成分)です。実はこのイオノン類こそが、私たちの嗅覚受容体に一時的に結合してその働きを麻痺させ、「香りが消えた」と錯覚させる張本人です。また、ただ香りをもたらすだけでなく、優れた抗酸化・抗炎症作用も併せ持っています。
スミレ独特の繊細で儚い香りの主成分(カロテノイド由来成分)です。実はこのイオノン類こそが、私たちの嗅覚受容体に一時的に結合してその働きを麻痺させ、「香りが消えた」と錯覚させる張本人です。また、ただ香りをもたらすだけでなく、優れた抗酸化・抗炎症作用も併せ持っています。

サリチル酸メチル
天然の消炎鎮痛成分です。湿布などにも使われることで有名で、関節や筋肉の痛み、気になる炎症を優しく緩和する働きがあります。
天然の消炎鎮痛成分です。湿布などにも使われることで有名で、関節や筋肉の痛み、気になる炎症を優しく緩和する働きがあります。
オイゲノール
深みのある芳香を持つフェノール化合物です。優れた抗菌作用と局所麻酔作用をもたらし、トラブルから体を守ります。
深みのある芳香を持つフェノール化合物です。優れた抗菌作用と局所麻酔作用をもたらし、トラブルから体を守ります。
ベンジルアルコール
マイルドな抗菌・防腐作用を発揮します。精油全体の成分を安定させ、その品質を保つ重要な役割を担っています。
マイルドな抗菌・防腐作用を発揮します。精油全体の成分を安定させ、その品質を保つ重要な役割を担っています。
スィートバイオレットは、嗅覚を惑わせるミステリアスな顔を持ちながら、高い抗炎症・抗菌効果で心身をケアしてくれる、実用的な優しさも秘めた植物なのです。
ワインに咲くスミレの香り──「β-イオノン」が魅せる、深く奥知れないアロマの世界
そして、ここからがワイン好きにとって非常に面白いところです。どこか甘く妖艶で、一度嗅いだら忘れられないこのスミレの香気成分、特に「β-イオノン」は、実はワインの香りを構成する極めて重要な要素でもあります。
正式には、ブドウの醸造や熟成のプロセスにおいて、果皮に豊富に含まれる「カロテノイド(β-カロテンなど)」が「カロテノイド酸化開裂酵素(CCD1)」などの働きによって分解(へき開)されることで生まれます。この変化によって劇的に姿を変えた「C13ノルイソプレノイド」と呼ばれる揮発性の香気成分こそが、まさに「β-イオノン」なのです。

スミレが持つ嗅覚の特効薬が、ワインの深く奥知れないアロマの世界とも繋がっている──自然の化学が生み出す、なんともドラマチックな共通点だと思いませんか?
赤ワインの名品たちを彩るアロマ
ワインのテイスティングにおいて、「スミレの花」や「ヴァイオレット」と表現される華やかなフローラルアロマの背景には、このβ-イオノンが存在します。
ピノ・ノワールをはじめ、ガメイ、シラー、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ネッビオーロといった赤ワイン用品種に多く見られ、スミレのような花のニュアンスだけでなく、熟した赤い果実の深みをも演出しています。その嗅覚閾値(人間が香りを感じ取れる限界値)は驚くほど低く、グラスの中にほんの数滴分の分子があるだけで、私たちの鼻はそれをしっかりと捉えることができます。

あなたには聞こえる? ワインが奏でる「秘密の香り」
しかし、この香りの世界にはさらに面白い「謎」が隠されています。
研究(※)によって、β-イオノンの感じ方には人によって大きな個体差があることが分かっています。その原因は、私たちが持つ嗅覚受容体の「遺伝子的な違い」。ある人にとっては「なんて素晴らしいスミレの香りだろう!」と感動するワインであっても、別の人にとってはそこまでスミレを感じない、という現象がごく普通に起こるのです。
同じボトルを分かち合っていても、見えている(嗅いでいる)世界は人それぞれ。ワインの香りが持つ奥深さとミステリアスな魅力は、こんなところにも隠されているのですね。
(※参考論文: The Potential Effect of β-Ionone and β-Damascenone on Sensory Perception of Pinot Noir Wine Aroma / Elizabeth Tomasino, Shiloh Bolman)
グラスの中に広がる、満開のスミレ
先日、お気に入りのワインバー 「Lady of Grapes」 で、忘れられない一本に出会いました。
それが、ドメーヌ・ジャンヌ・ジェルマン(Domaine Jeanne Germain)の 「ソーミュール・シャンピニー La Foulée 2023」。カベルネ・フラン100%の赤ワインです。

La Foulée 202
ワインからスミレのニュアンスを感じることは、決して珍しくありません。とはいえ、たいていは「ほんのりスミレっぽい」という、上品で控えめな存在です。
ところが、このワインは違いました。
グラスに鼻を近づけた瞬間、「えっ、スミレ……?」
いや、違う。
「スミレ畑だ!」
まるでスイート・バイオレット(ニオイスミレ)そのものがワインに溶け込んでいるかのような、圧倒的なアロマ。一瞬にして、満開のスミレ畑の真ん中に立っているような、甘く妖艶で官能的な世界へ引き込まれました。
そして、その衝撃がどうにも忘れられない。
すっかり「スミレ沼」に落ちてしまった私は、その後、β-イオノンが豊富に含まれていそうなワインを何本か自宅用に購入し、せっせと試してみることに。
ところが――
……出ない。
いや、もちろんスミレのニュアンスはあります。
ありますとも。
でも、あの夜の 「スィートバイオレット!!!」 という、鼻腔いっぱいに押し寄せてくるような衝撃には、なかなか出会えません。
何本か試しているうちに、どうやら私はすっかり贅沢になってしまったようです。
以前なら「お、スミレの香りだ」と喜んでいたはずなのに、今では心の中で、
「うーん……君、もうちょっと本気出せるよね?」
などと思ってしまう始末。
それほどまでに、あの一本のインパクトは強烈でした。
「ワインから、こんなにも鮮烈なスミレが香ることって、本当にあるんだ……」
あの驚きと感動があったからこそ、Domaine Jeanne Germain “La Foulée 2023” は、今でも私の中で特別な一本として、色褪せることなく残っています。
スィートバイオレットがお好きな方へ
もし、スィートバイオレットの、あの甘く、そしてクリーンでかつ深みがある香りがお好きな方がいらっしゃったら、ぜひ一度試していただきたいワインです。
今回ご紹介した Domaine Jeanne Germain “La Foulée 2023” は、現在もしばらくの間、Lady of Grapesのロンドン・ブリッジ店で提供されているとのこと。

「フローラルな香りを楽しめるワインなら、ほかにもいろいろありますよ〜」とソムリエさん。そう言いながら、次々とグラスやボトルを並べてくださいました。
私もまた近いうちに訪れて、グラスを手に取り、ゆっくりと鼻を近づけてみたいと思います。
そして――
クンクン……。
……来た。
「ああ、これこれ。このスミレ!」
そんな再会を、ひそかに楽しみにしています。
LADY OF THE GRAPES, London Bridge
住所: 53 Southwark St, London SE1 1RU
定休日: 月曜日
連絡先: 020 3725 1111 / LondonBridge@ladyofthegrapes.com
https://www.ladyofthegrapes.com/
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定休日: 月曜日
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ロンドンの注目エリアに店を構えるバー&ビストロ「LADY OF THE GRAPES (London Bridge店)」。店内はレストランエリアと、お酒をメインに楽しめるワインバー「FORBIDDEN FRUIT」に分かれており、どちらも非常に洗練された空間です。
姉妹店であるコベントガーデン店とは、提供しているワインのセレクションが異なるため、目当ての銘柄がある場合は事前確認がおすすめです。