「許し許されること」池川明先生インタビュー by 木村章鼓【1】

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今年5月3日、ロンドン市内で映画『かみさまとのやくそく』上映会+東大病院医師である稲葉俊郎先生講演会のイベントが開催され、妊婦さんに付き添うドゥーラである木村章鼓さんも娘さんと一緒に参加してくださいました。

章鼓さんは、この映画の出演者である産婦人科医の池川明先生に、今から10年ほど前にインタビューされたそうです。池川先生は産婦人科医としてだけでなく、『ママ、生まれる前から大好きだよ!』など多数の著書をしるしていらっしゃる胎内記憶研究の第一人者としても知られています。温かいまなざしでお母さんや子どもたちをずっと見てこられた池川先生の「お産哲学」はすごい、と章鼓さんは言います。

「池川先生のお産哲学は、時間が経っても色褪せぬものと思い、ここにシェアさせて頂きます」という章鼓さんのお言葉に甘え、彼女が池川先生にされたインタビュー原稿を彼女のご好意で、あぶそる〜とロンドンで初公開させていただきます。

10年前のインタビューとは思えない、むしろ、今の時代の流れや人々の意識にマッチした心に響く内容です。また、あらゆる思想や宗教に開かれた考えをお持ちの章鼓さんならではの質問が、池川先生のお答えをベストな形で引き出されています。お子さんがいる、いないにかかわらず、全ての方に読んでいただきたいインタビュー ^^ シェアをありがとうございます!

池川明先生のインタビュー(聞き手・文:木村章鼓さん)

木村章鼓さん:今日はどうぞ宜しくお願いいたします。さっそくですが、私の個人的な体験をまずは紹介させてください。産後、大海原に木の葉のように小船が浮かんでいるイメージが授乳中などによく浮かびました。自分がまるで海そのものであって、同時に、魚として自由に回遊しているようなイメージも度々浮かびました。臨床心理士の松尾恒子さんが、産後1年くらいのおっぱいをあげているお母さんは、まだホルモンなどが出ているので異界に行っているというようなことを書かれていましたが、私が今日先生にお聞きしたいのは、そのようなケースには、産み方や生まれ方も関わっているのではないか、ということなんです。

池川明先生:お産って、女性にとって、人生のそれまでの得失点をチャラにしてしまうような、さらにパワーアップするような機会なのでしょう。もちろんそのパワーで(離婚など)予想もつかなかった方向へれていってしまう場合もある。でも何につけてもいいチャンスではあると思うんです。そして、そのチャンスをチャンスとしてものにできる女性は、潜在的にはかなりの数いると思うんですよ。なのに残念なことに、お産の奥深さについて深く知られていないがために、痛くて辛いだけと思っている人がまだまだ多い。性教育の授業などで接する学生のなかにもいますよ。女子中学生でも既に「あんな辛そうなのは嫌!」「産むのに抵抗ある!」って。

神秘的な体験をしているのに、その体験を我々にフィードバックしてくれている女性がまだまだ少ないんですね。お産って、人生のなかではかなりハードルの高いものだと思います。生死を賭けたものですから、嬉しいだけではない 。育児も嬉しいこともいっぱいありますけど基本的には大変です。でも人生トータルでみたら、必ずいいことのほうが、つらいことより上回っていると思うんです。どうだったと聞かれると、つい大変だった時のことばかりを人って話してしまいますが、実を言うと嬉しいことのほうが多い。しかも9ヵ月で生まれてきちゃう。それって短期勝負じゃないですか。お産は短い期間で大幅に人生の質を変えられるチャンスなんですよね。だから出産は「メッセージ」だと思うんです。

どんなお産からでも受け取れるメッセージが必ずある、自分を成長させるきっかけになり得ると思うんです。自分の原体験から何かを発見できる自分がいると思うんです。そう思うと、本来の宗教って自分のなかにあると思うんです。科学を信じている人には科学教があるでしょうし。相手を傷つけることではなく、人のためになることであれば、なんだって信じていいんじゃないでしょうか。本来、素晴らしい体験であるはずのお産で辛い思いをする女性が多い時代になってしまったので、今その部分が見直され、修正されようとしていると思います。

例えば、お産によって何十年ともつれていたものが、解きほぐれていくことがありますね。お産によって将来の予測がついていくということもある。許し許されるということは、他人をどのように受け入れるかということでしょうね。人は生まれてきた目的が許しだったりするんです。許すこと、愛することが人の普遍的な最終目標でしょうね。愛するもの、そこには私たち人間も含めたすべての命もなにもかも入っているんですけどね。そこへ到る過程で、許し許されるということはあらかじめ含まれていると思うんです。

お産って、その進み方が人生を反映していると思う時があるんです。例えば、お産をきっかけに劇的に変わる人がいる。こじれる場合は、やっぱり人生でなにかのトラブルを抱えているケースが多い。トラブルをかかえているような場合はやっぱりお産もどこかすっきりといかない。それらを解決していくのは、やっぱり本人の気持ちなんですよね。気持ちのこだわりを捨てていくと、お産がすっといくことがありますよ。

うちのクリニックでもお産がこじれて5日間かかった方がいらっしゃいました。うちのクリニックでは、ほとんどの場合赤ちゃんの自然な進行を見守るようにしているんです。赤ちゃんと直接話せるといいんですけど、私にはそういう能力がないものですから、ダウジングを取り入れて赤ちゃんとのコミュニケーションを図ったりもしています。その方も子宮口全開大なんですけれど、なかなか陣痛がつかない。ついても遠のいてしまう、というのが続いて、3日たってしまったんです。普通、子宮口全開大だと、2時間で取り出しましょうということになるんですけど、ダウジングを試して「赤ちゃん大丈夫?」と赤ちゃん本人に聞いてみたら「まだ大丈夫」と答えてくるのです。破水もないし赤ちゃんの状態もいいので待ったんです。結局、彼女の場合、お姑さんとの長年の確執があって、それが解けた途端に赤ちゃんが元気に生まれました。

『もっと待って!』『自分の力で出てこられるから!』と伝えてくる時(ほとんどの赤ちゃんがそうですが)はできるだけ待ちますね。ダウジングなんて怪しげだから信じられない、死産になっちゃうんじゃないですか? なんて思われるかもしれませんが、今のところそうやって出てきた子はみんな元気ですね。でもごくたまに、吸引鉗子分娩になることもあるんです。そんな時は、これから吸引を君にかけようと思うんだけど、いいかな? とか、吸引と鉗子とどちらが君はいいかな? と事前に赤ちゃん本人たずねるようにしているんです。

驚いたことに、以前実際に起きたことですが、赤ちゃん本人に聞かずに吸引をかけたら、生まれてきたとき、目が明らかに睨んでいるんです。怒っている、これは腹を立てている、そうハッキリと分かるんです。「まずい、赤ちゃん怒ってるよ」ということになって、それからは必ず本人に確認をしてから処置をするように徹底しました。

そうすると不思議なことに、やっぱり本人なりに納得して出てくるみたいで、生まれた瞬間は苦しそうでも、一息つくとみんな嬉しそうなんですよ。なかには『ありがとう!』って笑顔で言ってくる子もいます。自力だと苦しかったから吸引をかけて手伝ってもらってよかった、って感じなんです。だから吸引ひとつとっても、苦しそうにする子と、そうでない子がいるというのも、私にとっては大きな発見でしたね。ですから、生まれてくる本人の気持ちをやはり聞かなくちゃいけないと思いますね。そして、赤ちゃんの伝えてくる通り、ほとんどの場合は自分の力で出てくるものなんです。

普通の子育てでもそういう風にできたらいいですよね。何してほしい?どうしてほしい?とまずは聞いてみるんです。必ずしも人生は思い通りにはならないので、子どもの言う通りにはならないんです。それでもいい。まずは本人の気持ちを確かめる。そして、何ができて何ができないかをきちんと相手に伝える。なぜできないのかという理由を親なりに丁寧に説明をする。大事なことだと思いますね。生後一週間の子でも、そういう問いには赤ちゃんなりにきちんと返事をしてきますから。生まれたばかりの子に泣き止まない理由をたずねてみるんですよ。「抱いて欲しいの?」「お腹がすいたの?」って。

すると『抱かないで、放っておいて欲しいんだ』と言ってくる子もいるんです。そんな子をいくら抱っこしていても泣き止みませんよね。そういうことまで判ってあげられるのは最終的にはお母さんなんですよね。お母さんがしっかりとした意識を働かせて子どもと関わっていれば、それだけで子育てはもっとうんとラクになるんじゃないかと思うんです。でも生まれた直後からいきなり、そういう対話ができるかといえば、そうではない。だからやはりお腹の中から、赤ちゃんには大人と同じ意識がすでに備わっていると考えて向き合っていくことが大切なんですね。

こないだも夜泣きばかりしていた子がいましてね。お母さんが、かたっぱしから心あたりのことを質問していったんだそうです。いくつめかに「次の子がお腹にできてお母さんのこと独り占めできなくって辛いの?」と聞いたら「そうだ」と答えたんだそうです。その日以降、ピタっと夜泣きが止んだということですが、これは分かりますよね。親はどうしようもないじゃないですか。お腹の子はもうすぐ生まれてくるわけですし、生まれたら生まれたで確かに一人目の子と過ごす時間は少なくなる。でも、親がその状況を理解してくれたから、「受け入れてもらえた」ということでその子は納得できたんですよね。

これって許し、許されるということにつながることですよね。許しのプロセスも、まずは相手を受け入れること、許すことも受け入れること。でもなかには受け入れられないこともある。それでもまずは全面的に受け入れてから、その受け入れられない状態を整理していく。そんな努力もせずに親の都合だけでいい悪いの判断を子どもに押し付けちゃうことがけっこうあるような気がしませんか。

今どきの親御さんって、「子ども同士の結婚になっちゃっているなぁ」と感じることがあります。まるで体にできてしまった異物のようなものとして赤ちゃんを捉えていたり、ペットのように扱ってみたり。そんな親御さんは、育児ではなく、半分、飼育になってしまっているように思いますね。子どもが成長して自分の言うことを聞かなくなっていくのが不満で、私の子はどこまでも私の子、と自立心を抑えこもうとしますよね。3歳くらいの子どもであれば、反抗期でも十分抑え込めますが、思春期ともなれば、爆発的なエネルギーを誰も抑え切れない、力もあるので家庭内暴力や引きこもりを生んでしまう。そういう親には、いかに早く自立させてあげるかが子育ての最大の目的だという部分が欠落しているんだと思うんです。子離れしていく子の気持ちを尊重してあげる。本来、子どもには等しく自立性があって、お父さん、お母さんとまったく別人格ですから。そういう意味で、赤ちゃんは神様からの授かりものという考え方はとてもいいなと思います。自分たちの子ではないんですよ、天からのあずかりものですよ、ということですよね。

そして、その授かりものである子どもは、逆に私たち大人に、私たちが忘れていた大切なことを思い出させてくれる、そう、教えてくれる先生みたいな存在なんだと受けとめていけますよね。

一人前の大人に育てて、手元から迷うことなく手放すというのが子育ての最終目標だとすると、辛いですけど、子どもが自分から離れていくのが最も自然な流れなんですよね。ただ、どうせいつかは別れがくると最初から構えてしまうと辛過ぎて誰もやりたくない。それだと人類は続いていかないので、妊娠、出産、育児のなかには甘く楽しい喜びもほどよく織り交ぜられているのだと思います。溯れば、両親が出会い体を重ねるという性の営みも、その仕掛けのひとつなのでしょう。

「一体どこから『私の子ども』じゃなくなっちゃうの?」と辿っていくと、赤ちゃんはお腹の中からすでに違う人格をもっている。そういうことが感じられるようになってくると、計画分娩を予定したり、点滴を使って促進剤という方向ではなく、その子自身が生まれたい日の、生まれたい時間に、生まれたいように生まれておいでねという気持ちがごく自然に起きてくるのかなと思います。

次回につづく

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にAbsolute Londonを立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。