多民族都市のススメ

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今年の夏以降、イギリス国内の外国人永住組界隈がざわついている。5月の地方選で急速に議席と支持率を伸ばし、ノリにノっているリフォームUK党のナイジェル・ファラージ党首が、こう言い放ったからだ。

「我が党が政権を取った暁には、外国籍の永住ビザ保持者から、永住権を剥奪する!」

ファラージ党首の主張はこうだ。「移民(難民)」たちが英国の福祉に頼り、国庫を圧迫している。英国人が本来受けるべき恩恵を、彼らが過剰に受けているせいで英国が危機に瀕しているのだ。とっとと本国に帰ってくれたまえと。彼は「移民を厳しく制限し、公共サービスへの負担を軽減することで現状を打破し、英国の文化やアイデンティティを守ることができる」と信じているようなのだ。

確かに英国は紛争難民に対してはかなり寛容な政策を打ち出してきた。古くは宗教弾圧を逃れてフランスから流れてきたユグノー教徒の大量受け入れに始まり、ハンガリー、キプロス、ウガンダ、ベトナムや南アメリカ、クルドの民、アフガニスタン、ボスニア、セルビア、クロアチア、コソボなど、紛争地域の難民を大量に受け入れてきた。昨今のウクライナ人に対しては、現在も特別枠で受け入れ体制を整えている。

インド圏、カリブ圏、香港などの旧植民地諸国からの移民はもちろん、21世紀になってEUに加盟したポーランドからの移住者など、国を建て直すために率先して受け入れた移民もいる。旧宗主国としてのケジメ、先進国としての役割を果たし続けて相当がんばってきたし、ここいらで一丁、大きく一息つきたいのかもしれない。

現政権である労働党も移民政策は渋め。これまで5年の居住経験と英国への貢献があれば永住権を申請可能だったが、今後はそれを10年に延ばす政策を打ち出している。緩んでいたボーダーを、再び引き締める流れに入ろうとしているのだ。

しかしこの政策もリフォームUK党の公約ほど不躾ではない。ファラージ党首は永住権保持者に5年ごとの資格見直しを迫り、更新料を払うよう主張している。この国の経済や文化に貢献してきた住民からおかまいなく搾取し、ふるい落とす作戦なのである。

移民がわんさかいるロンドンの眺め。

リフォームUK党は右派であり、ブレグジットでEU離脱に投票した多くの民衆を支持母体としている。強い英国を作るには、雇用を守り、不必要な移民を減らし、英国民がゆったりと暮らせる社会を作る。これはいわゆる「右翼ポピュリズム」と呼ばれる立場だ。

右翼ポピュリズムが台頭する社会背景はある程度理解できるが、この考えは突き詰めればファシズムと隣り合わせでもある。自国経済や国民を守り、排他主義に傾くことで不寛容へとつながり、やがてはナショナリズムへの道を歩むことになるだろう。歴史は繰り返し、これがまた火種になる。仲間ではなく、敵を増やしていくのが右翼ポピュリズムのような考え方である。

イギリスでは現在、全国各地で極右による過激な移民反対デモがあったり、それに反対する反ファシズムのカウンター・デモが行われたりしている。

「移民」と一口に言っても、実態はさまざまだ。紛争地帯から命からがら小型ボートで海を渡って逃れてくる難民もいれば、別のルートでやってきて不法滞在している人も大勢いる。「頼られる英国」はいいが、線引きをどこかでしなければならないと政治家や一部の英国民は焦っている。労働党のキア・スターマー首相もついに重い腰を上げ、難民への自動的なビザ発給や家族の呼び寄せをやめると発表したばかり。

ただ、英国は直接的・間接的にほぼ全ての世界の紛争や歴史に関わっているはずだから、難民の面倒をみることはあながち間違ってはいないのではないかと思う。英国は歴史をひっくり返し、表から裏から活動してきた自分たちの過去をもう一度おさらいしつつ、移民対策に向き合うべきなのかもしれない。

今回のリフォームUKの「永住権廃止」公約は、こういった政治的「難民」への対処の一環なのだが、日本をはじめあまり問題のない国から引っ越してきた「移住者」への過度の締め付けは、いかがなものか。

これまで温順に英国で暮らし、この国への好意を持っている層に対して、彼らの感情を逆撫でし、不要な負担をかけていくことは国としても得策ではないだろう。アンバサダーをもてなす代わりに、猜疑の目で眺めているようなものだ。

ロンドン中心部で今年9月にあった極右勢力による移民反対デモに反対する人たち。

トミー・ロビンソンは極右の大将でこの日は10万人以上を動員したが、彼に反対するカウンター・デモに参加した人たちも大勢いた。左はカウンター・デモ行進に近づく極右の若者。

こういった見方もある。

英国はこれまで、多くの移民を受け入れてきたことで、民族的なダイナミズムを生み出してきた。今では2世、3世たちがイギリスの教育を受け、「イギリス人意識」を持って国を支え、盛り上げている。

ロンドンはすでに人口の半数以上が外国人で、市長だってパキスタン系のイスラム教徒だし、リシ・スナク元首相はインド系のヒンドゥー教徒、保守党のケミ・バーデノック党首はナイジェリア人の両親を持つ黒人の女性党首だ。

これは移民を受け入れ、自国流に育てあげることで、富国強兵を図ってきた結果でもある。スポーツ選手にいたっては移民のおかげでなんとか競争力を保っているようなものだ。チーム・ブリテンの顔ぶれのなんと多様なことか。多人種と合流し、混ざり合うことで、人類はより賢く強くなる。そのことを英国・ロンドンは自ら証明してきた。

ちなみにリフォームUK党をはじめ、どの政党も表明しているのが「優秀な人材はウェルカム。英国に足りない人材には来てもらいたい」という選抜思想である。

ちょっと前までは病院スタッフが足りないから「看護師さんウェルカム」モードだったし、その前は確か「海外からの技術屋さん集合!」と触れ回っていたっけ。もっと前は「インドのお医者さん大歓迎」だったか。今はポーランド人施工者の素晴らしさにイギリス人業者がタジタジの状態。日本だってシェフたちが寿司カルチャーをもたらし、スーパーの必需品になるなどグルテン・フリー食文化に大きな変化をもたらした功績がある。

イギリス人はこのように、自国の戦力を自国外の人材で伝統的に補っているわけで、移住者の「いいとこどり」をして国を建て直してきた。こうした移民カルチャーをよもや忘れているわけではあるまい。

反ファシストのカウンター・デモは続く。

日本の場合は二重国籍を禁止しているため、日本人は何年イギリスに住んでも「永住権を持つ外国人」の枠から出ることができないが、二重国籍を認めている国の人たちはさっさと市民権を得てイギリス人になってしまうので、今回の「永住権騒動」において関係があるのは、永住権で滞在している筆者のような立場の者だけ。それでも、もしもファラージが言っているような政策が現実のものとなれば、何百万人もが影響を受けるはずだ。

難民対策と言いつつ、問題のない移住者も同じ枠組みで締め付けることは、果たして得策なのだろうか。ファラージの勘定によると、移民を締め出すことによって莫大な節約ができるそうだが、その事務手続きにかかる実際の費用もばかにできないものになるだろう。

永住権という制度を廃止し、5年おきに再申請させてビザ更新料を支払わせるようなことになったとき、いったい誰がその線引きをするのだろうか。誰がインで、誰がアウトなのか。好き勝手な条件を善良な移住者に突きつけることは容易だが、問題のないところを揺るがし、波立たせ、問題を作り出すことにもなりうる。

英国政府はボーダーにいる個々のケースを調べたり選別したり、上訴への対応を迫られたりして、難航する手続きのためにスタッフを増員せねばならず、費用は嵩み、スタッフは心身ともに疲弊してしまうかもしれない。その政府スタッフの大半がおそらく、きっとインド人をはじめ外国ルーツのはずなのだ。賢い人たちは、過去に成立した生きた法令を持ち出し、引き続きいかなる条件下でも住み続ける権利があると主張し始めるだろう。

もし彼らが第一政党になったら、二重国籍を認めていない国同士でタッグを組み、政府間で交渉してもらうことも視野に入ってくる。

ちなみにファラージ本人はイングランドにルーツがあるわけではなく、ドイツやフランスに由来する移民の家系だ。最初の奥方は自分を看病してくれたアイルランド人の看護師さん、そして二人目は二重国籍を許さないドイツから来ているドイツ人で、彼の秘書をしていた人。子ども二人はドイツのパスポートを持っているらしい。現在のパートナーはフランス人で、ウェイトレスから彼が政治家に仕立て上げた女性。

そんな彼が掲げるのは、ヨーロッパからの移住者については、おとがめなしの政策。「EU永住権制度(EU Settlement Scheme)」を通して永住権を取得しているEU諸国の人々は、今回の公約は関係ないそうだ。ヨーロッパ諸国(および自身の親族)への配慮はあるらしい。

移民ルーツの人たちが経営するニュースエージェント。民族意識を保ちながら、英国に溶け込んでいる。

とはいえ、リフォームUK党は政権を奪取しないと筆者は見ている。UKにとって何がリフォームなのかは、もっと賢い人々が判断すべきだ。政治家が愚かに見える政策を打ち出してくるとき、人民は「NO」と突き返し、再審を促すことが使命でもある。

ロンドンを見よ。不寛容よりも寛容を選ぶ風土があり、イスラム教徒のサディク・カーン市長ともども、地球の反対側から来た隣人と仲良く一つ屋根の下で暮らしている。少なくとも私が所属している地域社会はそうだ。

ロンドンに暮らしていると「多民族」な状態が当たり前になりすぎて、人種も国籍も肌の色も宗教もぐるぐるにミックスしているが、「それが何か?」と言いたくなる。

英国に移民が増えすぎて不安になる? 大丈夫。どちらかというと日本の半分程度しか人口のいないイギリスで、もっと増やしたらどうかと提案したくなる。国力を維持するためにはある程度の労働力が必要だし、難民への教育や職業訓練などをさらに充実させると問題は軽減するはずだ。

英国では難民向けの職業訓練プログラムも存在している。スキル開発だけでなく、語学を学ぶクラス、就職の支援までする官民両方の支援プログラムが複数ある。こういった制度を磨き、徹底的に難民の「お荷物化」を防ぐのも一案だ。難民の救済は人道支援の一環なので、「お荷物」と見るか「アンバサダー」と見るかは、政府次第。彼らを立派な英国シンパに育て上げ、将来の英国サポーターにしていくのも彼ら次第だ。

ちなみに英国は明らかに福祉が充実しているが、受ける側としては意図して「働かない」選択肢を見出せる寛容な制度でもある。受け取っているのはネイティブのイギリス人が圧倒的に多い。人口が多いから当たり前なのだが。福祉の「節約」を謳うのであれば、政府は支給先や支給額をもっと検討し、物価と賃金の不均衡を根底から是正する方法をなんとか探っていくべきだろう。犯罪をなくすには排他主義ではなく、英国シンパを育てることのほうが近道のはずだ。

支援なしで真面目に働いて税金を納めている私のような外国人の目から見ると、リフォームUK党の「永住権剥奪」公約は、悪夢でしかない。善良な住民に対して、心ある政策を望むばかりだ。

個人的な見解だが、労働党でイスラム教徒のサディク・カーン市長率いるロンドンは、ダイバーシティのメリットを重視する政策で成功していると思う。また、現在の保守党と労働党が政権交代をしつつ、バランスを保つ独特の政治シムテムも、ファシズムに偏らない限り穏当なものだ。

皆さんにも一度、クセになる多民族都市を経験されてみることをおススメしたい。

英国の人々への感謝の気持ちを込めて。

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岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系制作会社にて数多くの日本語プロジェクトに関わった後、2009年からフリーランス。2014年にイギリス情報ウェブマガジン「あぶそる~とロンドン」を創設。食をはじめ英国の文化について各種媒体に寄稿中。著書に『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房) 『ロンドンでしたい100のこと』『イギリスの飾らないのに豊かな暮らし 365日』『コッツウォルズ』(自由国民社)。カルチャー講座の講師、ラジオ・テレビ出演なども経験。これまで1700軒以上のロンドンの飲食店をレビュー。英国の外食文化について造詣が深く、近年は企業アドバイザーも請け負っている。チャネリングをベースとしたヒーラー「エウリーナ」としても活動中(保江邦夫氏との共著『シリウス宇宙連合アシュター司令官 vs.保江邦夫緊急指令対談』もある)。仕事のご依頼は ekumayu @ gmail.com までお気軽に。

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