SFではないアフターコロナ

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「永遠に残るものなど、何もないだろう?
人間だってほんとうはそれを知っている。
でも彼らは、それを信じたいと、
つよくつよく願っているんだ。
人はそれを<祈り>とよぶ。」

画面いっぱいに、雪がふる・・・・・・

世界を浄化するように、降りしきる雪・・・・・・

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7月26日、フジテレビが「世界SF作家会議」という番組を放送した。アフターコロナの世界を、現代日本を代表するSF作家さんたちが語ると言う趣向。いとうせいこうさんが進行役をつとめ、大森望さん、新井素子さん、冲方丁さん、藤井太洋さん、小川哲さんら、そうそうたる皆さんが参加した。

その番組の中で友人の漫画家、森泉岳土がアフターコロナを描いた書き下ろし作品「アフターコロナのヒューマン」を発表。コロナとの共存を余儀なくされる人間たち、そして彼らを助ける精巧な人工ヒューマノイドたちが生きる地球・・・・冒頭は、その中でヒューマノイドが語った言葉だ。

永遠はない。

しかし人は、それを<祈る>ことができると。

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<祈り>は人間だけに許された特権なのだ。そうヒューマノイドは思う。

破壊と再生のとき」という4月のコラムで、アフターコロナについて私はこう書いた。

「コロナはある意味、凄まじい意識浄化の役割を果たしている。古い価値観を手放し、新しい世界観をともに生み出していく時期なのではないか。地球上の全ての人々に共通していることがあるとしたら、それは<変わらないものはない>ということだ。同時に<何か新しいことの始まり>だということも変わらない。いまアフターコロナの世界について、色々な人が考え始めている。短期的にみると混乱や取り組むべき社会問題の発生は避けられないかもしれない。課題は、いかに取り組むかだ」

森泉さんの作品を拝見し、そのときの思いが今またよみがえり、新たになる。

私自身のアフターコロナ観はあれからほぼ変わっていないのだが、3カ月が経過し、周囲からもいろいろなドラマが耳に入ってき始め感慨深い。

例えばロックダウン前に、日本から短期で訪れている知人に好意でアコモデーションをオファーした友人は、家族ではない誰かと長期にわたって同じ空間をシェアすることになり、知らぬ間にリレーションシップの試練へと突入した。永遠に続くかに思えた試練も、祈りにも似た思いを重ね、ついに和解。気持ちを言葉にして伝え合うことの大切さを学んだようだ。それぞれの真実の思いは存在し、そのどちらも間違いではない。しかし祈りは確かに届いたのだという。

料理上手な友人たちの和解の宴席。甘美なお酒に酔いしれた日♡

またある友人はロックダウンの間に離婚を決意。長年生活を共にしたご主人のもとを離れ、今、夢に描いてきた生き方を手にしようとしている。互いに尽きせぬ気持ちがあると思うのだが、新たな人生のステージへと踏み出した友人を心から祝福したい。

ロックダウン中に、家庭内暴力をはじめ家族間の問題が増えているという報道を聞くことがあるが、これは蓋をしていた問題が噴出していることに他ならないのだから、その問題に真正面から向き合い、前向きに、そして愛を持って対処をしていくことが、コロナを経験している私たちができる変化への<祈り>なのではないかと思う。良くも悪くも、変化が後押しされている時期が今なのだから。

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「世界SF作家会議」では皆さん様々なアフターコロナの世界観を語っておられたが、どこか現状を踏まえた、その延長にあるものだったような気がして、個人的にはもっと突拍子もないビジョンの飛躍が欲しかったな〜と感じている^^  SFのいいところは、まったく新しい世界をまるまると構築できることじゃないだろうか。であるならば、あるべき地球を自由に模索していくことも、楽しい遊戯なのではないかと思う。

その討論の中で気になったのは「自分ではない誰かが責任をとる」ことが期待されている現実を当然のことと捉えている意見があったこと。しかし誤解を恐れずにいえば、アフターコロナは<自分に目覚めた人>が切り開いていく世界なのではないかと思う。自分の力を知り、自分で責任を取っていく世界。「自己責任」がマイナスの意味を帯びる昨今、本当の自由とは強い責任を伴うものだと誰もが気づくことが急務なのではないか。

そんな中で個人的に最もしっくりきたのは、新井素子さんの言葉。未来のビジョンではないけれど、はっきりと「コロナにかかった人が悪いわけではない」という事実を強調しておられたことだ。ここも個人的には同調しておきたい部分。連帯責任を思わせる思想が蔓延する中で、この認識を持つことも、より健康な社会を築いていくうえで急務だと感じる。個人が今できるのは、シンプルだけど生活を整えることで自分の免疫を維持し、あるいは向上させ、ウイルスを受け付けない身体作りをすることではないだろうか。そして自分が日々できることを、精一杯、楽しみながらやっていくこと^^

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人は潜在的に「祈り」生きていくものだ。そう言ったのは友人のフォトグラファー、林建次だったと思う。バイク事故で右手の機能を失い、痛みにのたうち回った日々から体得したこと。それが<祈る>という行為だという。今も彼は<祈り>をテーマに写真を撮っている。

「願う」ことの本質は<祈り>だが、祈りはやがて、実現していく。その力強さを、人は深い部分で知っている。森泉岳土が描くアフターコロナの世界では、人類がコロナと共存していくなか、本来持っている<祈り>という武器を忘れるなと暗示する。祈りはやがて現実化する。それが本当のことだと、多くの目覚めた人たちは知っている。<祈り>は意識の在り方であり、人はそれを選ぶことができる。

世界SF作家会議
https://www.youtube.com/watch?v=mVVzL9iTpJQ

森泉岳土 書き下ろし作品
https://www.youtube.com/watch?v=Zx61MRQfQX8

「永遠に残るものなど、何もないだろう?
人間だってほんとうはそれを知っている。
でも彼らは、それを信じたいと、
つよくつよく願っているんだ。
人はそれを<祈り>とよぶ。」

画面いっぱいに、雪がふる・・・・・・

世界を浄化するように・・・・・・

(冒頭のバナーは森泉さんの許可をいただいて掲載しています)

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About Author

江國 まゆ

岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系広告代理店にて各種媒体の翻訳ローカライズや日本語コピーライティングを担当。日本語翻訳リライトのスペシャリスト。2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年に「あぶそる〜とロンドン / Absolute London」を立ち上げ、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活、人間の可能性について模索中。あぶそる〜とロンドンが選ぶ『ロンドンでしたい100のこと』(自由国民社)を2018年に上梓。

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