新海誠さんのアニメ/小説『言の葉の庭』の舞台が、フィンズベリー・パーク駅裏手にあるThe Park Theatreにて上演中! ロンドン公演は今週土曜日まで。このプロダクションはキャストを替え、日本でも11月9日〜19日の日程で上演される予定だ。
初めてアニメ『言の葉の庭』(2013)を知ったのは、Netflixプログラムの中で見つけたとき。ロンドンでこういった日本のアニメを日常的に観ることができるのは本当にありがたい。その作品が舞台化!? プロモーションに関わっている友人に教えてもらい、急ぎ終演1週間前に足を運ばせてただいた。
残念ながら『小説 言の葉の庭』は未読なのだが、アニメの世界は日本的な、非常に抒情的な世界観が根底にあり、みているだけで雨にそぼ濡れる樹々のみずみずしさや、季節ならではの内省的な空気感が伝わってくる秀作だ。都会に降りそそぐこの雨が、男子高校生と、若き社会人女性が心を通わせる媒介となる。
舞台では、アニメではあまり描かれなかった背景がしっかりと語られる。アニメでモヤモヤ感のあった私のような視聴者にとって、その他の登場人物や二人を取り巻く環境を知ることができたのはよかった。シングルマザーがアルコール依存になる過程はあり、傷つきやすい少女が不良になる背景だってあるのだから。
靴職人になることを夢見るタカオ、そして雨が降る日だけ現れる謎の年上女性。二人をつなぐ点と線。アニメでは二人の心象風景により焦点が合っているが、舞台ではその周辺の物理的な謎解きが行われる。
そのせいか舞台では二人の物語が少し希薄になってしまっているのが残念。群像劇でもあり、より周囲の状況説明に力が入っているようにも見える。
二人が心を通じさせるようになる道筋がもう少し丁寧に描かれれば、アニメを知らない視聴者でも散漫な印象の中に取り残されてしまうことはないだろう。ここは非常に残念だったところで、一幕の終わりにストーリーラインについていけない人たちが内容を確認しあっている声が聞こえてきた。
とはいえ、俳優さんたちの演技は素晴らしかった!
中でも秀逸だと個人的に感じたのは、タカオを演じたHiroki Berreclothさん。アニメの中から飛び出てきたような新海アニメにぴったりの容貌と非常に優れた演技で舞台を引っ張っていた。彼は今年のThe Off West End Theatreアワードで主演男優賞にノミネートされているそう! 今後の活躍が楽しみでならない。
そしてショウコ役のShoko Itoさんもパワフルな演技で圧倒してくれた。共演の皆さんもそれぞれに役柄の中で輝き、日本文化の一端を英国の視聴者に伝えてくれた。
脚本と演出を手がけたのは、日本文化に造詣の深いアレクサンドラ・ラター / Alezandra Rutterさん(Whole Hog Theatre)。ラターさんは、過去にも「もののけ姫」をはじめ数多くの日本作品を英語に置き換えてきた功績がある。今回の脚本は、タカオの母親役を演じたスーザン・モモ子・ヒングリー / Suzan Momoko Hingleyさんとの共同作品だそうだ。
上演前、そのモモ子さんと少しお話をする光栄を得た。彼女によると、当然のことながら脚本は新海チェックを受け、意図に沿うよう手直しされたものだとのこと。このラター+ヒングリー脚本がそのまま11月9日から10日間に渡って上演される東京公演に持ち込まれるわけだが、さて、どのように受け入れられるのだろう。作曲家マーク・チョイさんによるオリジナル・スコアが、この作品に通底する古典的ロマンや切なさを抒情豊かに表現しているのも見逃せない。
舞台演出として、人形仕立てで登場するカラスがいる。アニメでは出てこなかったキャラであり、それぞれの場面で登場人物たちの心象風景を表す重要な役割を担っている。
この黒カラス、人形浄瑠璃のように黒子によって動かされるのだ。これはなかなか面白い演出。日本的な感覚を持たぬ視聴者の受け取り方はわからないが、日本人なら黒子が活躍する浄瑠璃的な演出だと見るだろう。
しかしなぜカラスなのか。日本では古来より神聖な動物であると同時に、不吉な面も併せ持つカラスをここまで大々的に演出に取り入れている理由とは? ・・・おそらくカラスと言ってもCrowではなく、ワタリガラス(Raven)の方で、善の象徴であり、導き役とみるべきなのだろう。
おおっと。大切なことに言及するのを忘れていた。
万葉集の和歌が、この作品をまとめる大切なエレメントであること。
1200年も前に確立されていた詩文であり、恋文のツールが、現代の若者の思いを伝え合うツールになると、誰が想像しえただろうか?
正直言うと「古い」と、私なんかは思う(笑)。だって、1200年を経て、人類はもっと賢くダイレクトに想いを伝え合うことができるようになっているはずではないか?
そもそも万葉の和歌などと言うものは、男女の距離が遠く伝えきれないものを伝えるためにあったもので、電話が生まれ、携帯で直接個人が繋がることができる今・・・いったいそこに、どんな意味があるのだろうか?^^
と言うわけで、この物語は、ダイレクトに想いを伝え合うことのできない男女、その他の登場人物が、1000年も前のツールを使って辛くも(そして美しく)交流するという、非常にロマンチックな作品。そのニュアンスが現代の英国一般市民に受け入れられるかどうかは神のみぞ知る領域だろうが、少なくとも私の隣に座っていた若いアジア人男性のグループは新海作品のファンであり、そのエッセンスを掴み取り、余韻に浸ろうとしていたように見えた。
ちなみにこの日の観客が一番笑っていた場面。どこだと思われるだろうか?
恋に明け暮れ家に帰らない自分の母のことを、タカオが「すごく自由な人なんだ」と他の人に説明する場面だ(確か「She’s super free!」と言っていたような)。この後、ドッと笑い声が聞こえた。恋と酒に溺れて家庭を顧みない彼女を「自由な魂」と言える大人なタカオ。きっときっと、彼なら素敵な人と幸せになると、信じて疑わない。
今回のロンドン公演が、正真正銘ワールド・プレミアになるそうだ。さて、これから作品がどう育っていくのか、そちらも楽しみでならない。
「言の葉の庭 – The Garden of Words」
ロンドン公演:The Park Theatre
13 Clifton Terrace, Finsbury Park, London N4 3JP
2023年8月10日〜9月9日
詳細:https://www.parktheatre.co.uk東京公演:品川プリンスホテル ステラボール
〒108-0074 東京都港区高輪4丁目10-30
2023年11月9日(木)~19日(日)
詳細:https://www.princehotels.co.jp/shinagawa/stellarball/