日本円がいよいよ1ポンド約200円となり、10年ほど前に経験した水準に近づきつつある。一時帰国中はついつい円とポンドを比較しがちなのだが、約1年半ぶりに帰った故郷は「安さ」と「妥当性」が同居する過渡期にあるように思えた。
相変わらず飲食は安くて助かるのだが、未経験レベルの物価高に突入しつつあるロンドンから帰郷すると、「いったいどうやってこの価格を実現しているのか?」と、ついそのカラクリを探りたくなってしまう。
「ポンドを円に変えると大分得した気になるでしょう?」と言われるが、たいていは日本円で稼いだ分を日本で消費することにしているので、ポンド高の恩恵にはあまり与らない。しかし感覚的には(実際にも)飲食に関しては英国の半額以下という印象だ。これが日本経済にとって果たして良いことなのか、よくも悪くもないことなのか、今回の滞在では特に頻繁に考えてしまった。
ロンドンは世界一、物価の高い都市の一つだ。ロンドンから見ると東京さえ安く感じてしまう。日本は消費者に優しい国になったのか、それとも飲食店を経営する“消費者”には熾烈な価格競争を強いられる世知辛い国になったのか。人件費や労働賃金があまり感じられない価格設定は、時間や勤労に対する日本人の姿勢を改めて浮き彫りにしているようで、興味深い。
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久しぶりに5月後半から6月の日本を経験させてもらった。今年は少し涼しいとみえて、ロンドン発着の2日のみ上着が必要と思っていたのだが、意外とカーディガンの登場率が高い。朝夕はまだ爽やかで、良い季節を満喫させてもらった。
滞在中に面白い経験をした。
私の故郷、岡山県倉敷市を含む中国地方ではある日、夜から土砂降り大雨となり、翌朝までその雨が続いたため土砂崩れなどを懸念したJRでダイヤが大幅に乱れ、翌日の午後は運休が相次いだ。
私はちょうど北日本から来る客人に会うため倉敷駅から岡山駅まで電車を利用しようと駅に向かった。倉敷駅に到着してみると、電車の運行状況は最悪。次の電車がいつになるのかわからないという。さて、どうしたものか。いったん入った改札を出て、バスの可能性を探ろうと有人窓口を通ろうとすると、日本語アナウンスがわからず右往左往する海外からの旅行者が複数いることに気づいた。
目の前にいた東洋人に「大丈夫ですか?」と英語で話しかけると、先ほどまで拙い日本語と中国語のミックスで駅員さんと話していた女性が突然流暢な香港訛りの英語でこう返してきた。
「バスのことを聞いたけど、岡山まで1日に2、3本しかないっていうのよ。本当に馬鹿げてるわ」と、お困りの様子。そこで「じゃあ一緒にバス・ステーションまで行って確認してみましょう」と提案すると、英語のできない別の中国人カップルに中国語で話しかけ、その提案を確認しているようだ。「彼らは知らない人だけど助け合っているの。一緒に行っていい?」と言われ、4人でバスの再チェックへ。
案の定、バスは2時間半後に1本あるのみ。そこでタクシーのシェアを思いつき、提案してみると彼らも望むところだという。そこでタクシー乗り場へ向かい、行列の末尾に並んでタクシーに乗り込んだ。
運転手さんに岡山までいくらくらいで、どのくらいの時間がかかるのかと聞いてみると、案外リーズナブルだ。4人とも満足してそのまま、さっきまで見ず知らずだった私たちが突然、30分余りの間、楽しい旅の仲間となったのだった。
香港出身で、ロンドン経由でシドニーに住んでいるという女性は気さくな様子。ジーンズの街、児島まで足を伸ばしたかったが、大雨に降られ岡山に取った宿まで帰って洋服とスニーカーを替え、今日の旅を続行するかどうかを決めたいのだという。
一方、大陸から来た様子のカップルは一言も英語を話さず、片言の日本語で旅を続けているようだった。ハニカミ屋の二人はあまり目を合わせようとはしなかったけれど、それでも互いを信頼することで得られる独特の空気を醸してくれていた。
岡山駅に着いたらあっという間に解散。互いにありがとうと言い合って別れたのだけれど、翌朝、東京に出ることにしていた私が岡山駅にふたたび赴き、駅弁を物色しているとなんと、あの香港出身の女性にバッタリ、再会したのだ。強いご縁を感じた瞬間だった。
彼女はどうやら一人旅で、この後、姫路を観光し、和歌山まで足を伸ばして僧坊に宿泊する予定だという。「ガイジンばかりの宿で心配だわ〜」とぼやいていたが、自分もガイジンだとは露ほども考えていないようだった。LINEの交換をした私たち。またいつか、シドニーかロンドンで会えたらいいねと話し、それぞれの旅路に戻っていく。
私が子どもの頃から、きっと倉敷市には多くの外国人観光客が来ていたのだろうが、昨今のインバウンド客の急増は前代未聞だ。私のように中途半端な日本人の協力を得て、なんとか大雨の日の混乱を乗り切ることができた彼らはラッキーだったのかもしれないが、私たちが後にした駅では午後中いっぱい電車は走らなかったようなので、きっと日本語のわからない旅行者は、引き続き右往左往していたのに違いない。
ロンドンやその近郊では少しでも電車運行に遅延・運休がある場合は、すぐに代替輸送としてバスが走り始める。多くの人が目的地に辿り着くことが難しかった大雨の倉敷で、できれば英語や中国語での簡単なアナウンスや、外国人対応スタッフの配備、そしてもちろん、代替輸送の手配などが迅速に行われていたらもっと素敵なのになと、そんなことを思ったロンドナーの私なのだった。
そういえば、タクシーの運転手さんが「行政区をまたがると、タクシーでさえも乗り入れが難しくなる」とおっしゃっていて、倉敷市と岡山市を行き来するバスの運行便が少ないのは当たり前なのだとか。
全国津々浦々、縦横無尽に走るバス網を謳歌できているイギリス在住者としては、ぜひとも行政の枠を超えた便宜を図っていただきたいと思った次第。
日本はもうじき本格的な梅雨の季節ですね! 滞りない移動ができますように。