『アドレセンス』ショートレビュー:英国社会の闇と父と子の物語

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話題の英国ドラマ『Adolescence アドレセンス』(Netflix)を観た。あまりにもリアルで繊細な描写と、全出演者の名演に、心を抉られる思いがした。浮ついた演出が多い昨今の傾向に真っ向から挑戦するような地に足がついた感動作だ。

『Adolescence アドレセンス』
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https://www.netflix.com/title/81756069

4話から成るこのドラマは大半がワンカット撮影と言われており、ドキュメンタリーのような臨場感のある手法で観る者の心を捉える。本作のフィリップ・バランティーニ監督は、かつても英国レストランの裏舞台を描いた『ボイリング・ポイント/沸騰』で同じ手法を使っており、今回も同じくスティーブン・グレアムを主演・共同製作者に迎えて骨太な作品作りに取り組んでいる。

『アドレセンス』は、思春期の子どもを抱える家庭に起こった悲劇(同級生の殺害に及んだ13歳の少年の物語)だが、事件が起こった背景を細やかに描くことによって、英国の現代社会が抱える課題を浮き彫りにする社会派ドラマとしての役割を果たしている。

英国では子どもの素行の悪さや、ナイフによる殺傷事件などが問題視されており、SNSを使った新しいタイプのいじめや嫌がらせも横行し、心理的なストレスが子どもたちの心を蝕んでいる。そういった背景を知っていればいるほど、おそらく誰もが「起こりうる」と考えざるをえない題材なのだ。

まだ観られていない方も多いと思うので、個人的に最も印象に残ったことだけをここにメモしておきたい。(とはいえネタバレしているかもしれないので、気になる方は作品を観てから読んでほしい。)

先ほど学校でのいじめや嫌がらせという問題について触れたが、本作では実は「親が子どもを理解しきれていない」という問題と、その危うさの方がより大きな焦点になっている。子どもは「自分は安全だ」と思いたいし、親は「子どもを守っている」と思いたい。本作でも表立った問題らしい問題がないと思える労働者階級の家庭を描いているが(しかし問題は多いのだが・・・)、子どもの本質を見つけられない親と、その関係性から来る子どもの不安定さが、物語の根底にある。

主人公の少年ジェイミーは殺人容疑で拘束されるが否認を続け、精神療養施設に収容される。そこへやってくるのが裁判の準備のために送り込まれた女性臨床心理士だ。すでに4度の聴き取りが終わり、5回目の訪問シーンが描かれる。

第3話で繰り広げられる少年と臨床心理士のこの対話シーンは、後世に残る名場面として語り継がれるだろう(冒頭の写真 ©︎Netflix)。少年にとって彼女は自分を理解してくれるかもしれない唯一の大人でありながら、仕事として冷静に対話を進める彼女の誘導方法に不信感も抱いている。しかし何度も訪問されていることから、明らかに親しみの心を抱いている。

臨床心理士は少年の心を開かせるために、わざと魅力的に振る舞ったり、土産を持参して少年の心に入り込み、その本心に迫ろうとする。

この5回目のセッションで臨床心理士のやり方が功を奏して少年が本当のことを話そうとするとき、彼女の心も大きく揺らぎ、唐突にセッションを切り上げる。彼女との会話を密かに楽しみにしていた少年は驚き、また会いにきてほしいとねだる。取り乱した少年を他の職員が引き離すように促して連れ去った後、残った彼女が流した涙が、この物語のクライマックスのようにも感じられる。

その涙の意味は、なんだったのだろうか。そこはおそらく視聴者それぞれに感じるところなのだと思う。この第3話は実に見事な演出で描写されており、おそらく何度か観てみないと捉え損ねることもあると思う。

初見ですぐに思ったのは、「親身になって少年の話を聞く療法士のように振る舞っていたのに、心を打ち明けようとした途端に突き放す自分のやり方をやるせなく思った」ように思えた。つまり、少年の理解者でもないのに理解しているように見せかけた自分への苦しさの表現。

しかしその最後のシーンをもう一度見直すと、「殺人へ至る男の身勝手な心理」を垣間見て震撼しているようにも見える。死への責任を持つよう語りかけ、臨床心理士ではなく、人としてできる全てを終えて、セッションを終了している。そんなふうにも見える。

もちろん緊迫したセッションが全て終わったことへの安堵の気持ちを表す涙でもあっただろう。いずれにせよ、その全ての可能性が彼女の存在をとても尊いものにしているように思えてならない。名演技に大拍手。

この第3話だけでなく、全てが意味あるシーンとして描かれ、最終話の流れも非常にリアルで胸に迫る・・・。

皆さんはどんなふうに感じるだろうか。久しぶりに骨太のドラマを見させてもらった。

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岡山県倉敷市出身。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。東京の文芸系出版社勤務、雑誌編集・ライターを経て、1998年渡英。英系制作会社にて数多くの日本語プロジェクトに関わった後、2009年からフリーランス。2014年にイギリス情報ウェブマガジン「あぶそる~とロンドン」を創設。食をはじめ英国の文化について各種媒体に寄稿中。著書に『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房) 『ロンドンでしたい100のこと』『イギリスの飾らないのに豊かな暮らし 365日』『コッツウォルズ』(自由国民社)。カルチャー講座の講師、ラジオ・テレビ出演なども。英国の外食文化について造詣が深く、企業アドバイザーも請け負う。チャネリングをベースとしたヒーラー「エウリーナ」としても活動中(保江邦夫氏との共著『シリウス宇宙連合アシュター司令官 vs.保江邦夫緊急指令対談』もある)。Instagram: @ekumayu

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