第38話 『固定観念』をミニマイズ

0

minimalist


Chapter 5.7
『固定観念』をミニマイズ  

「ミニマリスト」というと、何にもない部屋に暮らしている人、白いインテリアにモノトーンののファッション、スーツケース一つでノマド生活…など、極端なライフスタイルを送る人たちを思い浮かべる人が多いよう。

雑誌やTVでは話題性を求めて、こういったメディア映えする生活を送る人たちを選んでお宅訪問や持ち物公開などの特集を組むことが多く、これが多くの人のミニマリスト像を作り上げている気がします。でも、これってメディアが作り出したステレオタイプ。現実にはそういった人たちだけとは限らないのですけどね。

ライフスタイルとしてのミニマリズムって「モノがない」という状態ではなく「不要な要素が少なく大切なモノ、好きな事に専念でき、新しいコトが飛び込んでくる余裕がある」という状態。だから誰でも取り入れることができる、好ましいライフスタイルと言えると思います。

しかしこれらのステレオタイプを事実だと思い込んで「極端な人たち」「私には関係ない」「できそうにない」と自分と切り離して考えてしまう人が増えたり、単なる流行として捉えらてしまうことも多く、ちょっと残念。

私はミニマリズム研究家を自称していますが、このムーブメントをただ10年以上観察しているだけではなく、実際にミニマリズムを取り入れた暮らしを送っています。

つまり私は10年来のベテラン・ミニマリスト。でも、誰かがミニマリストの生活ってどんなだろうとウチを見学に来ても「ふーん、すっきりしてるね」程度でたぶん話題性はゼロ。「ドアを開けると、そこには驚異のミニマリスト世界が広がっていた…!」なんて目新しさはどこにもありません。

家には家族やペットがいて、それぞれの持ち物があり、家具があり、カメラ機材や趣味の道具があり、楽器があり、壁には好きな絵が飾ってあります。

「なんだ、ミニマリストっていうから何かすごいものが見られると思ったのに」とがっかりする人や「この程度じゃミニマリスト失格、もっと○○じゃなくちゃ」と批判する人もいるかもしれません。

ちなみに私があえて「ミニマリストです」と名乗らないのは、「これではミニマリストとは名乗れないかも」と遠慮したり、誰かにがっかりされたり批判されることを恐れているからではありません。

単に、ミニマリズムに限らず何気なくレッテルを貼る行為が思い込みや偏見・決めつけを強化してしまう場合が多いと思っているだけ。

さてもうお分かりでしょうが、今回のテーマは固定観念のミニマイズ(最小化)。

私たちは山ほどの「○○像」や固定観念にとらわれて暮らしています。そしてそれが本当だと思い込んでいる場合が多いもの。

「ミニマリストってこんな人」というイメージがあるように、男とはこうだ。女とはこうだ。結婚すべきだ。子どもを持つべきだ。○○したら一人前。世間・人生・仕事・結婚とはこういうものだ。○○な人は偉い。○○なんて軽薄だ。人は苦労すべきだ。お金は汚い。あの人はいつも○○だ…。

こういった固定観念はほとんどの場合、誰かが言った事を疑うことなくそのまま信じ込んだり場合が多く、自分の経験は伴っていないもの。そして字面通りなんだか堅苦しい。「こうである」と決めつけた途端、その人の思考を縛りつけ、それ以外の可能性やオプションや例が目に入ってこなくなります。

例えば「世間とは厳しいものだ」と思っていると、それを裏付けるような例ばかり目につくようになるし、「世の中って優しい、きっとみんながサポートしてくれる」という姿勢で生きている人を見るとイライラしたり「ふざけるな、現実はそう甘くないぞ」と説教したくなるもの。トラブルや失敗があった際の対応もこの2人ではずいぶん異なります。

「あ〜好きな場所で好きな事をして暮らしたい」と憧れても「(家族・仕事・学校があるし、もう○○歳だし、まだ○○歳だし、○○がないし)そんな事ができるはずがない!」と思った途端、夢の実現率は一気にダウン。

実際には自分の憧れるような生活を実現できている人はたくさんいて、彼らから学ぶ事はたくさんあるはずなのですが、「できるはずがない」ということにしてしまったので彼らの存在が目に入らなくなるし(←目に入ると自分の信念と矛盾してしまうので、無意識に無視してしまう)、もし身近に見つけたとしても「あの人は恵まれているから」「特別だから」と理由を付けてひがんだり妬んだりして、自分には縁がないと感じてしまうものなのです。

「Aは××である」と何かを分類・タイプ分けすることには便利な面もありますが、うっかり信じ込んで固定観念になってしまうとちょっと厄介です。ルールや法則を学ぶ事は大切だけど、それはあくまでガイドラインであって、それに縛られたり支配される必要はないんですよね。

ルールや常識は破るためにある。固定観念とはぶち壊すためにある。

これじゃ『ミニマリストでいこう。』ではなくて『アナキストでいこう。』になってしまうかな?

固定観念をミニマイズすることで周りや自分への縛りを最低限に。軽やかに自由に生きていきたいものです。

<おまけ>
最後に、ちょっとしたエクササイズ。

「Aは××である」という考えが頭をよぎったら(とくにネガティブな考えの場合)…

「Aは本当に××かなあ?」(=疑ってみる)>「××じゃないAもたくさんあるよね」(=ひっくり返す)>「Aは実はC(××の反対語やポジティブ語)である!」(=新しい観念を作る)と三段活用してみてください。

きっと最初はしっくり来ないし、どう転んでもそう思えない場合もあるかもしれないけど、それでも「もしかしてそれもアリ…なの?」と、思い込みでガチガチになった頭が少しずつ緩みます。

ほんの一例ですが、冒頭のミニマリストに対する固定観念でいえば

「ミニマリストはモノを目の敵にする」>「モノが嫌いじゃないミニマリストも沢山いるよね」>「ミニマリストは実はモノを大切にしている!」

となります。そして、それはちゃんと本当だったりするんです。今まで気がつかなかっただけ♪

Share.

About Author

ネモ・ロバーツ

ポートレート写真家&ライター。日本で広告制作と撮影の仕事に関わったのちロンドンへ。在英邦人向け週刊誌での仕事を経てフリーランスに。ミニマリズム研究家。グルメやオーガニック食などに関するトピックにも目がなく、作家ケリ・バックマスターとともに、都会における野草採集と英国の多国籍ベジ・カルチャーについて紹介するユニークなレシピ本『Street Food −Urban Foraging and World Food』を出版(撮影)。 不定期ブログ:nemoroberts.wordpress.com

コメントを残す