最近、友だちに会うたびに自虐気味に「引越しするする詐欺」を名乗っている。
「引っ越し済んだらに遊びにきてね〜!」なんて調子よく言っておきながら、気づけば何年も経過。にもかかわらず、引越しの「ひ」の字も見えてこないからだ。
初のマイホームとなった今のフラットに暮らして14年。家族が増え愛らしいペットも仲間入りしたことで、さすがに手狭になってきて「そろそろ引っ越すか」と腰を上げたのが4年前。
ありがたいことに、家を売りに出せばちゃんと買い手が見つかって、心ときめく新居候補に出会う。手続きも順調に進む……そう、途中までは。
なぜか毎回、土壇場でひっくり返る。
「嘘でしょ?」というトラブルが発生して、引越し話があっけなく消える。
…もしかして何かの呪いでしょうか?
友だちに「引越しどう?」と聞かれるのが、もう地味にプレッシャーなこの頃。
新しい物件が見つかるたびにウキウキし、家具の配置やカーテンの色まで妄想してはニヤニヤ…そして全てが水の泡になるたびに失意のズンドコへ。精神的ダメージに加えて、そのたびに手数料もろもろ現実的な費用もかさんでくる。
何度も繰り返しているうちに「もうしばらく家のことは考えたくないっす!」と、完全休止期間を取ったこともある。住宅サイトも間取り図も見ない。内見リクエストも丁重にお断り。
現在は気を取り直して再びチャレンジ中なのだが、果たしてどうなることやら。

インテリア妄想もすでに燃え尽きモードに。
ロンドンのような都市部では事情が少し違うとはいえ、イギリスの持ち家信仰はけっこう根強い。
日本人x英国人カップルの我が家も結婚したとたん、イギリス親戚筋から「子どもはいつ? 家はいつ?」と、2点セットで圧が飛んできた。どうやらこの国にも、“昭和プレッシャー”はしっかり存在していたらしい。
若いうちに小さな家から始めて大きな家に引っ越していき、子どもが巣立ったらその家を売り、小さめの家に移ってその差額で老後をゆったり過ごす——これがイギリス不動産すごろくの王道であり、イギリス人の理想的なライフプランだ。
…とはいえ、これはあくまでも古き良き時代のお話。
最近の住宅価格の高騰によって、このすごろくはかなりハードモードになっている。
以前のようにライフステージに合わせて気軽に家を買うことは難しく、そもそも最初のマス(=最初の家)にすら立てない若者も少なくない。スタートを遅らせる人、サイズを小さくする人、ライフスタイルも多様化したので最初から参加しないことを選ぶ人も多い。かくいう我が家もスタートは遅いしサイズも予算もコンパクトだ。
しかし今のままでは狭すぎる。
ともかく、家族が収まるサイズのマイホーム2.0を手に入れようって目標を掲げたわけなのだが……ここはイギリス。
日本育ちの私にとっては謎すぎる物件売買のシステムが立ちはだかる。
その最たるものが「チェーン」だ。
イギリスではマイホームを買うとき、よく「チェーン(プロパティ・チェーン)」というフレーズを耳にする。直訳すると「不動産の鎖」。その名の通り、売る人・買う人が次々とつながって、お互いの取引に依存している状態を指している。
日本では家を「まず家を売って現金化してから、改めて新しい家を買う」流れが一般的。
マイホームは買った時点から値段が下がることが多いので、そもそも頻繁には買い替えない。
一方のイギリスは、長期的には住宅価格がずっと右肩上がりで、住んでいる家の価格が上がった頃にタイミングよく住み替えて資産価値を上げていくという考え方が根付いている。
マイホームの買い替え頻度も日本に比べて多い。だからなのか「今住んでいる家を売りながら、そのお金をそのまま新しい家の購入費用に充てる」というのが当たり前になっている。
その結果、「この家を売りたい人」が同時に「あの家を買いたい人」でもあり、その相手もまた「こっちの家を買いたい人」だったりして……気づけば何組もの売買希望者が、ずらっと鎖のようにつながっていく。
これが「チェーン」。
このチェーンが長ければ長いほどリスクが跳ね上がり、そのうちの1人でもトラブると、チェーンすべてがストップしたり、最悪パーになりかねない。なんでこんなに面倒なシステムがあるのかずっと謎だったのだが、聞いてみるとそれなりのメリットもあるらしい。
例えば
「家を売ったらすぐ引越しできる」
→仮住まいの手間や費用が省ける。
「売り手と買い手で価格交渉がしやすい」
→古い物件では修繕や改装が必要な場合も多いため、買い手はそれらを考慮して価格交渉できる。
「みんなが同時に動くことで市場が活性化する」
→つまり色々にぎやかになってお金が動くってこと。
とはいえ、家を売る側からするとやはりリスクが少なく、手続きもシンプルな「チェーンなし(チェーンフリー)」の買い手が断然ありがたい。
初めて家を買う人は当然ながら自分の家を売る必要がないのでチェーンフリー。さらに住宅ローンなしで現金一括購入できる「キャッシュバイヤー」なら、もう売り手にとっては天使様だ。
しかし残念ながら現実はそれほど甘くなく、ほとんどの売買は複雑なチェーンにがっちゃんと組み込まれていく。何事も起こりませんように…とひたすら祈りつつ。
そんなわけで、4人+1匹の我が家はホントに新居に引越しできるのか。いつまで「引越しするする詐欺」を続けることになるのやら…。
ここまで来たらもう意地である。
どうか皆さま、生暖かく見守ってくださいませ。
※この記録は、マイホーム探しの迷走ぶりを綴ったものです。個人的な体験に基づいているため、「もっと良いやり方がある」など、様々なご意見もあるかと思いますが、そこのところはどうかご容赦ください。