迷走マイホームロード in ロンドン vol.6: ロンドンの森に「合掌」の巻

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相方は、正義の人である。

理不尽なことには静かに怒りを燃やし、電車やバスでは迷わず席を譲る。道や車内にゴミが落ちていれば、さっと拾い上げる。ついでに言うと、なぜか動物にやたらなつかれる。どうやら前世で徳を積んだ人物らしい。

今回のイウォーク・ビレッジ購入については、基本は賛成だった。しかしどうしても引っかかる点があると言う。

それは管理費(サービスチャージ)の内訳だった。

集合住宅である以上、共用部分の清掃費や建物の維持費、エレベーターのメンテなどの管理費が発生するのは当然だ。だがこのフラットの管理費には、古い集合住宅にありがちなのだが、暖房費とお湯代、つまり光熱費の一部があらかじめ組み込まれていた。

「え、それってむしろ良くない?」と思ったのは私。
光熱費に怯えず、冬場もぬくぬくと定額で過ごせるし(ちなみにイギリス一般家庭に冷房エアコンはほぼない)むしろメリットじゃん、と捉えていたのだが、彼は真逆の意見だった。

相方は正義の人であると同時に一家の「エコポリス」でもある。曰く、レジ袋や使い捨てストローの類はすべからく辞退すべし。

電気はこまめに消し、暖房をつける前にすべての窓が閉まっているか厳重にチェックせよ。エネルギーの浪費は、万物の調和を乱すものと心得よ。

汝、地球のためにエネルギーを慈しみ、大切に使うべし。

彼に言わせれば、このシステムは諸悪の根源だった。

「使い放題システムは、人を簡単に堕落させる。窓を開けっぱなしで暖房をつける。お湯を流しっぱなしにする。そんな風にエネルギー浪費に無頓着になる。個人がエコに気をつけてもエネルギー消費量に反映されないし、誰かの浪費のツケを払うシステムはフェアじゃない」のだという。

たしかに一理ある。
つまり「無駄使いが前提になっている家に住むのはガマンならん」という実に彼らしい主張。
だがその窓の外には美しい森がある。相方よ、いつか田舎に引っ越したいと呟いていたこともあったよね。
気持ちは分かるけど…そこまで気になる?

家族全員、すでにこの森フラットに心を奪われているのだ。窓の外から見える木々と光、大都会ロンドンでできる田舎着らし。おいしいところ両方取り。キッズはすでにどの部屋を自分のベッドルームにするか話し合い、インテリア妄想を膨らませ、友だち呼んで森でピクニックしよう、なんて話でキャッキャと盛り上がっている。

諦めるには、どうにも惜しすぎる。
というわけで、私とキッズによるお願い攻撃がスタートした。
お願い、お願い、お願い。プリーズ。
(だいぶしつこい)

1週間が経ち、相方もついに根負けした。
よっしゃ!とガッツポーズを決め、その足でリクエストにあった「なるはや」契約へ。ソリシター(事務弁護士)さん、今度こそ頼みますよ!

そうするうち、売り手側のソリシターからお知らせが来た。
「管理費の値上げ交渉が進行中、ほぼ確定です」

ちょうど、ロシアのウクライナ侵攻が始まりエネルギー危機&高騰が起こっていた時期。ニュースでは「暖房を取るか、食費を取るか(Heat or Eat)」という切実なフレーズが飛び交っていた頃だ。

インフレも絶賛進行中。
そんな中、光熱費込みの管理費が見直されるのは自然な流れとも言える。むしろこれまで据え置かれていたのが奇跡だったのかもしれない。

問題は現時点で「いくら上がるのか?」が分からないということだ。

「まあ、常識の範囲内ですよね。分かったらソク教えてくださいね」
そう言って、私たちは手続きを進めることにした。

住宅ローンの再申請、現居の売却準備。話が本格的に動き出したある日、ついにその「額」が判明した。
まさかの、2.5倍。
えーっそんなに?!……いやいや、さすがにそれは、パンチが効いている。

物件そのものは割安に買えても、管理費はローン完済後も延々と続く固定費だ。 ここにきて「エネルギー節約しても反映されないのは納得がいかない」という相方の主張が、じわじわと正論の重みを増してくる。

彼はまたしても難色を示し始めた。
でも、やっぱりここに住みたいんだよなあ〜。
私たちは複雑な思いを抱えながら、銀行と住宅ローン審査に進んだ。

これまでローンを滞納したことはないし、共働きだし、返済額も少ない。信用状況は問題ないはず。しかも売る家より買う家の方が安い。「前回と同じくスムーズに通るよね」とタカを括っていた。しかし数日後に届いた返事は、意外なものだった。
「今回の物件については、却下します」

物件価格に対して管理費が高すぎる。アンバランス。リスクあり。というのが理由だった。
改めて「管理費には光熱費込みなんです!」という事情を説明したが、銀行は一度下した「No」を覆さなかった。

エネルギー高騰とインフレのダブルパンチで、家計が崩れるケースも増えていた頃。銀行側としては、どんなリスクは取りたくない―そんな判断だったのかもしれない。

「どうしよう?!」

周りに相談してみると、知人から「モーゲージ・ブローカーに相談してみたら」というアドバイスをもらった。

「モーゲージブローカー」というのは、銀行や様々な貸し手の商品を比較して、収入や信用に合った住宅ローンを提案してくれる「住宅ローン探しのプロ仲介者」のことらしい。

知人もこの手で自宅を購入したらしいが、一般的な銀行では通らなかったイレギュラー案件も、彼らなら方法を見つけてくれるという。

さっそく連絡を取り、話を聞いてみた。

「組めるローンはありますよ」
ブローカーの声に色めき立ったのも束の間、提示された金利は初のマイホームを買った低金利時代とは比べ物にならないほど高い。仲介手数料なども上乗せされているのだろう。

「他にできることあるかなあ」

親戚縁者にヘルプを求めることも頭をよぎった。けれど、はじめに相方と決めた「自分たちの力でできる範囲で」というルールに反して、そこまで無理をするのは身の丈に合っていない気がする。

赤裸々で恥ずかしいが「もうちょっと余裕があればなあ…」という無力さが、真剣に悔しかった。キッズを再びがっかりさせるのもやりきれない。

抜け道は確かにあるけれど、ずっと付き合ってきた銀行に「リスクあり」と判断されたということは、社会的な信用という物差しで測れば、私たちは現状「力不足」なのだ。

「…やめとこう」

悩みまくった末、泣く泣く白旗を上げた。
イウォーク・ビレッジよ、さようなら。

前回は相手にプロパティ・チェーン(不動産売買の数珠つなぎ)を切られる側だったが、
今回は私たちが切る側だ。私たちの引越し計画だけでなく、田舎で新生活を送るはずの売り主一家の予定もドミノ倒しのように崩れてしまった。かなり申し訳ない。

けれど、これがイギリスのマイホーム売買のリアル。私たちの前後だけでなく、「家」を介して見知らぬ人たちの運命がずらりと連なっているのだ。

前回だって、ガザンピングで手ひどく裏切られ「被害者」モードで落ち込んだりしたが、実際には同時に、私たちの家を買おうとしていたカップルのプランをブチ壊した「加害者」にもなっている。いや、そもそもこの不条理な連鎖の中に、加害者も被害者もいないのかもしれない。

ともかく、チェーンの1つ1つには人間ドラマが詰まっている。
そしてロンドンの森の片隅で暮らすという私たちのささやかな夢は、エネルギー危機の波にあっさり飲み込まれてしまった。
合掌。

…って、オイオイ自分。

いつまでも沈没してる場合か?「三度目の正直」って言葉があるじゃない。
それにうちらには今、安心して暮らせる家がある。キッズの学校にはウクライナの戦火を逃れた子どもが言葉もわからないまま滞在していた。そんな悲しい状況に比べれば。

新居探しがうまくいかない程度で深刻ぶるのもいいかげんにしようぜ、自分。

同じく家探しで修羅場を切り抜けてきたイギリス人ママ友にひとしきり愚痴り、ようやく立ち直れそうな気がしてきたのだった。

…ちなみに、これには後日談がある。
あの時の管理費。風の噂によると最終的に3倍まで跳ね上がったという。もしあのまま無理して買っていたら……ヒヤリとする。「縁がなかった」というのは、案外こういうことなのかもしれない。

それでも。木漏れ日に包まれた家で過ごすはずだった幻の日々は、今も心の中に、キラキラと眩しい未練となって残っている。

ハイっ、次行こう!

※この記録は、マイホーム探しの迷走ぶりを綴ったものです。個人的な体験に基づいているため、「もっと良いやり方がある」など、様々なご意見もあるかと思いますが、そこのところはどうかご容赦ください。

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About Author

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写真家&ライター。東京で広告制作・編集と撮影の仕事を経て2003年渡英。フリーランスで活動中のアーティスト。ロンドンをベースにアーティストや作家をモデルにした絵画的なテイストを持つポートレート制作などを行う。英国をベースとしたエキシビションを開催。日常系ミニマリズム研究家。「あぶそる〜とロンドン」編集長、江國まゆ氏と共に2018年に『ロンドンでしたい100のこと(自由国民社)』(執筆&撮影)、そして2020年には『レス・イズ・モア 夢見るミニマリストでいこう。』を出版。

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