「迷走マイホームロード in ロンドン」 vol.4: イングランド伝家の宝刀ガザンピングの巻

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売り手の遺産相続の手続き(プロベート)によって
一時停止になってしまった私たちのマイホーム2.0購入プラン。

現・マイホームの購入がオファー成立から入居まで
2ヶ月しかかからなかったという経験から
不動産屋の「(プロベート完了まで)まあ2ヶ月ぐらいってとこでしょうか…」
という言葉を信じた私たちが、甘かった。

「2ヶ月ぐらい」の誤差は、まさかのプラス数ヶ月。
マイホーム2.0購入プランはお役所仕事の迷宮に迷い込み、
私たちの手元にある住宅ローン同意(Mortgage Agreement)の期限は、
残りわずか2ヶ月に迫っていた。

一方、現・我が家を購入希望のカップルからは
「いつ引っ越せますか?」という熱烈な、というか、
もはや「早く出てけ」と言わんばかりのプレッシャーが連日届く。

しかし次の家が決まらなければ、私たちは路頭に迷う。
この状況で、わざわざ仮住まいを探して二重の引越し作業をするなんて、ゼッタイ嫌だ。

イギリスの住宅売買における不動産屋は、単なるマッチング役。
面倒な法的手続きは、
売手りと買い手、お互いが雇ったソリシター(事務弁護士)さんたちが、
書類の山と戦うことになっている。
弁護士さんたち、早く書類合戦を終わらせてくれ!

しかし全く進まない。
遺産相続手続きというものは、お役所というスローがあたり前な組織で行われるのであって、
弁護士といえども茶をすすって待つ以外の選択肢はないのだ。

待ちぼうけの間、私たちは時々、新居になる(はずの)家を覗きに行った。

庭の柵越しに、空き家を見つめ、「早く会いたいね……」と呟く。
一歩間違うと通報されそうな、もはやストーカーの域である。

買い手カップルからはいよいよ
「うちらもローン期限あるんで。念のため他の家候補も探しておきます」と
脅しまがいのメッセージが届きはじめた。

いよいよ崖っぷち。
この段階になって、ようやく吉報が届いた。
「プロベート、通りました。」
ついに!

ここから猛スピード巻き返しを図らねばならない。
すべての書類を整え、前のめりで契約に進む。

しかし、どうしたことか、あちらさんの反応が鈍い。
相手の弁護士もだらだらして、返事もあいまいだし……
あれ? 家を売りたかったんだよね?

そして買い手からの「まだですか?」のプレッシャーは、
殺気に近くなってきた。
向こうだって6ヶ月の期限があるのだから、当たり前のことだ。
なんとかお願いして契約日を引き延ばし、
同時に、私たち自身のローン期限も刻一刻と迫っていく。

なんで話が一向に進まないのか?
やり残したことがあるの?
わからないまま、時間だけが過ぎていく。

そしてついにその時が来た。6ヶ月の期限終了。
ゲームオーバー。

うちの買い手のカップルからも、ついに三行半が突きつけられた。
「撤退します。他のところを探します」
……リフォームの計測までしに来てくれたのに。

その日は、がっくりと落ち込んだ。

でも、まだ望みは捨てていなかった。
「あの家はまだ空き家なんだし、また明日オファーを出し直せばいい。書類はぜーんぶ揃ってるんだから、今度はマッハで進むはず」
そう自分に言い聞かせて、翌朝一番にメールを開く。

そこに届いていたのは、不動産屋からの、
砂漠よりもドライな一行メールだった。

「お求めの物件ですが、本日、別の買い手で成約しました。」

え?!どういうこと?!

パソコンの画面を二度見、三度見する。
だって、昨日の今日ですよ?
私たちになんの打診もなしでいきなり「他の買い手が決まった」ってどういうこと?
昨日の夕方まであんなに密に連絡をとりあっていたのに?!

しばらく呆然として、ようやく理解した。
なるほど、つまりはそういうことか。

いわゆる「ガザンピング(※)」という反則スレスレの行為だ。
しかもかなり悪質なやつ。

私たちがプロベートを待っている間に、
もっと高値で買う人が現れたか、
あるいは親戚の誰かが「やっぱ俺が住む」と言い出したのだろう。

だからこそ、プロベート完了後も「仕事遅いな〜」と思わせておき、
私たちのローン期限が切れるのを待っていたのだ。


そして新しい買い手が現れたことを一切知らせず、自ら手を汚さず、
私たちが自ら「買い手ゼロ」の立場に戻るのを
彼らは黙って見守っていたということ。

胸のあたりが重くなり、苦い思いが広がった。

この不誠実さはどうだろうか。
(まあ、こんな会社ばっかりじゃないけどね)

…ひとこと言ってくれりゃいいのになあ。

怒りと悔しさがピークになり、そのまま抗議メールを書きなぐろうとした。

しかし急に、感情のスイッチがオフになった。

「ひどい!」と騒いだところで、プロのポーカーフェイスで
「残念でしたね、次の物件を探しましょう」と言われるだけだ。

不誠実な相手に、貴重なカロリーを消費するのはもったいない。

あの家はすでに他の人のものになってしまったのだ。
抗議しても、こっちの気持ちまでケアしてくれるわけじゃなし。
不誠実な人たちからはさっさと離れよう。

何も返信せず、そっとメールを閉じた。

 6ヶ月にわたる新・マイホームへの期待と、
膨大な労力と、そして泡と消えた諸経費。 

残念だけど、一旦リセットだ。

気を取り直して第2ラウンドを始めるとしよう。
いじけている場合ではない。
ハイ、次いこっ!

<次回に続く>

ガザンピング(Gazumping)=売買のオファーが成立した後、正式な契約(Exchange of Contracts)を結ぶ直前に、売り手がより良い条件を提示した別の買い手に乗り換えることを指します。たとえ数ヶ月前から話が進んでいようが、売り手は直前で「あ、やっぱあっちの人に売るわ」とノーペナルティでキャンセルできてしまいます。当時はこんなことがまかり通るなんて知らなかったので、かなりショックな体験でした。
ちなみに、同じ英国でもスコットランドは法律が違うので、ガザンピングは認められていません。オーストラリアに家がある友人に聞いてもやっぱりNG。
「最後まで選択の自由がある」と言うと聞こえはいいものの、イングランドの不動産界に根深く残る、不可解すぎる慣習なのです。

 ※この記録は、マイホーム探しの迷走ぶりを綴ったものです。個人的な体験に基づいているため、様々なご意見もあるかと思いますが、そこのところはどうかご容赦ください。

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About Author

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写真家&ライター。東京で広告制作・編集と撮影の仕事を経て2003年渡英。フリーランスで活動中のアーティスト。ロンドンをベースにアーティストや作家をモデルにした絵画的なテイストを持つポートレート制作などを行う。英国をベースとしたエキシビションを開催。日常系ミニマリズム研究家。「あぶそる〜とロンドン」編集長、江國まゆ氏と共に2018年に『ロンドンでしたい100のこと(自由国民社)』(執筆&撮影)、そして2020年には『レス・イズ・モア 夢見るミニマリストでいこう。』を出版。

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