巷に流行る髪型、それは「マレット」

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先日、仕事で応急処置の一日講習を受ける事となった。想像していたよりかなりインテンスで、病・怪我人の設定状況を聞いているだけで心臓がバクバクする有様よ、小心者の私は。とほほ。

終わった後どっと疲れて10歳ぐらい老け込んだ顔してるなと思ったほど。この真面目な状況下で、密かに私の心を掴んで離さなかったものがある。それは、小冊子の中で名演技を繰り広げる役者達。工事現場の足場から落下して骨折、出血している人。大火傷を負ったシェフ。一際、私の目を引いたのは、窒息している人の場面で救助している若者。10代後半か20代ぐらいのこの若者、取り敢えず性別が微妙。この人物は鼻血のセクションでも登場しているのだけど、その写真では女性なのだろうと察しがつく。見た目の性別は昨今、特筆するところではないのだ。そこではない! この人物の髪型がこの手の小冊子に出てくる一般的人物から微妙に逸脱(とても私的な感覚なのではあるが)していて、若干違和感が。そう、その髪型、「マレット・ヘア」のせいで。

日本では、ウルフ・カットと呼ばれていたかも。2021年以降ストリートカルチャーな場面では、今やジェンダーフリーの髪型として受け入れるようになってはいるけれど、1863年以来歴史も長い、英国赤十字社の公式冊子だよ! 様々な個性を受け入れる、この寛容さ。さすが、パンクロックを生み出した国、英国。

マキシマム・リスペクト!

英国赤十字社の公式冊子からの写真
窒息編

 

鼻血編

 

大火傷編(これはマレットではないが)

 

昨今、巷に流行る髪形「マレット・ヘア」。
現在10−30歳代の方々には、新鮮かもしれないこの髪形。パンデミックまでは、世界で一番いけてない髪形として通っていた、あのマレット・ヘア。第一印象で避けられる感じの?前髪と側頭部は短くし、後ろをアンバランスに長くする。70−80年代に大流行した、アレよ。マレット・ヘアと言えば、どつき漫才、正司敏江・玲児の敏江、田村正一。かくいう私も、小学生の卒業アルバムの写真にマレット・ヘアで、堂々と写っているのだ。リアルタイム世代!イェイ!

70年代にグラムロック界でDavid Bowie がキテレツメイクと衣装、そして真っ赤なマレット・ヘアで世界的にヒットし、そして90年代初頭までミュージックやスポーツ業界などのあちこちで見られたよね。

ちょっと軽く歴史を調べてみると、実は意外なことに、マレット・ヘアはギリシャ時代からあったみたいよ。ギリシャ彫刻の戦闘用、二輪馬車を操縦する人を見ると、がちマレットだ。どうやら戦士たちがマレットにする理由は、前髪が目に入るのを防ぎ、首の冷えを予防するするというとても実用的な髪型だったんだって。なるほどねぇ。アメリカンインディアンのモホーク族(Mohawk)戦士はマレットとモヒカンのコンビネーションのヘアースタイル。これは、クリスチャンの布教活動との対立で部族間の結束を強め、政治的な意図で行われたようだ。あとね、アメリカの建国の父と言われるベンジャミン・フランクリンもスカレットスタイル(Skullet)とマレット・ヘアの合体として取り扱われてるのは、ちょっと、心がほっこりとしたよ。彼は当時のフランス議会に資金援助を頼む為、この妙ちくりんなヘアスタイルで当時のフランス議会へ乗り込んだ。当時のフランス議員たちの度肝を抜いたとか。まずは、見た目で一撃!これはアメリカンインディアン達が白人に、その出で立ちでショックを与えたのと同じやり方ではないか!そりゃ、怖いわ。

ベンジャミン・フランクリン編

 

モホーク族編

 

2010年イランではこのヘアスタイルが欧米社会の退廃的文化の象徴として、禁止された。歴史的に見たら、とっても政治的な髪型なんだねぇ。オックスフォード辞書によると、マレットヘアスタイルが公式に明記されたのはアメリカのヒップポップバンドBeasties Boysの “Mullet Head” という曲という事だ。

ミュージシャン編

長年ロンドンに住んでいて、昨今の物価高騰、ストライキや不況など社会に広がる不安や怒りが、70〜80年代の頃の流れと似ているのではないかと去年頃から感じてる私。そう、マレット・ヘア全盛期時代と重なる。
当時ジャマイカではワン・ラブ・ピース・コンサート(1978年)で、ボブ・マーリーが政治的暴力が激化した2大政党の党首をそのステージ上で和解させた。

英国、ロンドンのノッティング・•ヒル 人種差別暴動(1958年)から派生した “Rock Against Racism”(1976年人種差別反対を掲げたロックシーン)、ライブ・エイド(1985年アフリカの飢餓の救済の為のチャリティイベント)に至るまで音楽と政治は、走者と伴走者の関係のように見える。当時の政治といえば1979年にサッチャー政権(保守党)になり12ヶ月に渡る炭鉱労働者のストライキやIRAの爆弾テロ事件と厳しい財政縮小の中で移民差別や貧困問題がまさに沸騰点に達していた。

70−80年代を経験していない、今の世代間でマレット・ヘアが流行り始めた(きっかけは、ロックダウンのため、皆モジャモジャになっていた。前回の記事も合わせてご覧ください)のも、なんだか私には目に見えない世の中のスパイラルな流れに乗せられているような気がしてならないのよ。だとしたら次は、パンクな世の中な動きになるのかしら?そういえば、イギリスのパンクファッションの女神、ヴィヴィアン・ウエストウッドが去年の暮れに亡くなり、そして先日はセックス・ピストルズのグラフィックを手がけたアーティスト、ジェイミー・リードの死。これらは私達に次世代のパンクの夜明けを見せてくれているのかもしれない。

ここロンドンで、私の心の故郷ジャマイカを感じる事ができるイベント、Notting Hill カーニバル!この週末は街全体、老いも若きも、金持も貧乏人も関係無くリズムに酔いしれる。この日のために私は生きていると言っても過言ではない。今年はWindrush(戦後の労働力不足を補うため、西インド諸島から最初の移民としてやってきた数千人とその子供たち、英国移民)の75周年記念の年でもある。そして我々は前出の歴史から学び、国境や人種を超えてリズムの波に酔いしれ、今、ここに生きていると身体で実感したいものだ。サウンドシステムの巨大スピーカーの爆音で、今年もビンビンしびれちゃうな、私。ひひひ。
love & peace

おまけ
マレット・ヘア Mullet styleを巧みに表す英語表現が面白かったので紹介するね。
“Bussiness up front, party in the back.”
なんか、プッと吹き出さない?この表現。

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About Author

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鳥取県出身。芸術家、通訳者。日本、米国、ジャマイカ生活を経てロンドン暮らし、ほぼ30年。国内外で旅行、広告会社勤務の後、ロンドンで子育てをしながらアートの学士と修士号を取得。芸術活動、通訳、講師の傍、大学院でネパール行きの奨学金を賞与されたのをきっかけに、社会的企業「Studio23」を2008年に立ち上げ、ネパール山岳地帯の伝統テキスタイルの持続と環境保護の活動をしている。ここ5〜6年はチベット仏教と瞑想を通して、身体で感じる世界を模索中。

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