脱毛インフレ

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先日バスで私の前に座っている女性のスマホに、ふと目が止まった。20代らしきその女性は慣れた手つきで、画面の女性たちの写真を右へ左へ。ははぁーん、これは出会い系アプリだなぁ。私は未だかつてやったことないけど、友人に見せてもらったことがある。彼女はどうやらゲイらしく、写真の女性たちはモデルのようなポーズで美しく収まっているではないか。画像のレベルの高さに脱帽した。いやいや、これはスマホ世代では当たり前かぁ。スマホカメラとフィルーターアプリの発展ぶりに改めて、技術革新の速さに圧倒される。

英ガーディアン紙、Rachel Hallによると現在、私たち人類は人類史上で最も体毛を無くしている、と言うのだ。
遡戻ること古代ローマ時代。ローマ人はここ英国にもやって来た。古代ローマ時代の石段や浴場の遺跡が残されている。この浴場遺跡から幾つもの毛抜きが出てきたのだという。彼らは宗教上の理由で体毛処理をしていたのだそうだ。

それは純潔さの象徴であり、同時に野蛮な毛むくじゃら英国人と区別するためでもあったと、社会心理学者でボディイメージの専門家Viren Swamiは説明している。ツルツルお肌=進化している。モジャモジャお肌=発展途上という、方程式である。古代ローマ人はお風呂屋さんで体毛の処理をしてもらっていたのだそうだ。遺跡からは脱毛クリームのレシピや脱毛用の軽石も出土されていて、さながら現在のスーパー銭湯ぶり。

14世紀の上流階級は、顔を楕円形(極端な卵形)に見せるために生え際を剃っていた。これは美的と云うよりは、宗教的かつステイタスの象徴が理由だったのだそうだ。

 

20世紀英国では、脚に体毛があることは女性らしくないとの社会認識が生まれた。特に1950年代頃からこの‘女性らしさ’の神話が深く根付いていくのである。テレビや街のコマーシャルで、体毛のある女性は夫を見つけることが難しいよ、と静かに繰り返される。そこで、脇と脚の体毛たちは処理されていったのだ。勿論、ウーマンズリブ、フェミニズムムーブメントも同時に派生していたことを明記しておく。

 

そして、新星爆発のごとくパンドラの箱を開けてしまったのが、アメリカのヒットドラマ「Sex & City」のサマンサ。彼女が、ブラジリアンワックスに触れてから世界の脱毛の流れは一挙に変わっていく。ご存知のように今や女性のみならず男性も体毛の処理はエチケット。そうなの、体毛処理は礼儀の域に達したのだ。私の世代からしたら、ちょっと信じいられない感じよ。統計によると、16〜24歳の49%が脇毛を、62%がアンダーヘアを処理しているそうだ。

どうして私がパンドラの箱と言ったのかと云うと、究極の脱毛の次はメスを入れない美容整形(ボトックス、フィラー、レーザー、スキンピーリング)がすでにポピュラーになってしまっているという事だ。近所の薬局などで気軽に出来る、何とも便利な世の中。そして特筆すべきはボディーモディフィケーション(body modification)は特別な物ではなくなっている。ネイティブ・アメリカンやアイヌの頃ととても似通っている。このムーブメントは止まること知らず。

果たして、私達現代人は、加工された自身のイメージに生身の自分を近づけようとしているのか? 冷静に考えてみれば、メタバースがもっと浸透していけば、自分を作り上げる必要ないよね。だってアバターで済むんだものね。

そう言えば、英国ではコロナのロックダウンで皆、もじゃもじゃを経験しているな。ツルツルお肌も、もしかしてMD同様、ごく大きな進化の過程の一過性のものなのかもしれない。はたまた、近い将来エイリアンのようなツルツルボディのグループと類人猿のようなモジャモジャグループに地球は分かれていくのか?なーんちゃってね。

※ MDレコーダーは、ミニディスク(MD)を録音・再生する装置である。 再生のみの装置は「MDプレーヤー」と呼ばれる。

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About Author

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鳥取県出身。芸術家、通訳者。日本、米国、ジャマイカ生活を経てロンドン暮らし、ほぼ30年。国内外で旅行、広告会社勤務の後、ロンドンで子育てをしながらアートの学士と修士号を取得。芸術活動、通訳、講師の傍、大学院でネパール行きの奨学金を賞与されたのをきっかけに、社会的企業「Studio23」を2008年に立ち上げ、ネパール山岳地帯の伝統テキスタイルの持続と環境保護の活動をしている。ここ5〜6年はチベット仏教と瞑想を通して、身体で感じる世界を模索中。

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