「メカメカしいドイツ」と「淑女のごとき英国」

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大変遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。アーティストの赤川薫です。今年も、私の連載ともども、どうぞよろしくお願い致します。

雑誌「旅と鉄道」に再び原稿執筆させて頂きました! ドイツの狭軌鉄道を走る蒸気機関車のお話です。1月20日(金)発売予定です。どうぞよろしくお願い致します。

さて、今回は、ドイツの蒸気機関車と英国の蒸気機関車の構造が基本的に違うというお話です。独英の蒸気機関車に対する思い入れを込めて書いたらとても長文になってしまいましたが、どうぞ最後までお付き合いください。

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ヴァイセリッツタール鉄道の99.73–76形99 1734-5号機(1929年製造)

「メカメカしい」。ドイツの蒸気機関車の写真をインスタグラムにアップしたら、そういうコメントを頂戴し、この記事のために良い表現を考えあぐねていた私は思わず膝を打った。そう、そうなのだ! ドイツの蒸気機関車は「メカメカしい」のだ!

まさにメカメカしい99 1734-5号機

ドイツの蒸気機関車は、蒸気機関車の「内臓」とも言えるパーツが外に丸出しになっているから、とにかく、いかつい。誤解しないで頂きたいが、私はゴツゴツしたドイツの蒸気機関車の武骨さも大好きだと明言しておきたい。何がどこに繋がっているのか眺めているだけで楽しくなる気持ちは、なんとなく映画「ハウルの動く城」を思い出す。

翻って、世界最高速度記録を保持しているLNER A4 形4468号機マラードの姿を見ても明白の通り、英国の蒸気機関車は淑女と言いたくなるようなスマートなものが多い。

とてもスマートなLNER A4形の4468号機マラード(1938年製造)

特に、例外はもちろんあるが、一般的に英国の蒸気機関車は初期になればなるほどスッキリしている。

スチーブンソン式弁装置のサウスイースタン鉄道O-1形65号機(1896年製造)

英国の蒸気機関車がドイツのメカメカしい蒸気機関車と違って、こんなにもスッキリしている理由はなぜなのか。まずは、弁装置。「蒸気機関車の真似をしてください」と言われると大概の人が「前にならえ」の形に両手を持ち上げて前後させると思うのだが、この前後の動きをつかさどっているパーツを弁装置(バルブギア)という。1830年代くらいから英国で流行った「スチーブンソン式弁装置」という方式はその大部分を動輪(車輪)の内側に隠しているため、外から見ると動輪の周りに棒が一本付いているだけ。車輪周りが大幅に整理される。

余談だが、スチーブンソン式弁装置の蒸気機関車に乗る機会があったら、是非やってみて欲しいことがある。それは、ボイラーと動輪の間の隙間から下を覗いてみることだ。

矢印の位置から見下ろす

運が良ければ、普段は拝むことができない弁装置を見られることがある。日頃、人目につかないパーツは崇高で、眺める度に新鮮な感動に包まれる。

隙間から見下ろしたサウスイースタン鉄道O-1形65号機の弁装置の一部

さらに、弁装置に加えて、シリンダーまでも動輪の内側に収まっている「インサイドシリンダー」の場合、動輪周りには本当に何もない。上記の65号機もこの方式で、究極のボディコンシャスと表現して差し支えないだろう。

同じく、スチーブンソン式弁装置でシリンダーも車輪の内側に収納されている
85 Taff Vale Railway O2形85号機(1899年製造)

世界最速のマラードを設計したサー・ハーバート・ナイジェル・グレズリー(1876–1941)とともにマラードにも採用されている弁装置(*1)(*2)の開発をした(*3)ことで有名なハロルド・ホロクロフト(1882-–1973)は1909年にグレート・ウエスタン鉄道の機関工のための専門誌で、「英国の蒸気機関車は近年まで殆ど全てがインサイドシリンダーだった」(*4)と証言している。

こうしたスチーブンソン式弁装置でインサイドシリンダーのようなシンプルさを追求した蒸気機関車は、19世紀中頃から英国で萌芽を見せ、1880年から世界をゆるがしたアーツ・アンド・クラフツ運動と無縁ではないだろう。英国に行ったら是非乗ってみて欲しい、英国らしさが輝く蒸気機関車だ。

上記で紹介したO-1形65号機とO2形85号機は両方ともスチーブンソン式弁装置でインサイドシリンダーだが、参考までに、スチーブンソン式弁装置だけれどもシリンダーが外に出ている下記のポートビュリー号の写真と比べてみて欲しい。インサイドシリンダーのスッキリさが分かりやすいだろう。

写真左下、車輪の外側に取り付けられている筒が「アウトサイドシリンダー」
IW&D 34ポートビュリー号機(1900年製造)

さて、英国の伝統的な蒸気機関車はそのスッキリさが故に、大きな欠点もある。何事も効率重視のドイツ人らしい発想で、内臓が丸出しになっているメカメカしい蒸気機関車に比べて重要な部品の多くが隠れている英国の蒸気機関車は保守点検の効率が著しく落ちる。特に、シリンダーも内側という場合は大変だ。

同じくスチーブンソン式弁装置でシリンダーも台枠の中に収納されている
Maunsell Q形30541号機(1939年製造)

シリンダーのような重要な部品が外から確認できないということは、簡単なメンテナンスをするためにも一々、蒸気機関車の下に潜り込まなくてはならない。

Maunsell Q形30541号機の保守・点検作業

弁装置とすべてのシリンダが動輪の内側にあるMaunsell Q形30541号機のメンテナンスの一部始終をロンドン郊外のブルーベル鉄道で見学する機会に恵まれた。蒸気が噴き出る車体の下に潜り込んでの保守・点検は時間もかかり、体力的にもキツイ仕事で、事故の危険度も上がりそうに思えた。

ちなみに、またもや脱線だが、英国は内臓シリンダーが主流だったと論文に書いた前述のホロクロフトは、このMaunsell Q形30541号機の設計者リチャード・マウンセル(1868–1944)の元で1914年から勤務していた。だが、1919年にマラードの設計者グレズリ―と親しくなり、前述のように一緒に弁装置の開発をするに至り、マウンセルとグレズリ―が、ホロクロフトを取り合ったという逸話が残っている(*5)。ホロクロフトは最終的にマウンセルの元に残った。Maunsell Q形30541号機の開発にホロクロフトがどの程度携わっていたかは分からないが、当時の「エリート理系男子」たちの交流が30541号機の端正な横顔に投影されているようで感慨深い。

メンテナンスにかかる手間もコストもドイツ方式の何倍もかかる英国の蒸気機関車。英国では現在も400両以上の蒸気機関車が保存されている(*6)が、その保守に莫大な費用がかかり頭を痛めている理由の一因が、こうした効率の悪さなのだ。

では、なぜ、こんなに大変にもかかわらず、英国では非効率な「内臓方式」が好まれたのだろうか、、、というお話は是非またの機会に。

*1 Marsden, Richard. n.d. “Gresley’s Conjugated Valve Gear.” LNER. Accessed 11 24, 2022. https://www.lner.info/article/tech/valvegear/gresley.php.
*2 Marsden, Richard. n.d. “The Gresley A4 Pacifics.” LNER. Accessed 11 24, 2022. https://www.lner.info/locos/A/a4.php.
*3 Dennard, Charlotte. 2017. “Great Western Railway Engineers: Churchward, Gresley, Maunsell, Bulleid and Holcroft.” Railway Museum. 15 06. Accessed 11 24, 2022. https://blog.railwaymuseum.org.uk/great-western-railway-engineers/.
*4 Holcroft, Harold. 1909. “ARRANGEMENT OF LOCOMOTIVE CYLINDERS.” Swindon Engineering Society 87. Accessed 11 24, 2022. http://kesr-mic.org.uk/resources/Arrangment+of+Locomotive+Cylinders.pdf.
*5 Dennard, Charlotte. 2017. “Great Western Railway Engineers: Churchward, Gresley, Maunsell, Bulleid and Holcroft.” Railway Museum. 15 06. Accessed 11 24, 2022. https://blog.railwaymuseum.org.uk/great-western-railway-engineers/.
*6 Cornfoot, R. (2019). Preserved steam locomotives of British Rail. Retrieved 08 05, 2022, from Geograph: http://www.geograph.org.uk/article/Preserved-steam-locomotives-of-British-Rail.

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About Author

アーティスト&鉄道ジャーナリスト。アーティストとして米・CNN、英・The Guardian、独・Deutsche Welle、英・BBC Radioなどで掲載されました | 鉄道ジャーナリストとしては日本の『旅と鉄道』『乗りものニュース』や英国の雑誌『Heritage Railway』に執筆しています。
公式インスタグラム:@kaoru_akagawa
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