英国の蒸気機関車はなぜ、エレガントに着飾るのか

0


すっかりご無沙汰しております。アーティストの赤川薫です。

いやぁぁぁ、3歳の息子が全く言うことを聞きません。幼稚園への送り迎えは基本、いつも蒸気機関車ごっこで「シュッシュッ!ポッポッ!」言いながらじゃないと全く進みません。遅刻気味の日は、世界最速の蒸気機関車、マラードになりきってもらう技で切り抜け。それでも駄目な日は、「ママが後部補機になって押しま~す!連結~!」でどうにか通園する日々。そんなこんなで、気が付けば早くも3月なのに、連載は今年になってからまだやっと2本目!
どうぞお見捨てなく、気長にお付き合いいただければと思います。よろしくお願いいたします。

===================================

前回書いたように、英国では保守・点検が大変になるにもかかわらず、伝統的に様々なパーツを車輪の内側に隠す「内蔵方式」が好まれてきた。なぜなのだろうか?

色々な説があるようだが、どうやら学術的な定説はないらしい。個人的には、ヒントは、英国では蒸気機関車の塗装などのことを「装い(Livery)」と呼ぶところにあるのではないかと思う。

きかんしゃトーマスのような塗装のGothenburg 32号

『きかんしゃトーマス』でお馴染みのように、英国の蒸気機関車は青や緑、赤など色とりどりに塗装され、アクセントに違う色の線で装飾することが多い。

国立ヨーク鉄道博物館で展示されるロケット号のレプリカ

鉄道図鑑の冒頭に必ずと言ってよいほど大きく載っている(*1)(*2)(*3)、蒸気機関車の創成期を代表するロケット号も真っ黄色の塗装だから、英国の蒸気機関車のカラフル塗装は古い歴史を持つ。

有名な蒸気機関車が次に何色に塗装されるのかは鉄道オタクの間で大きな話題になるため、塗り替える際は各鉄道会社も気合の入った企画として大々的に発表する。例えば、私の第5回目の連載で書いたように、世界最速の蒸気機関車、マラードと同型のLNER A4形4498号機サー・ナイジェル・グレズリー号がマラードと同じ青色に塗装される話などは一大イベントだ。

サザン鉄道ウェストカントリー形21C127(34027)号、通称エリザベス2世号
エリザベス女王の国葬2日前に喪中の花輪を着けて走る

また、故エリザベス女王戴冠70周年を記念して艶々に輝く綺麗な紫色に塗られ、白の繊細な縁取りを施されたサザン鉄道ウェストカントリー形21C127(34027)号(通称エリザベス2世号)は、機関庫前に鎮座している姿を一目見ようと、走行予定がない日にもファンが押し掛けた。

この蒸気機関車を運用するセヴァーン渓谷鉄道が流したプレスリリースによると、エリザベス2世号は女王戴冠70周年を終えたため、2023年初頭にマットな黒のボディに黄色の車両番号に塗装されるそうだ。だが、英国では装飾のないマットッな黒色塗装は全く好まれない。裏返すと、英国の価値観では蒸気機関車は美しく着飾り、エレガントな装いが求められる。同鉄道の取締役社長のスミス氏は、黒塗りは大変残念なお知らせだとしつつも、鉄道愛好家に理解を求めた。

国立ヨーク鉄道博物館、サザン鉄道Q1形C1号
第二次大戦中に大量生産されたサザン鉄道Q1形はサザン鉄道の「戦時中の装い」の代表例と言える

そのプレスリリースの中でマットな黒のことを「戦時中の装い(Wartime livery)」あるいは「緊縮財政の黒(Austerity black)」と呼んでいる。英国では第二次世界大戦中、鉄道も緊縮政権下で管理された (*4)ことに由来している。マットな黒に黄色の車両番号は、イギリス海峡に面する地方に多くの路線を持ち、戦争最前線に立たされたサザン鉄道(*5)が戦時中に使った塗装だ。セヴァーン渓谷鉄道の広報レスリー・カー氏に取材したところ、作業がもっとも簡単で保守点検がしやすい色なのだそうだ。これなら、2、3週間の塗装作業で済む。つまり、財政に余裕がなかった第二次大戦中の簡易塗装ということだ。その代表例が国立ヨーク鉄道博物館で保存されているサザン鉄道Q1形C1号の塗装である。

エリザベス2世号はマットな黒の装いを披露した後、2023年秋から1年ほどメンテナンスに入るため運行しない。保守完了後、今度はイギリス国鉄の蒸気機関車で伝統的に使われていた艶のある緑に塗装され、赤と黒の線で縁取られるそうだ。この塗装には8から9週間かかる上に、黒マットよりも熟練の技術が必要だとカー氏は質問に答えてくれた。

ドイツの蒸気機関車の典型的な塗装はマットな黒
フランクフルト歴史鉄道所有の524867号

話は少しそれるが、日本では通常、蒸気機関車の塗装はマットな黒で「戦時中の装い」に近い状態が主流だが、これはドイツの蒸気機関車を真似ているのかとずっと勝手に思っていた。現在ドイツで残っている蒸気機関車は車輪を赤に塗るのが一般的で、これはひび割れが目立つように1920年代から始まった習慣というのが通説。それ以前のドイツでは車輪まで真っ黒だったことを考えると、ドイツ式の塗装が日本で定着したと思えるからだ。だが、日本の鉄道が1872年に開通した際に、鉄道発祥の地、英国から日本に輸入された日本初の蒸気機関車、1号機関車は工場からの簡易塗装のまま日本に届いただろうと推察すると興味深い。英国側は「正式な塗装はそちらで」と簡易塗装のまま出荷したのに、日本側はそれが蒸気機関車の正式な姿だと受け取り、そのまま定着したという仮説が成り立つのではないだろうか。

多彩な塗装は何かと手間がかかるのに、英国の蒸気機関車はなぜそこまでして綺麗な色にこだわるのか。セヴァーン渓谷鉄道のカー氏に疑問をぶつけてみた。それは英国の「プライド」だとか。同氏によると、そもそも蒸気機関車が交通の主役だった頃はススですぐに汚れてしまい、何色に塗られているか判明できないくらいだったそう。にもかかわらず、英国でずっと蒸気機関車をカラフルに塗装する伝統が続いてきたのは「プライドと鉄道会社のアイデンティティ」だとカー氏は説明する。

同じことが弁装置やシリンダーなどの内蔵方式が好まれることにも言える気がする。戦時中のマットな黒の装いの代表例として上で挙げたサザン鉄道Q1形だが、そもそも、Q1形は戦争が激化していく中、「デザイン性よりも機能性重視」をキーワードに開発された経緯がある(*6)。塗装はシンプルに。石炭の消費を抑え、粗悪な石炭でも走るために軽量化を追求し、材料に困窮する中、とにかく簡素に作る。それまでの伝統的な英国の流麗な美しい蒸気機関車とは様子が異なるのは一目瞭然だ。それでも、よく見るとシリンダーは未だに内蔵方式で、弁装置もスティーブンソン式なのが面白い。色も妥協して黒のベタ塗りで我慢するような、そんなひっ迫した状況下でもドイツのような「内臓丸出し」だけはどうにか避けたい。そんな気持ちが表れている。武士は食わねど高楊枝ではないが、どれだけ困難な環境に直面しても様々な部品を内側に入れ込み、スッキリとスタイリッシュな外見にこだわりたい。それが英国のプライドの結実した形だからではないか。

実際、英国で蒸気機関車の運行に携わっている人や蒸気機関車ファンにドイツの蒸気機関車をどう思うか聞いてみると、「醜い(It’s ugly!)」と面白いほど異口同音に切り捨てる。どんなにメンテナンスが大変でも、やはり、今でも英国の鉄道オタクがプライドたっぷりに誇らしげに語るのは流麗な貴婦人のようで、華やかな装いをまとった蒸気機関車。

さて、そんな英国こだわりの塗装。マラードと同型のサー・ナイジェル・グレズリー号に昨年計画されていた青色塗装が急遽延期になり、わざわざ拝みに行ったにもかかわらず空振りだった話は以前書いた。そのサー・ナイジェル・グレズリ―号が今度こそ、青色に塗装されたらしい、、、というお話は是非またの機会に。

*1 Gifford, Clive. 2015. Cars, Trains, Ships & Planes A Visual Encyclopedia of Every Vehicle. London: Darling Kindersley Limited, 126-127.
*2 Herring, Peter. 2000. Classic British Steam Locomotives. Leicester: Abbeydale Press, 12-13.
*3 MalhotraVibha. 2015. The Train Book: The Definitive Visual History. London: Dorling Kindersley Ltd, 18-19.
*4 Mountfort, Jon, Tom Dodds, Tony Evans, and David Adams. 2011. British Steam Engines: The Ultimate Guide to the Greatest Steam Engines. Sywell: Igloo, 124.
*5 Mountfort, Jon, Tom Dodds, Tony Evans, and David Adams. 2011. British Steam Engines: The Ultimate Guide to the Greatest Steam Engines. Sywell: Igloo, 124.
*6 Longworth, Hugh. 2005. British Railway Steam Locomotives 1948–1968. Oxford: Oxford Publishing Company.

Share.

About Author

アーティスト&鉄道ジャーナリスト。アーティストとして米・CNN、英・The Guardian、独・Deutsche Welle、英・BBC Radioなどで掲載されました | 鉄道ジャーナリストとしては日本の『旅と鉄道』『乗りものニュース』や英国の雑誌『Heritage Railway』に執筆しています。
公式インスタグラム:@kaoru_akagawa
鉄道インスタグラム:@kaoru_akagawa_railwayslways

ウェブサイト

Leave A Reply

CAPTCHA