Chapter 2.8
人生のキュレーター
しばらく前のこと。 舞台関係の仕事をしている友人に「ドキュメンタリー映画のちょっと面白い試写会があるのだけど、来ない?」と誘われました。
映画に登場するプレゼンター&監督が長年ファンだった英国人冒険家ブルース・パリー(※)であることを知って、彼の映画なら面白いに決まってる! と、二つ返事で参加を決定。
この試写会は4年間に渡って撮影した600時間分の映像を劇場公開サイズの約2時間にまとめ、仮タイトルや仮ナレーション、音楽を入れたラフ試写会。
試写が終わった後、壇上に立ったプロデューサー氏からお願いがありました。
「編集や音声がまだ完璧でないのはラフ編集(仮入れ)なのでご了承いただきたいのですが、それ以外の部分で、この映画がもっとよくなるよう皆さんの率直な意見を聞かせてください。テーマがうまく伝わっているか、流れはどうか、偽善的な部分はないか、気になる点があればご指摘いただけるとありがたい。時間があれば会場に残っていただいて、食事を楽しみつつ直接お話したい。お忙しければこのアンケートに記入だけお願いでできるととても助かります。」
そしてワインと食事が到着。夕飯時ということもあったかもしれないけど、ほぼ全員が会場に残り、プロデューサー氏を囲んで和やかながら真剣なディスカッションが始まりました。
様々な意見が出た中、半数近くが指摘したのが映画の流れの違和感。この映画は大きく2つのパートに分かれていて両方ともこの作品に欠かせないのですが、前半から後半へ移る流れにどうも消化不良な印象がある。
どうしたらスムーズにメッセージが伝わるだろうか。不必要な部分はないか。何か加えるべき箇所はないか。紋切り型の自然ドキュメンタリーになってしまうのを避ける方法は…。話は2時間ほどに及びました。
4年越しでの撮影も大変な労力ですが、それを一本の作品に仕上げていくというのも気の遠くなりそうな作業です。600時間分の素材がある訳ですから、編集次第で無限のバリエーションが生まれます。駄作にもなれば平均点にも、そして傑作になる可能性もある。
では何を基準に制作を進めるのかといえば、テーマやメッセージ。それに沿わないものはバッサリ切り落とさなければ形になりません。莫大な費用をかけ、何日も寝ずに粘ってやっとカメラに収めた映像であっても、切った方がいいこともある。そして今回のようなフィードバックを得てさらに精度の高いものにしていく。
テーマ設定・物資調達と実際の撮影・そしてきびしい取捨選択と編集作業。
学生の頃に映画製作の世界に憧れたことのある私は、この試写会で思いがけなくその一部に関わることができたことがとても嬉しかったのですが、それに加えて、何かを生み出す過程にミニマリズム的思考というのはやっぱり欠かせないのだな、という思いを新たにしました。
展覧会を企画する美術館のキュレーターも、アーティストの膨大な作品群から展覧会のコンセプトにふさわしいもの、最上なものだけを厳選し、編集してコンテクストを作りあげます。
ミュージシャンが無限の音の組み合わせから美しい音楽を紡ぎだすように、小説家が無限の言葉の中からパワフルな物語を作り出すように。
自分の生活を「ふさわしいもの・大切なもの」によりフォーカスするよう心がけたらどう変わるでしょうか。
自分が主演、脚本、監督、プロデューサー、スタイリスト、キャスティング、舞台装置、音楽に編集など全てをこなす大長編映画『マイライフ』…。
主人公の私はどう行動するかな、この状況にどう対処するかな、どう考えるかな、何に時間を使うかな…。キラキラ映画、冒険映画、アクションそれともオフビート・コメディやインディペンデント系?SFやホラーもあり?!(しばし妄想…)
今年(2017)、「Tawai」というタイトルでこの映画が公開されました。パリー氏のTVドキュメンタリーをベースに、マレーシアやアマゾンのジャングル奥深くで暮らす人たちと、現代社会で暮らす人たちの「世界のとらえ方」について深く探った意欲的な作品です。
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(※)ブルース・パリー(Bruce Parry)は英国出身の冒険家、先住権擁護活動家。穏やかな外見からは想像しがたいけれど、英国海軍コマンドー部隊所属時に最年少司令官に選ばれたというキャリアの持ち主。BBCの「Tribe」「Amazon」「Arctic」など、過酷な環境や人里離れた土地を訪れるドキュメンタリー・シリーズで知られています。
<ドキュメンタリー映画「Tawai」の情報はこちら(英語)>