イギリス出国・日本入国・ホテル監禁・狂想曲 <前編>

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先日、ギタリストのHidè Takemoto 氏の18ヶ月ぶりのライヴを堪能してまいりました。

甘美な色彩と艶やかな表情を次から次へと変幻させる美しいギターの音色が、ざらついた気持ちを包み込むようにいつの間にか穏やかに癒してくれました。また、津軽三味線の名手、Hibiki Ichikawa 氏との共演も圧巻で、西と洋のストリングスがかもし出す独特の世界に心地よく引き込まれる素晴らしいひと時でした。

Hidè Takemoto

私は6月の中旬から40日間日本に滞在して、先週イギリスに帰国したばかりです。私が日本に滞在していた頃は、日本のCovid-19の感染者は1日3,000人でした。同じ頃、イギリスのロックダウンは緩和されパブやレストランでの座席制限もなくなったとニュースで報道されていたのです。しかし、なんとその当時のイギリスの感染者は1日50,000人。BBCの報道によると、ニール・ファーガソン教授は、1日20万人が感染して2,000人が入院することになる可能性があると懸念しているとか。ところがところが、ユーロ2020のフットボール、イギリスとイタリアの決勝戦やウィンブルドンテニスの中継を見ると、マスクなど着用している人の姿はほとんど見られません。

イギリス人は阿呆じゃないかと、きっちりしっかりコロナ対策に集中している日本で報道を見ていた自分は首を捻っておりました。一方で、梅雨が明けていよいよ酷暑が始まった日本では、100%の人々がどこに行くにもマスクを着用し、それぞれの店の入り口には消毒剤が設置され、一人一人入店前に検温をしている様子にも当惑していたのです。

イギリスから日本への入国は決して簡単ではありませんでした。日本に飛行機が到着してから羽田空港では約5時間、書類の提出やインタビュー、PCR検査に費やされ、それが終わるとやっと羽田空港から横浜のホテルにバスで搬送されて、ホテルの一室で約一週間の監禁です。

ホテルでの一週間は、1日3回ドアに掛けられたお弁当を、マスクを必ず着用して手を伸ばして部屋に取り込んで、食べ終わったらまたマスクをしてドアの外に置くという繰り返しです。飲酒は厳禁で、出前や家族からの差し入れも許されているとは言いますが、届いてから丸一日ウィルスが入っていないかどうかを検分され、部屋に届くのは翌日とのことなので頼む気にもなりません。

ホテル滞在の3日目に、どこからかものすごい音と数度の奇声が響き渡りました。思うにどなたか精神的にバランスを崩されたのではないかと思います。

お弁当とPCR検査キットの出し入れ以外は扉の開け閉めが許されていないはずなのに、4日目に笑い声をあげて廊下を走り回る子供達の声が聞こえました。子供を連れた家族連れが同じ飛行機に乗っていて、同じホテルに収容されたのですが、子供にとっては狭い一室に閉じ込められた一週間なんて耐えきれないことでしょう。子供の声もすぐに消えて、ホテルはまた静寂に包まれました。少しでも広い部屋に移してもらっていますように、と祈る気持ちでした。

私は爪の伸びるのが大変早く、ホテル滞在に備えて爪切りを忘れてはいけないと、早くにスーツケースの中に忍ばせておいたのですが、日の差し込まない部屋で暮らしているせいか、爪は1ミリたりとも伸びません。イギリスにいるのでも日本にいるのでもないような、とらえどころのない虚ろな気持ちに包まれました。

今までは日本とイギリスの往復は、ただ飛行機に乗り込んでうんざりするような長い時間を過ごして、入国審査に並んで預けたスーツケースを引き取って、また電車に乗って頭がぼやけた頃にやっと帰宅をして「はぁやれやれ」とむくんだ足を伸ばしながら、なんでこんなに遠いのかしらとため息をついていたものですが、今はその何倍も手間とお金と時間をかけなければ国を行き来することができません。

今回の日本イギリスの出入国で受けたPCR検査は全部で6回。イギリスを出国、日本に入国、今度は日本を出国、イギリスに入国、それぞれ72時間前にPCRテストを受けてネガティヴのcertificateをもらいます。PCR検査で陽性と出れば、たとえ航空券を持っていても渡航は許されません。ホテルでの一週間の隔離中に2回、イギリスに戻って2日目に1回です。1回のPCR検査はおよそ1万5,000円から4万円の間でしょうか。依頼をするところによって金額は大きく違います。

イギリスに戻るジャンボ機に乗っている乗客は全部で11人と、パイロットが笑ってアナウンスをしていました。

日本に帰るたびに思うのですが、日本はなんでも仕事が綿密で素晴らしくスピーディー、店員の数や道路工事や建設現場で作業している人の数が、ロンドンの3倍以上います。今回の羽田空港ではさらに大勢の方々が、私たち入国者を整理するために立ち働かれていました。しかし、大勢の人間が厳重に警戒し念入りに検分するので、とても時間がかかるのです。

イギリスを出るときは、ヒースロー空港の人がほとんどいない空っぽの出発ゲートの写真を撮ってロンドンの友人に送りつけたのですが、羽田は写真の撮影は全く許されませんでした。トイレに行くのすら整列して人数を数えられ、3人のスタッフに監視されて往復するのです。物々しい重圧感に包まれた羽田空港に到着後半日拘束され、また列を作ってバス乗り場まで結構な距離を歩き、ホテルはフロントからではなく地下駐車場から入場して、今度はホテルで一人ずつインタビューです。

その日に食べるお弁当を手渡され、エレベーターに一人だけ乗せられて自分の泊まる部屋が並んでいる階のロック付きのガラスドアをくぐり抜けてやっと部屋に到着です。しかし、これから一週間監禁される、歩くスペースが3歩くらいしかない一室に足を踏み入れた時の複雑な気持ちは一生忘れることがないでしょう。(続く)

Hibiki Ichikawa

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洋画とグラフィックデザインを専攻したのち、イラストの道へ。縁あって英高級紙「The Times」の挿絵イラストを担当。同紙から数多くの依頼を受け、新聞のタイトル欄にエリザベス女王と並んでイラストが印刷される。児童福祉に関わる団体をはじめ、クライアント・ベースの仕事をするフリーランスのイラストレーター。4年に渡ってロンドン動物園で週に一度ボランティア活動にいそしんだ経験があり、動物イラストは本物からのインスピレーション。

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