やっと実現! ボストンでアフタヌーンティー

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本を読むときだけ肩がふれあえば言葉はひとをつなぐ絹糸

こんにちは。ボストン在住の歌詠み、渡邊千歳です。この度ボストンに来て初めてアフタヌーンティーに行ってきました。

図書館に併設のティールームだったこともあって、館内では様々な人を見ました。でも、見た目は違っても、本を選ぶ時や読む時は、属性に関係なくみんな平等だし、本を通じて共有できるものもあるはずだよな、と思い、冒頭の短歌を詠みました。

すてきなティールームでした

ロンドンに住んでいたとき、アフタヌーンティーが大好きで、いくつものレストランやホテルを回っていました。あの非日常感がいいんですよねえ・・・。三段重ねのお皿に並ぶ見目麗しいお菓子。自分では絶対につくらない、というかつくれない小さくて繊細なサンドイッチ。簡単に割れてしまいそうなくらい華奢なティーカップや、洗った後すぐ拭かないとさびそうなカトラリー(メンテナンスが気になってしまう庶民の発想)。

連載タイトルにもアフタヌーンティーが入っているし、いつかは本当にボストンでもアフタヌーンティーを経験してみたい・・・!と思っていたら、チャンスは意外に早く訪れました。 The Courtyardというティールームのアフタヌーンティーが気になっていたのですが、かなり人気の場所のようで、週末はずっと満席でした。が、運良く平日に時間ができたため、この機会を逃してなるものか!と鼻息荒く予約を入れました。

このティールームは、ボストン中心部にある、Boston Public Library (ボストン公共図書館)に併設されています。 私は小学生の頃から暇さえあれば自転車を飛ばして図書館に行っていました。とにかく本が好きだったし、幸運なことに家の近くに二階建ての立派な図書館があったため、いくらでも時間を潰すことができました。 図書館に行くだけでも楽しいのに、アフタヌーンティーまで楽しめるなんて、この世の天国でしょうか?

ボストン公共図書館の内部

ボストンと紅茶といえば、1773年のボストン茶会事件が有名です。紅茶への課税や東インド会社の独占、そしてイギリス本国の議会に植民地人(当時のアメリカはまだイギリス領)が一人もいない中で政策が決められることに反発していたボストンの植民地人たちが、東インド会社の茶葉を海に投げ出しました[1]。

アメリカのアフタヌーンティーの歴史を調べてみたところ、最古の記録としては1864年に出版された T. J. Crowen 夫人の” The American System of Cookery”という本に、アフタヌーンティーの開き方が記されているようです[2]。 アメリカの上流階級の人たちは、ボストン茶会事件から100年後には優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいたのですね。19世紀後半というと、日本は江戸末期の黒船来航があり、大政奉還を経て明治がはじまったころです。

話を現代に戻して、 The Courtyardのアフタヌーンティーについて。

図書館に着くと、おおっ、道端に出店が並んでいる!
後で調べたところ、図書館の前のCopley Squareでは5月から11月までの期間、週に2回、ファーマーズマーケットが開かれているそう。たくさんの買い物客で賑わっていました。

立派な外観のボストン公共図書館と、ファーマーズマーケットのにんじん

The Courtyard は立派な庭園に面しています。時間があったので庭園を歩いてみましたが、平日にもかかわらずかなり賑わっていました。

図書館内もうろうろしてみたところ、日本語書籍の棚があって嬉しかったです。

どんな基準で日本語の蔵書を選んでいるのか、とても気になる

予約時間になり、標識を頼りにティールームに向かいました。手前はバーカウンターがある、アフタヌーンティーっぽくない内装だったため、ここじゃないだろうと通り抜けようとしたら、右手に受付があったのに気づかず、素通りしかけてしまいました。
受付の方、口角は上がってるけど目は全然笑ってない!
私みたいな右も左もわかっていない観光客の相手を日々しているからでしょうか・・・。お疲れさまです。そして失礼しました。

この左奥がティールームでした

ドレスコードはスマートカジュアルだったのですが、半袖半ズボンの男性もいました。でもまあ当然ながら、皆さんきちんとした服装。おしゃれをした女性の方が多かったです。

メニューは本に挟まれています

最初はスープとサラダが出てきました。前述の”The American System of Cookery”によると、最初にスープが出てくるのはアメリカのアフタヌーンティーの特徴なのだそうです[3] 。

ヴィーガン向けにはチーズをカリフラワーに替えてくれるなど、細やかな要望にも対応してくれました。このスープとサラダが、この日のアフタヌーンティーのお料理の中で一番おいしかったです。焼き菓子やセイボリーもおいしかったです。

ブッラータのサラダ

ヴィーガン向けにカリフラワーに替えてくれたもの

二段目のお菓子はかなり甘めで、全部は食べきれなかったため、持ち帰り用の箱をもらいました。

カラフル!

2名分とはいえ、かなり量は多いと思います

ティールームを出て、改めて思ったのは、公共図書館というのは色んな人が集う場所なんだよな〜ということ。

館内には、路上で寝泊りしているのかなと思われる人もいました。一方、ティールームはとても華やかな空間で、きれいな身なりの人ばかり。 もちろん見た目だけで全てはわかりませんが、同じ建物内なのに全く違う雰囲気をまとった人たちを見て、アメリカという大国の貧富の差にまで思いを馳せた一日でした。


[1] Britannica. https://www.britannica.com/event/Boston-Tea-Party
[2] History of Tea In America には1847年とありましたが、Amazonの当該書籍のページには1864年とあったため、1864年としました。
History of Tea In America. https://www.chadotea.com/blogs/blog/history-of-tea-in-america
Amazon. https://www.amazon.com/American-System-Cookery-Comprising-Information/dp/1166952231
[3] History of Tea In America. https://www.chadotea.com/blogs/blog/history-of-tea-in-america

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東京都下町生まれ。歌人。中学生のときにNHKの短歌コンクールで特選となったことに歓喜し、作歌を続ける。現在は歌人集団かばん関西歌会に参加。ロンドンでの会社員生活の後、アメリカに留学。フィラデルフィア、ニューヨークを経て、家族とともにボストン郊外在住。

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