<Soul cake ソウルケーキ>
10月も終わりに近づき、だいぶ秋も深まってきましたが、もう少し冬が早くやって来るイギリスでは古くから11月の最初の週には収穫の終わりと冬の訪れを告げるお祭りや儀式が多く行われてきました。また10月31日から11月2日までの3日間はAllhallowtide と呼ばれ、殉教者、聖人、亡くなった敬虔なキリスト教信者たちを弔う日とされています。 11月1日のAll Saints’ day (「諸聖人の日」「万聖節」)、この日は聖人や殉教者を記念する日、そしてその翌日11月2日はAll Soul’s day(「死者の日」「万霊節」)という死者の魂のために祈りを捧げる日。皆さんご存知の ハロウィンという語はAll Saints’ day(=古英語でAll Hallows)の前夜、つまりAll Hallows’ eve がHallowe’enと呼ばれ、そこから生まれたと言われています。近年は日本でも思い思いに仮装を楽しむハロウィンのイベントが盛んになってきましたが、今日はイギリスでこのAllhallowtide の3日間に食べられてきたお菓子を眺めてみましょう。
「Soul cake」またはシンプルに「Souls」とも呼ばれるこのお菓子は中央に十字の模様の入ったショートブレッドのような姿をしています。全ての善良な魂が苦難や苦行から解き放たれることを願いながら皆で食べるものだったそうなのですが、同時にこの時期やって来るSoulersに与えるためにもそれぞれの家庭で準備されていました。このSoulersとは前述のAllhallowtideの間に家々を回って来る子供たちや貧しい人々による、いわばクリスマスのキャロルシンギングのようなもので、賛美歌を歌ったり、祈りを捧げたりする代わりに食べ物(ソウルケーキや果物など)やお金などをもらって歩くのです。ハロウィンの「トリックorトリート」と言いながらお菓子をもらってまわる慣習とも繋がりますね。このときよく歌われたsouling songに次のようなものがあります。
A soul, a soul, a soul cake. (ソウル・ソウル・ソウルケーキ)
Please good missus a soul cake. (どうか奥さん ソウルケーキをくださいな)
An apple, a pear, a plum or a cherry, (りんごに梨にプラムにチェリー)
Any good thing to make us merry. (どれでも僕たちうれしいのだけど)
One for St. Peter, two for St. Paul, (ひとつは Peter様に ひとつはPaul様に
Three for the man who made us all. (もうひとつは僕たちを作ってくれたあの方に)
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ナツメグにシナモン、ミックススパイスなどのスパイス類とバターがたっぷり入ったこのビスケット、当時はさぞかし特別なお菓子だったことでしょう。特にシュロプシャーやチェシャーのお菓子として知られていますが、他にもイーストが入ったパンとスコーンの中間のようなタイプやカランツが入ったものなど地方によって様々な形が存在したようです。
もうひとつこの時期に作られていたお菓子として記録されているものに「Harcake」または「Soul-mass cake」と呼ばれるものがあります。
こちらは特にランカシャーなどイングランド北西部でよく作られていたそうですが、オーツを使ったジンジャーブレッドの一種です。ヨークシャーでよく作られているジンジャーブレッド「パーキン」にもよく似たお菓子で、細かく挽いたオーツとたっぷりのゴールデンシロップ、そしてジンジャーパウダーが入ります。パーキンなどの他のケーキタイプのジンジャーブレッドと違うのは牛乳の代わりにエール(ビール)が水分として入る点。作ってから3日目以降のしっとり馴染んだ頃が食べごろなのはパーキンなどと同様です。
このharcake もsoul cakeも、時代の流れと共にAllhallowtideの習慣自体が徐々に消えていくに従い作られることのなくなってしまったお菓子です。今では子供たちに人気のちょっとスプーキーなハロウィン、そして11月5日の派手な花火が大人たちにも人気のガイフォークスデイにとって代わられたかたちのAllhallowitde。お菓子ももっぱらチョコレートやキャンディ、マシュマロ、トフィーアップル(りんご飴)といったものたちへと変わってしまいました。でもたまには昔のレシピ本でもひっくり返し、派手さはないけれど滋味深いケーキを焼き、しっとりと冬の訪れを噛み締めるのも悪くないものです。