第201話 Trentham Tart ~トレンタムタルト~

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<Trentham Tart トレンタムタルト>

イングランド中部スタッフォードシャー。陶磁器の町として知られるストーク・オン・トレントがあるので、食器好きの方にはたまらない土地ではありますが、ことお菓子となると話は別。ここならではという名物が見当たらない。セイボリーの粉ものとしては以前ご紹介したスタッフォードシャーオーツケーキがありますが、何か甘いものもないものかしら、せめて昔食べられていたものでもいいから、と思っていたら~
一つありました。その名は「トレンタムタルト」。

ショートクラストぺストリーの上にラズベリージャム、スポンジ生地、アイシングという構成のタルトで、上の飾りが特徴的。中央にちょこんとのったチェリーとその両脇におかれたクルミ。そしてその周りを7個のチェリーとクルミがぐるりと囲みます。レトロ感満載のデコレーションです。
どことなくチェリーベイクウェルにも似ている?
ご名答、このタルトはベイクウエルタルトのいとこ分。ベイクウエルタルトが生まれたBakewellの町とストーク・オン・トレントは車で1時間ほどの距離、そしてこのトレンタムタルトが生まれたのはストーク・オン・トレント郊外に存在したTrentham Hall(トレンタムホール)という名のお屋敷と言われています。

レトロなデザインが目を惹きます☆

イングランドでも屈指の大邸宅として知られていたトレンタムホール。なんと11世紀までその歴史を遡ることができます。このお屋敷が栄華を誇るのは19世紀のSutherland公所有の時代。ウエストミンスター宮殿(国会議事堂)の設計で知られるチャールズ・バリー(1795-1860)がその邸宅をイタリア風に改築し、18世紀、ケイパビリティ・ブラウンがデザインしたガーデンにも手を加えます。なんでも、1873年にこの地を訪れたペルシャの王様は後のエドワード7世に、「ここはあまりにも荘厳すぎる、王座を継ぐなら彼の首をはねないと」と言ったとか言わないとか。。
とにかくそんな豪華さを極めたお屋敷ですが、皮肉なことに、産業革命によるストーク・オン・トレントの繁栄の裏側で、陶磁器工場が出す汚水などの公害によりサザーランド公はこの地を手放さざるを得なくなります。住む人のいなくなった屋敷は荒廃し、1911年にはついに取り壊されてしまいます。
現在、当時の面影を残すのは、グランドエントラスと呼ばれるわずかな部分のみですが、その広大な敷地トレンタムエステイトは整備し直され、美しいガーデンとして開かれています。

さぁお菓子の話に戻りましょう~
そのトレンタムホールのキッチンで皿洗いとして働いていた見習いの女の子Adaがある日、ゲストのためのデザートとして出すベイクウエルタルト作りを頼まれます。タルト生地の上にジャムを敷いたまでは順調だったのですが、なぜかその上にフランジパーヌ(アーモンドクリーム)ではなく、スポンジ生地をのせてしまいます。お客さんはいらしているし、もう作り直す時間はない。そのまま焼いて出さざるを得なかったタルト。ところがシェフの予想に反してゲストに大好評。そのからは「トレンタムタルト」としてこのお屋敷の名物となったとか。。

という話しが真か作り話しかは別として、このタルトが初めて店頭に並んだのは1910年、チャーチストリートにあったWilliam Cornwellというベイカリー。6つの町と村が合併してストーク・オン・トレントが市に昇格したその年、続々町に押し寄せる労働者とその家族のために新しいお菓子をと考案したのがこれだったそう。それからしばし、コーンウェルのトレンタムタルトは国中に配送されるほどに人気を博します。
が、またもトレンタムタルトに逆風が。
第二次世界大戦による材料不足から、1950年代、店は閉店を余儀なくされ、トレンタムタルトは人々の記憶から消えていったのでした。

そして時が流れ、またどんな材料も豊富に手に入る時代がやってきました、がそれは同時にどんな異国のお菓子でも、どんな手の込んだお菓子でも容易に手に入る時代、一度皆の記憶から消えてしまった素朴なお菓子がリバイバルすることは難しいようです。
でもお隣があれだけベイクウエルタルトで観光客を集めているのですから、ストーク・オン・トレントもこのタルトを町おこしに使えるんじゃない?結構おいしいもの!なんて勝手なことをひとり、遠い日本でチェリーののったタルトを頬張りながら思うのでした。。。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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