第202話 Luncheon Cake ~ランチョンケーキ~

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<Luncheon cake  ランチョンケーキ>

19世紀、20世紀初頭のレシピ本によくその名を目にする「ランチョンケーキ」。
「Luncheon(ランチョン)」?

この言葉、現代では「数人でとる、ちょっとあらたまったランチ」のような意味で使われることが多いのですが、もとは、17世紀のまだ一日の食事が二食だった時代、メインの朝食とディナーの間にとる軽食のこと指す言葉として登場したようです。なんでも、イングランド北部の方言でnuncheon あるいは nonechencheという「noon drink」を意味する語から派生したのだとか。
18世紀になると徐々に人々の朝食をとる時間が早くなる一方、夕食時間は遅くなり、その間の空腹を満たすために、「軽食(昼食)」をとる習慣が定着していきます。それと同時期、Luncheonが省略化されたLunchという語も使われるように。

で、ランチョンケーキです。
「食間にとる軽食用のケーキ」~そのざっくりとした名前のとおり、様々なタイプが存在します。もっとも一般的なのは重曹で膨らませた、軽め(ドライフルーツ少な目)のフルーツケーキ。

ミセスビートンレシピはいわゆる王道のランチョンケーキ☆

有名なミセスビートンの「Household Management(1861)」に載っているのその王道のランチョンケーキのレシピはこんな感じです。

LUNCHEON CAKE

INGREDIENTS: ½ lb. of butter, 1 lb. of flour,½ oz. of caraway seeds, ¼ lb. of currants, 6 oz. of moist sugar, 1 oz. of candied peel, 3 eggs,½ pint of milk, 1 small teaspoonful of carbonate of soda.
Mode: Rub the butter into the flour until it is quite fine; add the caraway seeds, currants (which should be nicely washed, picked, and dried), sugar, and candied peel cut into thin slices; mix these well together, and moisten with the eggs, which should be well whisked. Boil the milk, and add to it, whilst boiling, the carbonate of soda, which must be well stirred into it, and, with the milk, mix the other ingredients. Butter a tin, pour the cake into it, and bake it in a moderate oven from ¾ to 1 hour.

1パウンドの小麦粉に半パウンドのバターを擦り交ぜ、½オンスのキャラウェイシードと¼パウンドのカランツ、6オンスの砂糖、薄くスライスした1オンスのピールを加えます。よく溶いた卵3つも加えて混ぜます。½パイントの牛乳を沸騰させ、重曹小さじ1を加えて良く混ぜたものを加えます。型にバターを塗り、生地を入れ、中火のオーブンで¾~1時間焼きます。
(1パウンド=約453g 1オンス=約28g 1パイント=568ml)

甘味もフルーツも大分控えめですが、重曹で膨らませた、当時にしては軽めのケーキです。

次にカッセルの「Dictionary of Cookery」1899年版のLuncheon Cake の説明を見てみます。
「Any good plain cake may be used as a luncheon cake(プレーンで良質のケーキならいずれもランチョンケーキとして使える)」とした上で、いくつかのレシピをあげています。
一つは、前述のミセスビートンのものと似たタイプ。小麦粉にバターを擦り合わせた後、米粉と、カランツ、レモンピール、ナツメグ、好みでキャラウェイシードを入れ、卵と、重曹入りの牛乳で生地をまとめます。
また、当時、上記のケーキタイプと並んで多かったイーストを使うタイプのランチョンケーキも載っています。「Luncheon Cake made from Dough」と名付けられたこちらは、こね終わった基本のパン生地にバターやカランツ、砂糖、ナツメグなどを混ぜ込む作り方。パンを自宅で作らない場合はパン生地をベイカリーで調達しましょうとのアドバイス付き。

シンプルバージョンとして挙げられているのは「Plain Luncheon Cake」。ベーキングパウダーで膨らませる手軽なケーキタイプで、バターの代わりにビーフドリッピング(牛肉をローストする際に下に溜まる脂を濾したもの)を使って作くるエコノミーなタイプ。1日置いた方が美味しくなるそう。

ちょっと変わったところでは、「Irish Luncheon Cake(アイリッシュランチョンケーキ)」なんてものまで載っています。これは重曹を加えるケーキタイプで、小麦粉にバターを擦り混ぜ、砂糖にカランツ、レモンピール、好みでキャラウェイシードを加えるところまでは同じなのですが、そこに全卵を加える代わりに、泡立てた卵白と、バターミルクを加えて、生地を適度な固さにするというもの。重曹とバターミルクという組み合わせがアイルランド的。
気になるものは焼いてみるのが一番。

アイリッシュランチョンケーキは白く、しっとり、弾力のある不思議な食感☆

焼きあがってみると~断面は卵黄が入らないので白く、たっぷり入るバターミルクのおかげで弾力がありつつしっとり。甘味はかなり控えめなので、軽い食事には向いていそう。大抵は作っている時に、出来上がりの味や食感の想像がつくのですが、これに関しては想像を裏切られました(良い方に)。

イギリスの著名なクッカリーライター、エリザベス・デイビット氏(1913-1992)ならどんなランチョンケーキを紹介してくれるのだろうと本をめくってみると~
「ランチョンケーキはカントリーハウスのレシピを集めた本には多く登場する。大抵普通のフルーツケーキだが、時にはキャラウェイシードを加えていたり、有名なロンドンのクラブの名をつけられたリッチバージョンもある~それらはきっとマデイラ酒と共に供されていたに違いない。おそらくランチョンが午前中の軽い食事を意味していた頃にこのケーキは名付けられたのだろう~「English Bread and Yeast Cookery (1977)」。

この本の中で、彼女が数ある中から選びだしたランチョンケーキはふたつ。一つ目はスコットランドのレディ・クラークという女性のレシピ(1866)で、サルタナとシトラスピール入り。イーストで膨らませるタイプです。

Lady Clark のお屋敷で食べられていたランチョンケーキ☆

パンともケーキとも違う柔らかいどろどろのイースト入りの生地を型に入れ、発酵させること90分。型が一杯になるまで膨らんだらオーブンへ。おやおや、これも想像と違う食感です。パンのようにひきはなく、でもケーキまでは脆くない生地。イースト由来のパン的な香りはかすかに、甘味はほんのりスコーン程度。パンとも言えずケーキとも言えない、強いて言えばかなりあっさりとしたブリオッシュ。確かにこれにバターをたっぷり塗ればお昼の軽食にはいいでしょう。

もうひとつもやはりイーストバージョンで、「A plain luncheon or Tea Cake」~浅い丸型で焼く軽くて美味しいケーキで、サリーランにとても似ている~と説明しています。こちらは、ドライフルーツはなし、発酵させた後に十字に深く切り込みを入れるのが特徴的です。

さて、いろいろ食したところでまとめたいと思います。
ランチョンケーキとは、シンプルなドライフルーツ入りケーキの時もあれば、イーストで膨らませるパンに近いタイプの時もある。年代、地方、作り手によって、かなりふり幅はあるものの、いずれにせよランチョン(朝食と夜食の間の軽い食事)の際に食べられていたシンプルでかなり甘みも控えめのケーキ(パン菓子)ということになりそうです。

蛇足ですが、お皿の下に敷く「ランチョンマット」は和製英語。
イギリスでは「placemat(プレイスマット)」と呼ばれます☆

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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