<Oatcakes オーツケーキ>
ケーキと聞くと甘くソフトなものを想像してしまいますが、イギリスの「オーツケーキ」はざっくり食感のセイボリー(塩味)ビスケット。紅茶のお供にというよりはチーズやディップに添えてワインのお供に、お手軽ヘルシーな朝食にと、日本で言うところのクラッカー的存在。オーツ(カラスムギ)を主原料としているので、噛み応えと風味があり、なかなか滋味溢れるくせになる味わいです。
オーツと言えばスコットランド、小麦のあまり採れなかったスコットランド地方では、昔はオーツが主食。今でもオーツに対するこだわりは深く、ポリッジ(オーツで作るおかゆ)にするにしても、こういったオーツケーキのようなものを作るにしても、皆の好みに応えるべく、細挽きから粗挽きのもの、蒸してつぶしたロールドオーツから、挽かずにカットしただけのピンヘッドオーツまで多種多様に揃っています。と言う訳で、手作り派は好みの粗さのオーツで作るオーツケーキ。材料も作り方もシンプルです。少量のバター(ラードやドリッピングの場合も)と塩を加えたオーツにお湯を注いでまとめるだけ。これを延ばして整形してオーブンで焼けば完成なのですから。形はビスケットサイズの円形か、大きな円形を扇型にカットするかのいずれかが基本。~と簡単ではありますが、今どきはスーパーで買ってくる人がほとんど。市販品も結構種類豊富なので問題ないのでしょう。ざくざくオーツの歯ごたえ充分のものから、粉状に挽いたオーツで作る薄く食べやすいタイプ、シードがのったものなどなど揃っており、例えばショートブレッドでおなじみのWalkers だけでも6種類以上はあります。お手軽&食物繊維や鉄分豊富でヘルシーとくれば、スコットランドに限らずイギリス中で定番化するのも分かりますね。
さてここまで述べてきたのは正確に言うと「スコティッシュオーツケーキ」。実はイギリスでも他の地方に行くとまったく違う姿の「オーツケーキ」に出会うことがあります。例えば陶器好きの方ならご存知のStork on Trentがある Staffordshire、このスタッフォードシャーでオーツケーキと言えばそれはパンケーキ状のもの。さくさくのスコティッシュオーツケーキとは似ても似付きません。表面にプツプツ大きな穴の開いたパンケーキ。茶色がかった色は細かく挽いたオーツと全粒粉で作るから。そしてこの穴の感じ、見覚えがありませんか?そう、前回お話ししたクランペットのそれにそっくり。つまりイーストで膨らませる生地なのです。クランペットのお仲間として紹介したパイクレット、そのオーツバージョンとも言えるのがこのスタッフォードシャーオーツケーキなのです。ふんわりと言うより、しっとりと言う表現が合うこのオーツケーキ。こちらはベーコンや卵、ソーセージやチーズなどのフィリングを包み食事として食べることが多くなります。そして焼き立てが美味しいのと、あまり保存が利かないということもあり、その場で焼きながら販売する専門店が町中にあり、ファストフード的な役割も果たしています。ビクトリア時代、多くの女性が陶磁器工房で働いていたストークオントレントでは、やはり手早く食べられるファストフードとしてこのオーツケーキがポピュラーになったのだとか。
スタッフォードシャーのみに限らず近県でも似たようなオーツケーキが存在します。例えばDerbyshireの「ダービーシャーオーツケーキ」はこのスタッフォードシャーオーツケーキとそっくりでちょっとサイズが大きくなったもの。今はあまり見かけなくなってしまいましたが、Lancashire(ランカシャー)やYorkshire(ヨークシャー)でも15世紀頃から似たようなパンケーキ状のオーツケーキが食べられていました。Havercake 、riddlebread などとも呼ばれたそれは、今のパンケーキのように食べる他、一度天井から下げたラックに干して乾かし、シチューなどと共に食べたりもしていたそうです。なんでもこのスタッフォードシャー、ランカシャー、ヨークシャーの一部は他のイングランドの地方と比べて小麦の導入が19世紀に入ってからと遅く、スコットランド同様、主食がオーツだったとか。オーツケーキ然り、様々に工夫してオーツを食べていたのでしょう。
大きく分けて2種類の姿があるオーツケーキ、なんとなく雰囲気が伝わったでしょうか。「ケーキ」と一言で言っても、甘いものから塩味のもの、柔らかいものから固いもの、はたまたお魚とじゃが芋で作るコロッケ状のお料理「フィッシュケーキ」まで意味するイギリスの「cake」。 今回もイギリスおかし百科と言いつつ「粉もの百科」の内容となりましたが、これもまたイギリス的広義のcake の範囲内ということで。。。