第105話 Chelsea buns ~チェルシーバンズ~

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<Chelsea buns チェルシーバンズ >

イギリスのパンの中で「バンズ」と名のつくものは沢山ありますが、中でもトップクラスで有名なのが今日の主役「Chelsea buns(チェルシーバンズ)」。二番手は恐らく「ホットクロスバンズ」ではないかと思うのですが、この二つのバンズで名を馳せたのが、the Old Chelsea Bun House というベイカリー。
始まりは18世紀になるかならないかのぎりぎりの頃、場所はロンドンのJew’s Rowという通り沿い。現在その通りは残っていませんが、 今のSloane Square の近くです。なので正確にはChelsea(チェルシー)というよりは「Pimlico (ピムリコ)バンズ」と言いたいところですが~道も変われば街の区画も変わるもの、細かいことは放っておいてまずは話を進めましょう。

chelsea buns1
とにかくたいそうな人気だったと言うこのベイカリーのチェルシーバンズ、ひとつ1ペニーの甘いそのパンを求めて、老いも若きも、富裕層から庶民までが列をなし、1日中客足が途切れることはなかったとか。Handファミリー4代にわたり受け継がれたこのChelsea Bun Houseの看板ですが、とりわけ有名なのが「Captain Bun」の異名を持つRichard Hand氏。彼の時代には King George II 世がお妃のCaroline や子供たちを伴ってチェルシーバンズをしばしば買いに訪れ、次のGeorge III世も引き続き贔屓にしたので、いつしかRoyal Bun House と呼ばれるようになるほど。

当時の店の様子を描いた絵を見てみると、なるほど普通のパン屋さんとは大分違う趣で、店内には世界各国から集められた不思議な時計や置物などが沢山飾ってあり、ちょっと不思議なアートギャラリーのよう。そこにはテーブル椅子も置いてあり、お茶を飲みながらチェルシーバンズやケーキを食べることも出来たようです。長い平屋の店舗に沿った歩道にはファサードのように店から軒が延びており、雨の日も慌てることなく買い物ができるような立派な店舗です。ロイヤルファミリーですらも自ら買い物に訪れたくなるのですから、よほどよい雰囲気だったのでしょう。

ただしそんな悠長なことを言っていられないのがイースターのGood Friday。普段から相当数のチェルシーバンズを売りさばくのに慣れていたであろうチェルシーバンハウスも、この日ばかりはもうてんてこ舞い。どこまでもどこまでも続く長い行列、この日は店も早朝3時4時にオープンするにもかかわらず、イースター限定のホットクロスバンズを求めて、近隣は警官も出動するほどの大混乱。あまりの騒ぎに店側も対処しきれず、当時亡きRichard氏のあとを継いでいたMrs.Handは1792年のイースターにはこんなチラシを出すことにします。「Royal Bun House, Chelsea, Good Friday, No Cross Buns(グッドフライデーにホットクロスバンズは販売はしません)」。店の売り上げよりも、近隣に迷惑をかけるのが耐えられなかったようです。

それ程に人気を誇ったチェルシーバンハウスも、時代の流れ、流行の流れには逆らえず、1839年に店をたたむことになります。それでもその年のGood Friday のホットクロスバンズの売り上げ総数は24,000コもあったということですが。。。

くるくる巻いてカットするのも楽しい作業☆

くるくる巻いてカットするのも楽しい作業☆

 

~と、ここまでお話ししてきて、ようやく「チェルシーバンズ」そのものの説明です。
チェルシーバンズとはSticky buns とも呼ばれる、甘いシロップが上に塗られた、触るとペタッとしそうなイギリス菓子パンの代表選手。生地は牛乳や卵も入りソフト、その生地でバターやブラウンシュガー、カランツ(小型の干しぶどう)などをくるくる海苔巻きのように巻いたらスライスし、断面を上にして型に並べて焼いたもの。発酵の途中でお隣同士とくっつくので、一つ一つは四角く焼きあがるのが特徴です。いわばイギリス版シナモンロール。シナモンは入っていることもありますが、基本はなくともOK。と言っても、バリエーション好きの現代、スーパーやベイカリーで売られているそれはシナモン入りからナッツ入り、オレンジにりんごにチョコレート、なんでもありの今のチェルシーバンズ、それはそれで美味しいのですが。

ところで18世紀一世を風靡したBun Houseのチェルシーバンズはいったいどんな姿だったのでしょう?実はお店の様子を描いた絵や新聞、「軽くて甘くて美味しい」などといった簡単な感想はあっても、何故か肝心のチェルシーバンズそのものの詳細な絵やレシピが見当たりません。それほどの人気ならオリジナルのレシピでなくとも、当時の料理書に載っていてもよさそうなものなのですがそれもなし。ちなみにディケンズはじめ、当時活躍していた人たちの小説や随筆などにもチェルシーバンズは度々登場しています。大抵はほめているのですが、ジョナサン・スイフトだけはどうもお気に召さなかったよう。彼のチェルシーバンズの評価は、”Pray, are not the fine buns sold here in our town? Was it not R-r-r-r-r-r-r-r-r-r rare Chelsea buns? I bought one today in my walk; it cost me a penny; it was stale, and I did not like it, as the man said(Journal to Stella 1711)彼が散歩の途中1ペニーで買ったチェルシーバンズは古くパサパサになっていて、全然美味しくなかったそうです。さすが時の風刺作家、甘いチェルシーバンズにさえも甘くはありません。でも美味しい美味しくないの前に、みんな見た目とか、何が入っているとか書き残して欲しかったな、、なんて。

お茶のお供に甘いチェルシーバンズは最高です☆

お茶のお供に甘いチェルシーバンズは最高です☆

まぁなにせ200年以上前の話なので、実は諸説あり、当時チェルシーバンズを売っていたお店はthe Old Chelsea Bun House 近くに数軒あって互いに競い合っており、その中のReal Old Original Chelsea Bun-house という店が一番最初にチェルシーバンズを作り出した店なんだとか、オリジナルのチェルシーバンズは今のようにカランツなどのドライフルーツは入っておらず、渦巻き型でもなくもっとずっとシンプルだったのだとか、ここまで書いてきたものと随分違う内容のものも多いので、今日はこれ以上触れないことに(笑)。一応これまでの定説と言われているものを今日は書いてみました。

いかにも本格的な顔をしたパンが並ぶアルティザンベイカリーももちろん魅力的ですが、普段は素通りしてしまうスーパーのパン売り場にも、実はイギリスらしいお話を持ったパンも色々あって面白いもの。ドライフルーツ入りの渦巻きチェルシーバンズを見つけたら是非手にとってみて下さい。手をぺたぺたさせながら、渦巻きをくるくる解きながら食べるのは大人になっても楽しいものです(^^)
The best of all buns, on account of their buttery melting sweetness, and the fun of uncoiling them as you eat them Jane Grigson 「English Food」

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宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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