Geoff

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1999年の末頃、毎日のようにコンサートに通っていた時期があり、その頃学んだ事や友人、恩人たちとの出会いは今でも特別なものとして続いています。

ステュアートとの出会いもこの頃でしたが、もう一人の大切な友人、ジェフとの出会いもこの頃でした。

テムズ川沿い、Southbank Centreと呼ばれるこの建物の中にRoyal Festival Hallというコンサートホールがあり、僕はここで初めてインド、日本、ブルガリアの民族音楽やここを拠点に活躍するLondon Philharmonic Orchestraのコンサートを見て沢山の刺激を貰いました。

このホールに併設されている中ホール、Queen Elizabeth Hallで、やはり生まれて初めて生でJ.S. Bachの「2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調」を聴きに行った時のお話です。

 

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開演前、プログラムノートを一生懸命読んでいた僕に2人の紳士が近づいてきました。

‘Konnichiwa! Nihon-jin deska?’

・・・今なら違う対応をしていたかもしれませんが、当時は ‘日本語を話すイギリス人’ に全く慣れていなかった為、ドギマギしながら ‘Yes, I am.’ と答えるのが精一杯でした(おそらく正解は「Hai, Nihon-jin desu.」だったのかなぁと思いますが)。
何やら不思議そうなリアクションをしていたので、「普通は違う答え方をするのかな?」とまたドギマギしながらもそれなりに楽しく会話をし、連絡先を交換し別れたのですが…その数日後に連絡があり、何と彼の家でご飯でも食べようと誘われ…続きは前回のステュアートと同じ感じになったのですが、彼はゲイではなくただの日本好きの天才数学者で、アラン・チューリング(第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号解読の他、人工知能やコンピュータ科学の分野で多大な功績を残した人物)が率いる研究チームの一員として経験を積んだ後、ロンドンの名門インペリアル大学で51年間教鞭を取ったとうとんでもない方だったのです。

[インペリアル大学の会報誌サイトより抜粋]

ジェフと無事再会し彼の自宅まで歩く中、例のQueen Elizabeth Hallで出会った時の話になり、なぜ彼らが不思議そうなリアクションをしていたのかをニヤニヤしながら打ち明けてくれました。

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“Me and Norman talked to you as we thought we saw a young Japanese girl.” ー「僕とノーマン(彼の友人)は、若い日本人の女の子を見つけたと思って声をかけたんだよ。」

“So we were surprised that you said YES I AM like a man!” ー「だから君が男みたいな声でイエス、アイアムなんて言うからビックリしたんだ!」

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流石にそれくらいの英語はなんとか理解出来ましたが気の利いた返事が出来ず、とりあえず爆笑しておきましたw

そんな感じのありえない出会いでしたがすっかり意気投合し、その後も何度も彼の所に呼んでもらったり、子供が出来てからも家族みんなを招待して近所のパブでご飯をご馳走してくれたりと大変お世話になりました。

ただ、一番お世話になったのはギルドホール音楽院卒業間近の頃、円安の影響で仕送りでの生活が難しくなり、食費を極限まで削ってさらに学費を滞納しなければいけなくなるかもという時に、何も頼んでいないのにいきなり小切手で£6000(当時の換算レートで約1,400,000円程度)を僕にくれた事でした。

 

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“Only if you promise me not to talk about this in a future and remain good friends.” ー「君が今後この事を話題にせず、これからもずっといい友達でいてくれると約束出来るのならこれを受け取ってくれ」

 

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と、カッコ良すぎる台詞とハグと共に、僕の手に小切手を置いてくれました。

その数年後、彼は脳梗塞を患ってしまい、背中や右半身に痛みを抱えたまま車椅子生活を余儀無くされてしまったのですが、せめてもの恩返しと思い、良く彼の所に行って外に連れ出したりマッサージをしたり話し相手になったりしました。

その頃に彼への感謝の気持ちを込めて書いた曲が ‘Geoff’でした。自宅で録音したCDをプレゼントしたのですが、正式なCD『SKY FLOWERS』のリリースには間に合わず、残念ながら2017年の秋にジェフは亡くなってしまいました。

その後一年近く経った頃、彼の友人のノーマンから連絡がありました。

“Geoff left a legacy of £10,000 for you. You should receive a letter from a solicitor soon.”「ジェフが君の為に £10,000の遺産を残していたんだ。もうすぐ弁護士から手紙が来ると思うよ。」

 

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ステュアートが亡くなった時に彼が僕にしてくれた事と全く同じ事でした。

 

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僕の仕事はギターを演奏したり曲を書いたり教えたりする事ですが、音楽自体がそうであるように、僕自身もギターを弾いたり音楽を聴いて気持ちが落ち着いたり救われたりするように、少しでも多くの気持ちと音を、自分に、周りの人達に伝え、そのことが傷付いていたり悲しんでいる人達の気持ちをなだめたり、楽しい気持ちがほんの少しでも増えて、長く続くように、そういう優しい人や音が広がる為の一つの力になりたい、そんな仕事をしたい、とふと思いました(聖飢魔IIも大好きですけどw)。

彼とよく行ったパブ(Devonshire Arms)とカフェ(Fait Maison – Kensington branch)で撮影した ‘Geoff’のオフィシャル動画です。いつも同じPeroni(ペローニ ー イタリアのビール)を頼んでいた彼を偲んで僕も良くPeroniを飲むようになりました。:-)

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京都府出身。ロンドンを拠点に活動するギタリスト。15歳の頃からエレキギターを始め、19歳の頃からクラッシックギターを藤井敬吾氏に師事。1999年からギルドホール音楽院 (Guildhall School of Music & Drama) で学び、奨学金を得てギルドホール音楽院のバチュラー(楽士)、演奏家ディプロマ、作曲家ディプロマを取得。音楽的バックグラウンドはインド、日本の伝統音楽、ポップ、ロック、ヘヴィ・メタルと幅広く、クラシックギターの新しい可能性を追求し続けている。作品に津軽三味線とのコラボ『Four Springs』、シンガー・ソングライターTim Hopkins氏とのコラボ『RED SHOES GREEN TEA]』、自身の作曲作品集『SKY FLOWERS』、『FEATHERINGS』など。 公式ウェブサイト:www.hideguitar.com

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1件のコメント

  1. このようなことが現実にあるとは、驚きとともに、あたたかな気持ちになりました。
    きっと、お二人には、何かが存在していたのですね。。。
    すばらしいお話をありがとうございます!
    光がみえてきたようです。

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