時代の流れのなかで、少しずつ変わっていくもの、あまり変わらないものがあります。ものづくりにおいて変わっていくのはスタイルや好み、手法、素材など。変わらないのは、核となる人の心、思い、哲学などでしょうか ^^
5月からケンジントンのジャパン・ハウスで開催されている須藤玲子さんのNUNO展(7月11日まで無料開催!)は、変遷していく工芸というものについて、変わるもの、変わらないものといった、本質的な何かを教えてくれます。
今回初めての英国展となる須藤玲子さんは、1984 年以来約 3000 点の布を制作してきたという現代テキスタイル工芸のパイオニア的な存在。布という非常に身近な素材が、どのような工程を重ねて工芸品になっていくのか。一人の女性が何十年にも渡って関わり協働してきた業界を丁寧に見せながら「日本の布の成り立ち」について教えてくれる貴重な展覧会なのです。
須藤さんはこう言います。
「日本のテキスタイルには、布をできるだけ長く使っていこうという伝統がありますが、時代とともに布そのものが持続可能にさえなってきています。その全てが、それぞれの工程に関わる人と人との信頼関係によって生み出されています。私はそのことを皆さんに知っていただきたいし、感じていただきたいのです」
工芸デザイナーが多くの優れた職人たちとの協働作業の中から素晴らしい工芸品を生み出していく伝統は、イギリスであればまさにアーツ&クラフツであり、日本であれば民藝と呼び習わされていることと同じですよね。
須藤さんはそういった伝統をリスペクトし、日本全国の布の名産地へと足を運び現地の職人さんたちと話し合うと同時に、そこからさらに一歩進め、絹・手漉き和紙のスリット・ヤーンや、熱可塑性プラスチックといった異素材を組み合わせる手法によって現代的な独自の布を作り出し、日本の繊維産業の可能性を押し広げ、サステナブルな生産モデルを構築してきたそうです。すごい!
NUNO展ではこれまでの日本の伝統工芸と、進歩的な技術を取り入れた工程がよくわかるよう、世界で活躍されているクリエイティブ・ディレクターの齋藤精一さんのアイデアあふれるアート・ディレクションで展観! 一味も二味も違うテキスタイル展となっているのです〜♡
クリエイティブ・ディレクターの齋藤さんが「大きさや温度まで感じてもらいたい」という想いを込めてデザインされた大型インスタレーションは5つ。音と映像で再現するインスタレーションのほか、須藤さんのデザイン原画やスケッチ、またテキスタイルの原料や作品のプロトタイプなどが展示されています。キーワードとして「サステナビリティ」を掲げ、素材や製造工程における持続可能性を追求する須藤さんの想いが、革新となって立ち現れた布づくりを知ることができます。
ささ、地下ギャラリーの現代的な展示を堪能したら、また1階に戻ってきてください。
サステナビリティという意味で今回の展覧会のもう一つの見どころは、日本古来の絹素材としてはこれまで廃棄されていた「きびそ」を使ったプロジェクトについての興味深い展示です。
きびそは、蚕が繭を作るときに最初に吐き出す太くて硬い糸のことだそうです(知らなかった!)。これまでは織物に不向きとされ捨てられていた部分でしたが、山形県にある鶴岡シルク株式会社が須藤さんのアドバイスにより、きびそを細い糸に加工する機械の開発に成功。従来の絹産業としては画期的な、廃棄物を再利用するプロジェクトとして一歩を踏み出しました。
まさにアップサイクルの優良例ですね。こういったアイデアが、伝統工芸の保存や復活には不可欠。須藤さんのように広く深い知識を持つ専門家が、さまざまな分野の職人や専門家と協働することで産業を活性化できるというわけです。素敵! 須藤さんは業界の活性化や可能性を指し示す役割も大きく担っておられるのですね^^
Japan Houseの上階にあるレストランAKIRAにも行ってみてください。ここの奥にあるミステリアスな接待部屋?では、新しい展示が始まるたびにアーティストさんに床の間のアートを作ってもらうのだそう! 今回の須藤さんの作品はこんな感じ。これまでで最も伝統にのっとったアートなのだとか ^^
展示は1階のショップ内でも続きます。こちらは須藤さんの「はぎれ」コレクション。小規模ながら私もかつて「はぎれ」コレクターだったので、こういうのを見ると血が騒ぎます 笑
いかがでしたか? 布も進化してるんだなぁって、私は少し驚くと同時に感銘を受けました。人が手と頭、心を使って創り上げる伝統工芸とその進化形。深すぎます。
クラフト好きな方は見逃せない展示です^^ 日本の素晴らしさをもっと感じたい皆さんにもおすすめ。7月11日(日)までです!
会場:Japan House, 101-111 Kensington High St, London W8 5SA
https://www.japanhouselondon.uk
会期:2021年5月17日(月)〜7月11日(日)
展観無料、要予約:
https://www.japanhouselondon.uk/whats-on/2021/exhibition-making-nuno-japanese-textile-innovation-from-sudo-reiko/
※今回のNUNO展は香港のアート・センターCHATの高橋瑞木エグゼクティブディレクター兼チーフキュレーターのキュレーション により大成功を収めた2019年の展示をもとに、新しい空間デザインで公開しています。
【須藤玲子 プロフィール】
株式会社布取締役デザイン・ディレクター。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、布(NUNO)の設立に参加。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。2019 年より東京造形大学名誉教授。2008年より良品計画のファブリック企画開発、鶴岡織物工業協同組合、株式会社アズのデザイン・アドバイスを手がける。2016 年無印良品アドバイザリー・ボードに就任。毎日デザ イン賞、ロスコー賞、JID 部門賞等受賞。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいデキスタイルづくりをおこなう。作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ヴィクトリア&アルバート博物館、東京国立近代美術館等 に永久保存されている。国内外の数多くの展覧会に出品。https://www.nuno.com/
【齋藤精一 プロフィール】
パノラマティクス主宰。東京理科大学理工学部建築学科卒。建築デザインをコロンビア大学建築学科で学び、2000 年からニューヨークで活動を開始。Omnicom Group 傘下の Arnell Group にてクリエイティブ職に携わり、2003 年の越後妻有アート・トリエンナーレでのアーティスト選出を機に帰国。フリーランスのクリエイターとして活躍後、2006 年株式会社ライゾマティクス設立、2016 年よりライゾナティクス・アーキテクチャー(2020 年よりパノラマティクス)を主宰。建築で培ったロ ジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブな作品を多数作り続け、 現在ては行政や企業などの企画や実装アドバイザーも数多く行う。2018-2020 年グッドデザイン賞審査委 員副委員長。2020 年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025 年大阪・関西万博 People’s Living Lab クリエイター。https://panoramatiks.com
時間のかかる手織りの布はともすればアートになってしまい、なかなか普段着としては手が届かないですが、手作業と機械技術の融合作品であればスロー・ファッションに取り入れて日頃から愛用し、末長く身につけたいものですね。ファッション業界のサステナビリティ改革、大歓迎! 須藤さんのような先見性のあるデザイナーさんが増えて伝統業界を助けていかれますように。個人的には化繊を使わない革新も目指してほしい!