スティーブン・ライアンという現代最高峰のインテ リアデザイナー、1980年代にはあのホテルオークラの全客室をデザインしたトップデザイナーの西ロンドンにあるお宅の訪問記第2回です。 あまりテレビ に出たり、自分の名前を冠したブランド品をつくったりするようなタイプのデザイナーではないので、一般の方には名前が知られていないと思います。 が、アン ティークとアートの鑑識眼、異なる時代・地域のものを自由に組み合わせるセンス、考えに考え、練り抜かれた空間設計、何を取ってもレベルが高すぎて、私に はため息しか出ない、というよりため息すら出ないような空間です。
前回の続きなので、前回をご覧になってからどうぞ。
アンティークの木製彫刻のインパクトもすごいキッチンですが、ディテールに全く気を抜かないスティーブン。 これは廊下からキッチンへの観音開きのド ア。 面材はおそらく合皮のヘビ皮。 ハンドルはアートとハンドルの中間のようなプロダクトで金属製。 住宅設計が基本的に全てオーダーメイドのイギリス ではドアノブ・ハンドル・ラッチ・ヒンジなどのパーツもひとつひとつ選びます。 例えばアートな部品の代表格Philip Watts、アートなドアノブがいっぱい。
こちらは廊下側から見た別のドアノブ。 この壁紙は日本でも輸入販売されているニナ・キャンベルのものですが、少し薄くて使いにくかったので、 スティーブンがニナご本人に「薄いからもう少し厚みを持たせた方がいい」と言ったところ、それ以降、壁紙は全レンジ少し厚いスペックに替わったそ う。
キッチンを抜けて外に出ると中庭。 訪問したのが夕方だったので、もう樹木の後ろに植え込まれたランプが点いています。 戸外に設置したランプは中で操作 するのか、日光センサーで自動点灯にするのか、どの位置からどの角度で必要か、などアウトドアの家具の配置と植物の配置を決める中で決定するのもデザイ ナーの仕事です。 別途ランドスケープデザイナーやガーデンデザイナーを雇う場合もありますが、この規模ならスティーブンがされたのでしょう。
気候のいい時期は戸外も貴重なパーティースペース、テーブルの配置も2ヵ所に。 親しい人は家でもてなすのが慣習であるため、家は徹底的に「人をもてなす」ことを念頭に置きます。
以上で1階は終了。 地下1階はスティーブンとパートナーの主寝室とアンスイートのバスルーム、ゲスト用ベッドルーム、書斎からなります。
1階から階段を下りた空間がこれ。 小さな3畳ほどの踊り場のような空間で靴などを収納する床から天井までの造作収納が多数、この踊り場から各部屋につながります。 写真の小さなアート空間に同伴したデザイナー陣がみなド肝を抜かれていました。
パリで買ったという貝殻を隙間なく敷き詰めたアートな家具、そして絵の具が大きく盛り上がりダイナミックな肉筆の筆致が大胆なアートはピンクのグラデーションです(写真ではよく見えませんが、スティーブンのウェブサイトの写真でよく見えます)。 その他は後ろの壁紙も家具の上の花瓶や小物もピンクでまとめられています。 全部ピンクなのにちっともガーリーじゃない、とてつもなく個性的でエキセントリックな空間で全て事前に計算し尽くされているのに絶句してしまいました。
スティーブンとパートナーの主寝室、メインの色はチョコレートブラウンです。 プライベートな空間をパシャパシャ撮るのが申し訳なくあまり記録に残って いませんが、ベッドのヘッドボードもワードローブも全て造り付け。 造り付け収納とアンティークなど個別の家具とバランスを取るのもデザイナーの仕事。 スティーブンは部屋が広く見えるマジックが使える鏡を多用します。 私はベッドルームにこんなに鏡があったら落ち着いて寝られませんが・・・
主寝室からつながるアンスイートのバスルーム。 アート好きがいかんなく発揮され、バスルームにもアートがおしげもなくかけられています。 ヨーロッパで はバスルームにアートを飾る人が多いのですが、水跳ね対策はどうしているのか聞いておきます。 シャワーは別なので、バスタブ周りは小さな子どもでもいな い限り水が跳ねないのだと思いますが・・・
バスルームに壁紙を貼る人も多く、リビングと同じような感覚でキッチンもバスルームも普通の部屋としてデザインします。
こちらゲスト用のベッドルーム、メインの色はオレンジ。 ベッドの上に出ている梁はこの部屋の上に階段が通っているためですが、梁を利用して壁と同じ木材 で覆い、さらにベッドの両脇には造り付けの本棚をこしらえることにより、まるでデザインの一部であるかのように見せています。 また写真には映っていませ んが、地下1階のこの部屋と主寝室は小さな中庭に通じ、地上から光が入ります。 その中庭の壁を主寝室から見える壁はチョコレートブラウン、ゲスト寝室か ら見える壁はオレンジに塗って部屋との統一感を出す、という徹底ぶり。 細部へのこだわりが圧巻。
最後にご紹介するのは書斎。 全部屋で一番狭いこの部屋もアート・アート・アート!に囲まれていました。 デスクは部屋の細長さに合わせて奥行きを狭くした特注です。 デスクの両脇にあるサイドランプのスタンドに注目。 人の頭が・・・ここにもアートです。
おまけとしてマニアックな見方をもうひとつ紹介しておきます。
今回見せて頂いたお宅は彼のサイトにNotting Hill Studioとして掲載されています。 ここは彼が10年前に買った物件ですが、その前に住んでいたホランドパークのお宅もHolland Park Apartmentと して同じくサイトに載っています。 コレクションであるアートが同じだからわかるのですが、それぞれの家で同じアートが全く別の空間で、初めからそのアー トのためにデザインされたような立ち位置で美しく溶け込んでいます。 これを見ても生活の一部としてアートとアンティークがあり、そこを起点としてデザイ ンしているのだということがわかります。
「ミニマリスト」の対極に「マキシマリスト」という言葉がありますが、引くデザインである日本の美に慣れている私たちには、スティーブンのスタイルには圧倒されるかと思います。
スタイルの違いは置いておいても、トップデザイナーの考え方を知ることで「なぜ美しいインテリアは美しいのか?」の核心に少し触れられたのではないか、と思います。
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