夕暮れどきに仰ぐ、サー・ナイジェル・グレズリー号

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こんにちは。今日も鉄道に癒されてます、アーティストの赤川薫です。

蒸気機関車の世界最高速度記録を保持しているLNER A4形の4468号機マラードに対する英国の思い入れの深さについて前回書きましたが、今回は、マラードの兄弟とも言える蒸気機関車に会いに行ったというお話です。

鉄道の写真を撮るのが趣味な「撮り鉄」の私としては、乗らずに走っている姿を撮りたい。でも、まだヨチヨチ歩きの子鉄は鉄道に乗るのが趣味な「乗り鉄」。しかも、絶対にママと一緒に乗りたい。致し方ないので、撮りたい列車の一本前の列車で目的の駅に先乗りし、本命の列車が来るのを数十分待つ。しかし、写真を撮っていると子鉄が「ママ―!」と満面の笑顔でピンボケで写真に入って来て痛恨のボツ!しゃがんで撮っていると後ろから「ママ―!」と抱きつかれて手振れして、これまたボツ!・・・というのは子持ち撮り鉄のあるあるかもしれません。そんなアラフィフ・ママ鉄のお話に今日もお付き合いください。

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タブレット交換を待つLNER A4形の4498号機サー・ナイジェル・グレズリー

英国の電化されていない路線で、架線が張り巡らされていない緑豊かな風景の中を悠々と走るLNER A4形の姿は鉄道ファンなら一度は生で拝みたい存在だ。ひつじや牛が草をはむ景色の中を行くA4、モヒカンのような形状の二重煙突から爆煙を上げて疾走する姿、レトロな石橋を渡る瞬間、想像ばかりが膨らむ。

前回書いたように、マラードは世界最高速度記録50周年のために修復され、1980年代後半からしばらく走っていたが、今は英国の国立ヨーク鉄道博物館で眠っている。だが、A4形を設計した英国の伝説の機関車設計士、サー・ハーバート・ナイジェル・グレズリー(Sir Herbert Nigel Gresley, 1876–1941)の名前を冠した4498号機サー・ナイジェル・グレズリー号が6年間のオーバーホールを終えて走ると言うではないか(*1)。

設計者の名前を冠した4498号機

約70名の作業員が計60,000時間、総額100万ポンド(約1億6500万円)をかけた一大事業だったそうだ(*2)。しかも、走る場所はセヴァーン渓谷鉄道 (Severn Valley Railway)という保存鉄道(古い路線を保存・修復しながら運営している鉄道)だというから撮り鉄としてはこれ以上望めない状況だ。すっかり乗り鉄になった子鉄を連れ、胸を高鳴らせて旅に出た。A4形に限らず、英国の蒸気機関車に乗るにはどのようなイベントや路線が日本やロンドンから訪問しやすいか、またいつか、なるべく詳細に書きたい。(しばしお待ちを)

モヒカン煙突のサー・ナイジェル・グレズリー

散々イメージトレーニングして行ったにもかかわらず、A4形との初対面は全く思い通りに行かなかった。一般的な蒸気機関車とは趣を異にするA4の流線形の横顔はエレガントであるとともに圧倒的な貫禄があり、初めて目の前に現れた時には舞い上がって、何をどう撮ろうかあたふたした。

独特な正面の顔

まず、いつも撮り慣れた蒸気機関車の平たい顔ではない。夜な夜な子鉄と一緒に図鑑で事前勉強をして百も承知だったが、実際に対面すると、どのアングルから撮ったら一番綺麗なんだか、大女優を撮るカメラマンの心境だ。真正面のアングルではその素晴らしさが写し切れないのは流線形のすべての車両の性(さが)かもしれない。だが、真正面の「ムーミン顔」の冴えないことに関してはA4形は撮り鉄泣かせの極みだ。

車両の中も外も撮り鉄の場所取りが発生

ファン心理としては横顔を撮りたい。だれもがそう考えるらしく、A4が走るとなると英国でも撮り鉄の場所取りが起きる。のんびりしている英国の鉄道ファンがピリピリするのは、A4の魅力とセンチメントの裏返しともいえる。特に太陽の加減で写真が綺麗に撮れやすい午前中から昼過ぎまでは車両の中も外も撮り鉄で埋め尽くされ、思う位置に陣取れずに空振り続き。

同時代の蒸気機関車より圧倒的に長いという21メートル越えのボディ(*3)も、独特の流線形の効果で実際よりさらに長く感じられ、どうやってフレームに収めて良いのか咄嗟に戸惑う。

夕暮れ時となり人が少なくなってきた頃、ようやく見晴らしの良い駅のホームのベストポジションをキープできた。だが、カメラを構えてA4の到着を待っている間に、一段階、もう一段階とシャッタースピードを遅くして行かざる負えないほどにあたりは刻々と暗くなってきた。動く被写体を撮るには限界なほどまでにシャッタースピードを遅くしてしまったにもかかわらず、さらに容赦なく日は傾く。写真の粒子が荒くなるのを覚悟でISO感度を上げるか悩みつつ、「暗くなってきた・・・」と思わず呟くと、ぎゅうぎゅう詰めに立って並んでいた英国の撮り鉄達がいっせいに「だね・・・」と返してきた。立ち位置の取り合いでピリピリするほどのイベントでも、所詮、鉄オタ同士。一瞬で繋がれる。それ以上の言葉の交換が必要ないほど、全員で緊張感を共有しながら待っていた。

駅の直前のカーブに期待をかけるしかない。大きなカーブゆえ、相当スピードを落として入ってくるに違いない。大きな賭けに出て、大幅にシャッタースピードを落とした。その瞬間、サー・ナイジェル・グレズリーが何の音もたてずにゆるゆると入って来た。

レトロな腕木式信号機も嬉しい

カーブから駅までたった数秒だ。その間に豪速で頭を働かせ、何かしら撮りたい一心でカメラの設定を微妙に変えながらシャッターを切り続けた。

セヴァーン渓谷鉄道は谷間を走るため春でも日没がつるべ落とし

4498号機が通り過ぎた瞬間、その場にいた全員で、お互いの健闘に拍手をしあって笑顔で別れた。NASAでロケット打ち上げに成功でもしたかのようなテンションだ。

夢だった、分厚い煙をたなびかせ、車体を傾けて疾走する流線形が美しいアングルは撮れなかった。でも超満員のイベントで、子鉄を連れながら撮れる限界には挑戦できた気がする。この不完全燃焼さが撮り鉄の原動力だろうか。絶対にリベンジしたい。

サー・ナイジェル・グレズリー号は私が撮影した時点では黒塗りだったが、英国の鉄ちゃんたちから教えてもらった話では、近々、伝説のマラードと同じ「ドラえもんブルー」に塗り替えられることが決まっているそうだ、、、というお話は是非またの機会に。

*1 n.d. “Train Truckers Sir Nigel Gresley Train Series 2 Episode 5.” UK TV Play. Accessed 09 08, 2022. https://uktvplay.co.uk/shows/train-truckers/series-2/episode-5/6310987403112.
*2 n.d. “Train Truckers Sir Nigel Gresley Train Series 2 Episode 5.” UK TV Play. Accessed 09 08, 2022. https://uktvplay.co.uk/shows/train-truckers/series-2/episode-5/6310987403112.
*3 n.d. “Train Truckers Sir Nigel Gresley Train Series 2 Episode 5.” UK TV Play. Accessed 09 08, 2022. https://uktvplay.co.uk/shows/train-truckers/series-2/episode-5/6310987403112.

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アーティスト&鉄道ジャーナリスト。アーティストとして米・CNN、英・The Guardian、独・Deutsche Welle、英・BBC Radioなどで掲載されました | 鉄道ジャーナリストとしては日本の『旅と鉄道』『乗りものニュース』や英国の雑誌『Heritage Railway』に執筆しています。
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