ガーターリボンを纏うサー・ナイジェル・グレズリー号に焦がれて

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こんにちは。今日も鉄道に癒されてます、アーティストの赤川薫です。

世界最速の蒸気機関車、マラード。その兄弟とも言えるLNER A4形の4498号機サー・ナイジェル・グレズリー号に今春、会いに行ったことについて前回書きましたが、そこで、なんと、4498号機がマラードと同じ「ドラえもんブルー」に近々塗り替えられるという情報を小耳に挟んでしまった。ドラえもんブルーのA4が木々の間を疾走する姿を写真に撮りたい!今日も、子鉄よりさらに子供なアラフィフ・ママ鉄のお話にお付き合いください。

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ママの影響なんだか、それとも男の子の通りがちな道なのか、すっかり電車オタクな子鉄(2歳)。そして、10年前に急に鉄子になった妻の影響で、自身も子鉄だった頃の忘れていたパッションを取り戻した夫。そんな大小・老若なボーイズ二人を引き連れてドラえもんブルーのLNER A4形4498号機サー・ナイジェル・グレズリーが走るイベントに馳せ参じる旅行計画をウキウキと立てていたとある夏の日、青塗装が延期される(*1)というニュースをネットで目にしてしまった。

2022年春に6年間のオーバーホールを終えたばかりだというのに(*2)、もう不具合が見つかり、修理を優先するために2022年9月のイベントまでに青塗装は間に合わないということらしい(*3)。ドラえもんブルーになった4498号機の姿を今回の連載でお届けする計画はあっけなくとん挫した。

最後尾に配された補助の蒸気機関車(後補機重連)に押されて軽々と坂を上がるA4形
2022年9月撮影

が、とりあえず修理は無事に終了し、元気な走りと高音のホイッスル音を再び披露してくれた。特別企画で列車の最後尾に補助の蒸気機関車(Taff Vale Railway class 02形のタンク機関車)が配される後補機重連も行われた。

重連で後補機としてA4をサポートしたTaff Vale Railway class 02形のタンク機関車

A4の珍しい重連が見られて嬉しい反面、ただでさえ馬力があるA4形なのに、後ろから別の蒸気機関車に押され、上り勾配も楽々。まったく爆煙が上がらないため、鉄子的には少々不完全燃焼な遠征となった。

さて、ドラえもんブルー、ドラえもんブルーと勝手に呼んでいるマラードのこの青色だが、実はきちんとした名称がある。ガーター・ブルー(Garter Blue)(*4)だ。ロンドン・ノース・イースタン・レールウェイ(英語: London North Eastern Railway)の略称、LNERを頭につけて「LNER Garter Blue」と英国の鉄道オタク達の間では呼ばれている。

ドラえもんブルー改め、LNER Garter Blueのマラード

ガーター・ブルー。聞き慣れない色名だが、歴史は古い。なんせ、1348年にイングランド国王エドワード3世が創設したイングランドの最高勲章であるガーター勲章を身に着けるための青いリボンの色名なのだ(*5)。

最高勲章ゆえ、英王室とも関係が深い。ウィリアム王子も結婚式に青いガーターリボンを斜めに着用していたし(*6)、2022年9月8日に亡くなったエリザベス女王の墓碑にもガーター勲章の紋章が刻印されていた(*7)。日本では明治、大正、昭和、平成の歴代天皇もガーター勲章を授与されており(*8)、現上皇がガーター・ブルーのリボン姿を披露されている写真もネットで散見される。

歴史的には、芸術愛好家として有名だったチャールズ1世(1600年-1649年)もお抱え画家たちにガーター・ブルーのリボンを身にまとった肖像画を多数描かせている。特に巨匠、アンソニー・ヴァン・ダイク(英: Anthony van Dyck、1599年-1641年)の名画でその姿を鑑賞した人も多いだろう。

『チャールズ1世の三面肖像画』(1635–1636)
アンソニー・ヴァン・ダイク作、ロイヤルコレクション所蔵
ガーター勲章を首から下げたチャールズ1世が三方向から描かれている
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2022

 

『馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像』(1633年)
アンソニー・ヴァン・ダイク作、ロイヤルコレクション所蔵
斜めのガーター・リボンをつけたチャールズ1世が見て取れる
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2022

 

マラードの側面には金色のエンブレム(プラーク)が世界最高速度記録を記念して取り付けられているが、ガーター・ブルーの車体に金のエンブレムは最高勲章、ガーター勲章を意識しているに違いない。

色名の由来を知ると、車体全体をガーターリボンで包んだかのようだ

そんな英国のプライドと王室の伝統がギュギュッと詰まったマラードの塗装だが、ネットでマラードの「LNER Garter Blue」を検索すると実際にはドラえもんブルーよりも少し暗い色のようだ。

LNER Garter Blueはプルシャンブルーというペンキを元に作られている(*9)。プルシャンブルーとは、別称ベルリン・ブルーやベロリンとも呼ばれていて、日本と切っても切れない色だ。ドイツで発明されたこの紺青の顔料は1829年、江戸の刷り物に初めて使われた後、爆発的な人気を博し、北斎の波で知られる名作『冨嶽三十六景』などが生まれるきっかけを作った(*10)。東洋美術に興味のある人なら耳タコの色だと言えよう。

LNER Garter Blueはこのベルリン・ブルーのペンキに手作業で白のペンキを混ぜて作っている(*11)。そのため、いつも明度の差が生じるらしい。現在のマラードを塗った時の配合が神がかり的に「ドラえもんブルー」だったわけだ。2112年生まれのドラえもんの青も北斎が愛したベルリン・ブルーに白を混ぜて作っているのだろうか。

青になったら随分とイメージが変わることだろう

2022年9月時点では黒の装いのまま走ったサー・ナイジェル・グレズリー号だが、近々、本当にガーター・ブルーに塗りなおされるらしい。出来栄えはどんな色になるのか、楽しみだ。

しつこく3回に渡って書いたLNER A4形だが、蒸気機関車の世界最高速度記録を保持しているマラードを開発した英国と鉄道のスピードで覇権を争った国がある、、、というお話は是非またの機会に。

 

*1 Holden, Michael. 2022. “Repaint delayed as further work carried out on steam locomotive 60007 Sir Nigel Gresley.” Rail Advent. 18 06. Accessed 09 27, 2022. https://www.railadvent.co.uk/2022/06/repaint-delayed-as-further-work-carried-out-on-steam-locomotive-60007-sir-nigel-gresley.html.
*2 n.d. “Train Truckers Sir Nigel Gresley Train Series 2 Episode 5.” UK TV Play. Accessed 09 08, 2022. https://uktvplay.co.uk/shows/train-truckers/series-2/episode-5/6310987403112.
*3 Holden, Michael. 2022. “Repaint delayed as further work carried out on steam locomotive 60007 Sir Nigel Gresley.” Rail Advent. 18 06. Accessed 09 27, 2022. https://www.railadvent.co.uk/2022/06/repaint-delayed-as-further-work-carried-out-on-steam-locomotive-60007-sir-nigel-gresley.html.
*4 Haigh, Mel. 2002. “An A4 by Any Other Name.” CHIME ARCHIVE. 25 12. Accessed 09 27, 2022. https://www.sirnigelgresley.org.uk/chime-archive/mob-a4name8.shtml.
*5 Merriam-Webster.com Dictionary, s.v. “garter-blue,” accessed 09 27, 2022, https://www.merriam-webster.com/dictionary/garter-blue.
*6 n.d. “The wedding of Prince William and Miss Catherine Middleton.” The Royal Family. Accessed 10 07, 2022. https://www.royal.uk/wedding-prince-william-and-miss-catherine-middleton.
*7 尾関航也. 2022. “エリザベス女王の墓碑、黒い大理石にガーター勲章の紋章など刻印…29日から一般公開 .” 読売新聞. Accessed 09 27, 2022. https://www.yomiuri.co.jp/world/20220925-OYT1T50154/.
*8 君塚直隆. 2016. “ガーター勲章 陛下も一員、現存最古の騎士団.” 産経新聞. Accessed 09 27, 2022. https://www.sankei.com/article/20160616-3XKBY5KUWNKZVGI5GDFA42RV3M/.
*9 Haigh, Mel. 2002. “An A4 by Any Other Name.” CHIME ARCHIVE. 25 12. Accessed 09 27, 2022. https://www.sirnigelgresley.org.uk/chime-archive/mob-a4name8.shtml.
*10 Smith II, Henry D. 2005. “Hokusai and the Blue Revolution in Edo Prints.” in Hokusai and His Age: Ukiyo-e Painting, Printmaking and Book Illustrations in Late Edo Japan, by John T. Carpenter, 236. Hotei Publishing. Accessed 09 27, 2022. http://www.columbia.edu/~hds2/pdf/2005_Hokusai_and_the_Blue_Revolution.pdf.
*11 Haigh, Mel. 2002. “An A4 by Any Other Name.” CHIME ARCHIVE. 25 12. Accessed 09 27, 2022. https://www.sirnigelgresley.org.uk/chime-archive/mob-a4name8.shtml.

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アーティスト&鉄道ジャーナリスト。アーティストとして米・CNN、英・The Guardian、独・Deutsche Welle、英・BBC Radioなどで掲載されました | 鉄道ジャーナリストとしては日本の『旅と鉄道』『乗りものニュース』や英国の雑誌『Heritage Railway』に執筆しています。
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