第75話 Bath buns・ Sally Lunn~バースバンズ・サリーラン~

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okashi


<Bath buns ・ Sally Lunn バースバンズとサリーラン>

イギリス南西部にあるヒストリックシティー「Bath(バース)」。溢れる世界中からの観光客と車さえいなければ、その風格あるジョージアンの建築物と街並みはまるで数百年前にタイムトリップしたよう、街ごと世界遺産に登録されているのも納得の美しさです。そしてこの街を最もバースたらしめているのはローマ人が築いた浴場「Roman Bath(ローマンバス)」の存在。ジェーン・オースティンも味わっていたかもしれないその温泉は、今も絶えることなくこんこんと湧き出ています。温泉を味わう? そう、バースではこの鉱泉が非常に体に良いと健康のために広く飲まれていたのです。このローマンバスの隣には18世紀に上流階級の社交場として建設されたPump room(パンプルーム)があり、そこでは今もその鉱泉を飲むことが出来ます(良薬は口に苦し、お味のほうは錆びた鉄釘を煮出したような、、そんなお味ですが~ )。

おしゃれに流れ出る温泉のそのお味は・・・

おしゃれに流れ出る温泉のそのお味は・・・

さて、この体に良いという温泉の湧き出る保養の地には、優雅な社交の場を求める層だけでなく、病を癒しに来る人たちも多く集まりました。そして病院や療養所ができ、そこには当然医師の姿も。そんな医師のひとりWilliam Oliver氏(1695-1764)が今日のテーマ「Bath buns(バースバンズ)」の生みの親。カランツとシトラスピールが入ったソフトな小型の丸いパンで、シロップが塗られたつやつやの表面にはパラパラとあられ糖がのっています。今ではバースに行かずとも、ホットクロスバンズなどと並んでスーパーでも見かけることもある、どちらかというとお茶のお供に向いていそうな甘いパンなのですが、もともとはOliver医師が自分のリュウマチ患者のために、消化器官を整えると言われているキャラウェイシードをたっぷり入れた栄養価の高いパンをと、考案したのがはじまりだったそう。ですから当時はドライフルーツではなく、甘いキャラウェイシードのコンフィが使われていました。キャラウェイシードを何度も糖液に漬けて作るという手間の掛かるコンフィ入りのバースバンズ、聞いただけでもう美味しそうですね。ですが残念ながら今はバースバンズと言えばカランツとシトラスピール入りのものを指し、キャラウェイ入りは見ることはありません。それはそれで美味しいし、人気のバース名物ではあるのですが。

ツヤツヤの表面にあられ糖(時にはカランツも)のトッピングが今のバースバンズの特徴です☆

ツヤツヤの表面にあられ糖(時にはカランツも)のトッピングが今のバースバンズの特徴です☆

それにしても、いつの間にバースバンズにこんな変化が起こったのでしょう。そのきっかけのひとつとなったのが、1851年のロンドン万博。リフレッシュメントとして、お茶やお菓子などが販売されたのですが、その中のひとつとして人気だったのが「Bath buns」。記録によるとなんと5ヵ月で934,691個も売り上げたというのですから驚き。ただこれ、バースのバースバンズを基にしたとは言え、実際には他所で作った大量生産もの。バターの代わりにラードを使い、キャラウェイシードの代わりにドライフルーツを使った安価バージョンで、そこから当時は「London Bath buns」あるいは「London buns」と呼ばれたそう。バースバンズの変化はロンドン万博の影響も大分大きそうです。話のついでにもうひとつ、ロンドン万博のリフレッシュメントの販売量で興味深かったのが、紅茶とコーヒー。コーヒーが14,299lbsに対して、紅茶は1,015lbsと10分の1以下。1850年代の紅茶はまだまだ高級品だったのかも知れませんが、意外な大差に思わず言及してしまいました(^^)。ではおまけのおまけで、ほかにロンドン万博で売られていたお菓子にはどんなものがあったかというと~「Banbury cakes」「Pound cakes」「Victoria biscuits」「Rich cakes」などなどとなっています。

バースのホテルでのアフタヌーンティーに登場したお上品なバースバンズ☆

バースのホテルでのアフタヌーンティーに登場したお上品なバースバンズ☆

さて、バースにはもうひとつ有名なパンがあります。それが「Sally Lunn(サリーラン)」。バースの歴史ある街並みの中でも人が集まる一際古い小さな建物を見つけたら、きっとそれはこのサリーランの元祖を名乗る店「Sally Lunn’s house」。大きなふわふわのブリオッシュのようなそのパンは、大きなくくりではバースバンズのひとつではあるのですが、前述のOliver医師が作ったものとは別物で、1680年にフランスから亡命してきたSolange Luyon という女性が作り始めたものだと言われています。フランスでのお祭りごとの際に彼女が作っていたパンを元にしたと言うそれは、バターや卵を使ったリッチな口当たりに当時あっという間に人気になったのだとか。このサリーランズハウスは地下が小さなミュージアムになっており、彼女が使っていたというオーブンや昔のキッチンの様子を垣間見ることが出来ます。また1階のティールームはサリーランズのチーズトーストや、クロテッドクリーム&ジャム添えなどがいただけるので狭い店内はいつも大繁盛。そうそう、サリーランの名前の由来ですが、Solange Luyonという名が皆うまく発音できなくて、いつの間にかサリーランと呼ばれるようになったそうです。~というのがひとつのお話し。

サリーランはあっさり味でビッグサイズ。お茶というよりお食事向きかな☆

サリーランはあっさり味でビッグサイズ。お茶というよりお食事向きかな☆

ただこの説には首をかしげる人も実際のところ多くいます。「サリーラン」という名のパンのレシピは1800年代のレシピ本にも多く残されているのですが、Solange Luyonという女性の存在は、このお店となった建物を1937年に今の持ち主が買い取り、古い戸棚から彼女の手書きのレシピを発見したと言いはじめるまでは一切文献にも残っていないらしいのです。それまでは「サリーラン」の由来はフランス語で太陽と月を意味する ’Soleil et Lune’ が訛ったもので、表面の黄金色の焼き色と、中の生地の白さとの対比からきていると言われていました。さてさて、他にも諸説あるのでサリーランの出生の真相は闇の中ですが、しばらく消えていたサリーランがこのお店のおかげで復活し、バース観光ついでに食べられるようになったのですから、よしとしましょうか。
~こんなところで、バースバンズのお話しはおしまい、としたいところですが実はオリバー医師のバースバンズにはちょっとした続きがあったりします。それはまた次の機会にでも。。。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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