第88話 Pontefract cakes ~ポンテフラクトケーキ~

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okashi


<Pontefract cakes ポンテフラクトケーキ>

イギリス人にとっては非常に馴染みのあるお菓子に「ポンテフラクトケーキ」というものがあります。この名前から一体どんなケーキをイメージしますか?これまで「オーツケーキ」やら「ケンダルミントケーキ」など大分「ケーキ」と名の付くお菓子に想像を裏切られてきましたから、こう聞く以上、柔らかいスポンジケーキやパウンドケーキのようなオーソドックスなものは登場しないわよね~とは予想されると思いますが、きっとあらかたの想像をはるかに超えてくれるのが今日ご紹介する「ポンテフラクトケーキ」。

タイヤのゴムのような、消しゴムのような、、、いえいえ、古典的人気を誇る立派なお菓子です☆

タイヤのゴムのような、消しゴムのような、、、いえいえ、古典的人気を誇る立派なお菓子です☆

「これがケーキ?」。はい、そうなんです。色も形もまぁ~わたしたち日本人の持つケーキのイメージ(ショートケーキ)の真逆をいく、漆黒のコインサイズのこれがPontefract cakes またはPomflet cakesと呼ばれるもの。イギリスのヨークシャー地方南西部にあるPontefract (ポンテフラクト)という町で作られ始めたため、この名が付いています。表面にプレスされている印はポンテフラクト城。1400年、当時のイングランド王リチャード2世が暗殺されたことでも有名なお城です。その当時この町は「ポンフレット」と呼ばれており、シェークスピアの史劇にも登場するので聞き覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

細長いケーブル状のリコリスも人気☆色も黒だけとは限りません。

細長いケーブル状のリコリスも人気☆色も黒だけとは限りません。

さて、このタールのように黒光りした物体の正体は、日本人にとってハードルの高い例の「リコリス(甘草)」。一度怖いもの見たさで口に入れ、そのなんとも表現しがたい味と香りに思わず吐き出してしまった人も少なくないはず。このリコリスがいつイギリスに現れたかについては、ローマ人がアジアから持ち込んだと言う説や、十字軍がもたらしたというものなど諸説あるのですが、ポンテフラクトにはベネディクト派の修道院の僧侶が1090年頃に薬として持ち込み、栽培をはじめたと言う説が好まれているようです。肥沃なヨークシャーの土にあったリコリスは、その後ポンテフラクトを中心に栽培が盛んになり、1750年ごろまでにはポンテフラクトだけで47軒ものリコリス農家があったそう。ただし当時はあくまでのどの痛みを抑えたり、口の渇き、胃のもたれなどを抑える薬としての使用法。今のような嗜好品としての「リコリス」を生み出したのは、当時、リコリス農家の家族を持ち、かつ薬剤師だったGeorge Dunhill氏。1760年に彼がリコリスに砂糖を加えて、甘いのど飴「ポンテフラクトケーキ」を作り出してからは、リコリスの人気はさらに急上昇。ポンテフラクトケーキは町の一大産業となります。生誕から250年を越えるポンテフラクトケーキの姿は今も昔のまま、表面のエンボスが特徴的。現代はオートメーションで作られるその模様も、1960年頃まではひとつひとつ手でスタンプが押されていました。そのスタンプを押す人はCaker またはthumper と呼ばれ、熟練した職人になると1日になんと30,000個も押していたのだとか。いわばポンテフラクトの町を象徴するこのスタンプは、1872年、ポンテフラクトで行われたイギリス初の国会議員の無記名投票の投票箱の封印にも使われます。確かに言われてみれば手紙の封印に使われるシーリングワックス(封蝋)そっくりですものね。

リコリスの詰め合わせ「liquorice allsorts」とレコードのような「liquorice wheels」☆

リコリスの詰め合わせ「liquorice allsorts」とレコードのような「liquorice wheels」☆

このポンテフラクトケーキの最盛期は20世紀前半から中頃まで、その後チョコレートにすっかり人気を奪われ、ポンテフラクトの町から、リコリス畑はいつしかその姿を消します。現在ポンテフラクトでポンテフラクトケーキを作っているのはグミで有名なHARIBO社(前Dunhills)やTaveners として知られるTangerine社(前Wilkinsons of Pntefract)。原料のリコリスはスペインやトルコなどからの輸入品ですが、一度消えたポンテフラクトケーキの火がまた灯され、この町からリコリス菓子が世界中に輸出されるようになりました。今では毎年7月にポンテフラクトの町でリコリスフェスティバルが開かれるほどまた町の名物に返り咲いたリコリス。慣れれば美味しく感じるはずのリコリス菓子、もう一度試してみたくなってきたのではないでしょうか(^^)

小枝に見えるのはリコリスの根=リコリスルート。自然の味覚にクラリとします(^^;)

小枝に見えるのはリコリスの根=リコリスルート。自然の味覚にクラリとします(^^;)

スーパーにもよく見るとかなりの種類のリコリス菓子が並んでいます。細長いひも状のもの。それをくるくるとレコードのように巻いたもの。色も黒だけでなく、真っ赤から真っ青、白黒ストライプのものなど実にさまざま。フレイバーもストロベリー味やブルーベリー味、ミント味など見た目からはもう何がなんだか分かりません。地味な色合いが多いイギリス菓子の中でも、トップクラスに派手に色付けされたものではないでしょうか。そうそう、瓶入りのカラフルなキャンディーが並ぶ昔ながらのスイーツショップに行くと、片隅にからからに乾いた小枝のようなものが売られていることがあります。実はこれ、リコリス(甘草)の根っこ。この甘い根っこをカシカシかじると言う、なんとも素朴に過ぎるお菓子というか、根っこ(笑)。南の国で子供たちがサトウキビをかじるように、イギリスでは子供たちがこれを噛んでいた時代もあったのでしょう。ポンテフラクトの町では、数年前にリコリスの栽培もまた始められ、なんでもこのリコリスルートを売る計画があるのだとか。。。飽食の世の中、この究極にシンプルなおやつが今の世代にどう受け取られるのか楽しみですね。
この根っこに関しては~正直わたしは結構キビシイですが。。。(^^;

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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