第92話 Blancmange ~ブラマンジェ~

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okashi


<Blancmange ブラマンジェ>

「ブラマンジェ」といえば、日本でもよく目にする、あのアーモンドの香りのぷるんと固まった冷たいデザート。上手に作られたそれは上品で美味しいものですが、イギリス人の中には「ブラマンジェ」に対して、日本人とはちょっと違った印象を抱いている人も多くいます。特にある程度以上の年代の人たちにとってなのですが、ブラマンジェ=あまり食料が豊かではない時代を象徴する食べ物。1950年代、スクールディナー(給食)のデザートによく登場したというそれは、コーンスターチと色粉で出来たインスタントのブラマンジェミックスで作る、重く、味のない代物。とにかくマイナスイメージが強いらしく、今でもあれだけは食べたくない~と言う人が多い食べ物のひとつです。もちろん今の時代はそんなブラマンジェに出会うことはあまりないかもしれませんが、今日はブラマンジェの汚名返上のためにも、イギリスにおけるブラマンジェの生い立ちを少々ご紹介したいと思います。

イギリス風ブラマンジェはピンクでも黄色でもブラマンジェ☆

イギリス風ブラマンジェはピンクでも黄色でもブラマンジェ☆

「Blancmange(ブラマンジェ)」とは「白い食べ物」という意味のフランス語だということは広く知られていますが、中世の時代からフランスだけでなくその他ヨーロッパ各地の料理本や文献に度々登場していることから、ヨーロッパ中でポピュラーな食べ物だったということが分かっています。イギリスでもチョーサーのカンタベリー物語(1475)の一節に登場するくらいですから、かなりメジャーなものだったよう。ただし、当時のそれはお米やアーモンド、時にはサフランなどのスパイスやローズやオレンジウォーターまで使うことから、かなり高級な類の食べ物でした。そして、もうひとつ驚きの材料が、、、それはなんと鶏肉。「The Forme of Cury」The master cooks of King Richard Ⅱ(1390 )に登場するBlank maunger の作り方を見てみると~まずは鶏肉をストックの中で茹でて細かく裂いておきます。アーモンドにローズウォーターを加えてすりつぶし、先ほど使用したストックを足して火にかけたら、そこに洗ったお米と牛乳を加え柔らかくなるまでぐつぐつ。先ほどの鶏肉を戻して全体をつぶし、塩とお砂糖で味を整えるというもの。う~ん、なんとも味の想像がし難い料理ですが、それにアニスシードのコンフィやアーモンド、お花やざくろなどを飾りつけたものは当時のご馳走だったのだとか。時には鶏肉の代わりにお魚を使ったり、レントの時期にはお肉類は抜け、牛乳の代わりにアーモンドミルクを使用し、動物性タンパクを摂らないレント用にも。でも考えてみれば、メインコースとデザートの区別がなかったその昔、当時のミンスパイ然り、甘く味付けされたお肉入りの料理がよくあったように、ブラマンジェにお肉が入っていたのはごく自然なことだったのでしょう。また、鶏肉やお米、牛乳などを煮込んだブラマンジェは栄養と消化に優れ、病人食としてもよく用いられていたことから、Blancmange(ブラマンジェ)を「白い食べ物」とは解さず、「シンプルでプレーンな食べ物」という意味だったのではないかと言うフードヒストリアンもいます。

コーンフラワーメーカーのブラマンジェ型はレシピ入り☆

コーンフラワーメーカーのブラマンジェ型はレシピ入り☆

さて、このブラマンジェ、18世紀に入ると、レシピから鶏肉が抜け、お米や米粉に代わり、雄鹿の角やアイシングラス(魚の浮き袋から作るゼラチン)が保形剤として加えられるようになります。その結果、おかゆのような姿だったブラマンジェはさまざまな形の型に入れて固められ、より現代風になっていきます。この頃までは高貴な食卓に上っていたブラマンジェ、決して今のような悪評を得るはずもなく、、風向きがおかしくなったのは19世紀に入ってからのこと。コーンフラワーやアロールート(くず粉)といった、より簡単に、より安価に固めることが出来る新素材の登場が要因となります。ちょうどその変換期にあったビートン婦人の時代、彼女の 「Household management」(1861)には、丁寧バージョンと、お手軽バージョンの両方がのっています。きちんと手間暇かけてアーモンドを挽き、ミルクに浸して味や香りを抽出し、アイシングラスで固める基本のブラマンジェ。ゼラチンで固める卵黄入りLemon Blancmange、その名も Cheep Blancmange と題した安価版ブラマンジェはアイシングラスで固めるものの、アーモンドは入らず、レモンとローレルで香り付けして作るもの。他のお手軽&チープバージョンとして、米粉で固める Rice Blancmange、アロールートで固める Arrowroot Blancmange などなど。そして、コーンフラワー(コーンスターチ)メーカーなどが安価でお手軽なブラマンジェミックスを発売するやいなや、たちまちブラマンジェは高級な大人のデザートから、子供たちのおやつへと姿を変えたのでした。

ブラマンジェミックスは懐かしの味?

ブラマンジェミックスは懐かしの味?

時は流れ、美味しいお菓子が溢れんばかりの今の世の中、ほぼ牛乳の味しかしないブラマンジェミックスはどんどん姿を消していきましたが、考えてみればBird’sのカスタードが好きなイギリス国民、あれとそう違いのない味のブランマンジェミックスを皆がみな嫌いなはずもなく、今もなおスーパーの棚にはPearce Duff のブラマンジェミックスは鎮座しています。今でも年間700,000箱は売れているということですから、昨今のグルメブームから一周まわってシンプル回帰、そのうちまた「イギリス風ブラマンジェ」として人気が再燃する日がやって来るかも??

 

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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2件のコメント

  1. やんぬさん こんにちは☆ コメントに気づかずお返事遅くなり失礼いたしました!
    ブランマンジェは若草物語にも登場するのですね、遠い昔に読んだっきりなので、今読んだらまた違ったポイントに心を奪われるかもしれません~きっと美味しそうな描写の所に(笑)イギリスとアメリカのお菓子は似たものも多いし、、。
    仙台、住み易くていいところですよね^^ でもアメリカもまた違った刺激もあり楽しそう。いろいろな所に住んでそこの文化に触れて、大変な面もあるけれど本当にいい人生経験ですよね。
    まだまだ色々なイギリスお菓子ありますから、また読みにいらして下さいね☆

  2. MARIKOさん、はじめまして♪イギリスのお菓子にまつわるお話を、いつも楽しく読ませて頂いています。
    ブランマンジェも一から紐解くと、色んな歴史があって面白いですね。始めはお粥のようなものだった事には驚きました。
    現在アメリカ在住のため、ブランマンジェと聞くと『若草物語』(舞台がアメリカ)に出てくる、次女のジョーが作ったブランマンジェを思い出します。
    NHKのEテレで放送されている『グレーテルのかまど』でも取り上げられていましたが、始めは栄養価の高い食べ物だったみたいですね。う~ん、興味深い(笑)
    お菓子を通じてイギリス文化に触れたMARIKOさんの記事を今後も楽しみにしています♡

    P.S.アメリカの前、2年程仙台に住んでいたので、勝手に親近感を湧かせています(笑)

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