第65話 Twelfth Night cake ~トゥエルフスナイトケーキ~

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イギリスおかし百科


<Twelfth Night cake トゥエルフスナイトケーキ>

1月7日、七草粥を食べてもなお、なんだかお正月気分から抜け出せないわ~なんて声もありますが、クリスマスに関してはやたらと切り替えの早い日本。12月25日のクリスマス当日にはもうツリーは大急ぎでしまわれ、お正月の準備をしなくっちゃとばかりに走りだし、クリスマスの余韻に浸る暇もありませんが、イギリスでは1月6日までがクリスマスシーズン(Christmastide)。1月5日頃ようやくみなクリスマスの飾りを下ろします。
Twelfth Day と呼ばれる1月6日はその名が示すとおりクリスマスから数えて12日目。東方の三博士がベツレヘムのイエスキリストのもとに謁見し、贈り物を捧げた日。Epiphany (公現祭)という言葉を聞いたことがあるという方も多いでしょう。この日はキリスト教教義上1年の中で最も神聖な日のひとつ。イギリスではこれを祝い、前日の5日夜から宴が行われていました。
ちょっとややこしいのですが、古来の考え方では、1日は日没から始まり、日没で終わるとされていたため、1日は朝(午前零時)に始まり夜終わるという現代の感覚からすると前倒しになります。つまり当時にすれば、今で言う5日の日没後こそがTwelfth Dayの夜(Twelfth Night)だったのです。

ドライフルーツたっぷりのトゥエルフスナイトケーキ

ドライフルーツたっぷりのトゥエルフスナイトケーキ

この日はクリスマスタイドのクライマックス。人々は集い、ご馳走を食べ、さまざまなゲームやお芝居を楽しみました。また、ちょっとしたいたずらをしかけるのも習慣だったとか。いたずら?そう、いたずらです(笑)。例えば有名なものだと、空っぽのパイに生きた蛙や鳥を入れておき、切ったときにパッと飛び出すなんてもの。
それって何か聞いたことがあるような~なんて思われた方はなかなかのイギリス通。そうまさにあの黒つぐみが登場するナーサリーライムの歌詞のようですね。「Sing a Song of Sixpence(6ペンスの唄)」を聞き、いつもの荒唐無稽な歌詞のひとつだとばかり思っていたら、24羽は無理にしてもパイから生きたブラックバード(黒つぐみ)が出てくるのはありえない話ではなかったのです。
……………………………..

Sing a song of sixpence,  6ペンスの唄を歌おう
A pocket full of rye,  ポケットにはいっぱいのライ麦
Four and twenty blackbirds,  24羽の黒つぐみ
Baked in a pie.  パイの中に焼き込められた

When the pie was opened,  パイを開けたその時に
The birds began to sing,  その鳥たちが歌いだした
Was not that a dainty dish,  王様にお出しするのに
To set before the king?  ふさわしいご馳走ではないですか
…………………

一粒の豆入りケーキ・・・その昔、豆は神聖な食物だったのだとか。

一粒の豆入りケーキ・・・その昔、豆は神聖な食物だったのだとか。

前置きが相当長くなりましたが、このTwelfth Night に食べられていたケーキが本日テーマの「トゥエルフスナイトケーキ」。
今でこそクリスマスのメインは12月25日ですが、18世紀19世紀頃はこのトウェルフスナイトの方がクリスマスディナーをいただく日。そこで振舞われるケーキはドライフルーツたっぷりのちょうど今のクリスマスケーキのようなものでした。そして中に一粒のbean(乾燥インゲン豆)を焼き込むのが慣わし。その特別なケーキはその場にいる人全てに一切れずつ配られ、インゲン豆があたった人はその夜一晩キングとなり、例え当てたのが使用人であろうと、子供であろうと、当主にでも誰にでも好きな命令が出来たのだとか。地域によってはインゲン豆の他に pea(乾燥エンドウ豆)も一緒に焼き込まれ、これがあたった女性はクィーンとなり、やはりその晩はBean king と共に思う存分女王様気分を満喫できたのだそう。

はじめはシンプルだったケーキも19世紀はじめ頃にはアイシングで覆ったり、美しい紙やシュガーペーストで作った飾りが施されたりと、豪華にデコレーションされるようになっていきます。そして次第に中に豆を入れることはなくなり、食べる日もトゥエルフスナイトから12月25日へと変わりました。つまりこのケーキが現代のイギリスのクリスマスケーキとなるわけです。
ところで豆を当てた人がキングやクィーンになれる、、、近頃日本でも有名になったフランスのエピファニーのケーキ、ガレットデロワと一緒ですね。あの中に入れられている陶器のラッキーチャームはフェーブといいますが、フェーブはフランス語で「豆」の意。昔は豆を入れていたからそう呼ばれているのですが、ケーキの形は違えど、イギリスと同じ習慣がフランスでは今も引き継がれているわけです。

昔のトゥエルフスナイトの過ごし方についてなど興味深いお話しはまだまだ沢山あるのですが、ここは食べ物についてだけに集中することにして~最後にトゥエルフスナイトケーキと共によく飲まれていた飲み物 「wassail(ワッセイル)」について少し触れておこうと思います。

焼きりんごをそのまま一緒に温めるタイプのワッセイル☆

焼きりんごをそのまま一緒に温めるタイプのワッセイル☆

Wassail とはサイダーまたはエールに焼いたりんごとスパイス、シェリー酒などを加えた温かい飲み物のこと。中世よりクリスマスタイドの間、このワッセイルと専用の大きな器(wassail bowl)を持って家々を回り、新年の幸せを祈り飲み交わす wassailing(ワッセイリング)という習慣がありました。
また、ワッセイリングはりんごの豊作を願う行事でもありました。1月5日のトゥエルフスナイトまたは旧暦のOld twelfth night (1月17日)に果樹園ではワッセイルを浸したトーストをりんごの枝に刺し、木の根元にワッセイルを注ぎました。そして大きな音をたてて、悪霊を追い払い、冬の間眠っていた木々の精霊たちを目覚めさせ、翌年の収穫を祈ったのです。

ちなみにこの「wassail」 という語は、アングロサクソンの習慣で1年の始まりに城主が民衆に向かって叫ぶ「Waes hael (Be well の意)」という言葉からきていると言われています。ワッセイルのレシピはその土地土地によって様々ですが、ベースはりんごのお酒であるサイダーまたはエール(ビールの一種)で、シェリー酒やポートワインを少量加えます。そこに砂糖か蜂蜜といった甘味料、クローブやシナモンなどのスパイスも加えて温めるのですが、ここに欠かせないのは焼きりんご。ただ、小型のりんごを焼いてそのまま浮かべるところ、小さめにカットしてお酒に加えるところ、ブラムリーなどのクッキングアップルを焼いてマッシュして混ぜ込むところなど地域によって使い方 はいろいろです。特にこの最後のマッシュして加えるタイプは白っぽくなるまでよく泡立てるので、その見た目からLamb’s wool (子ひつじの毛)と呼ばれます。
今ではクリスマスの飲み物と言えばワインとスパイスで作るmulled wineが主流ですが、少しほろ苦い大人味のワッセイルこそイギリス伝統の冬の味なのかもしれません。

マッシュした焼きりんごを加えるラムズウールと呼ばれるワッセイル☆

マッシュした焼きりんごを加えるラムズウールと呼ばれるワッセイル☆

このトゥエルフスデイが終わるとクリスマスシーズンもようやく終わり。人々もワッセイリングで起こされたりんごの木や精霊たちも活動開始。私もそろそろお正月ボケから抜け出して気持ちも新たに活動開始しないと~。
まだまだ沢山あるイギリスお菓子、今年もご紹介していきますのでお楽しみに ♪

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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2件のコメント

  1. 毎回あまりくどくならないようにまとめようと思うのですが、古いお菓子になればなるほど背景というか、文化がからんでくるのでどうしても説明が長くなっちゃうんです(^^;) イギリスマニアックおかし百科に改名しますか(笑)

  2. アバター画像

    うわー、すごい情報量!! とっても勉強になりました。これがクリスマスケーキの大元だったんですね。ワッセイルについても初めて知りました。イギリスに暮らしていても知らないこと、たくさんあるわ!! ^^;

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