TATA Eatery タタ・イータリー (閉業)
今はなきViajanteから今をときめくChiltern Firehouseまで、ここ10年のロンドンの前衛フード・シーンを大胆に牽引してきたポルトガル人ミシュラン・シェフ、ヌノ・メンデス氏のもとで出会ったシェフ・カップルが、満を持して始めた世にも不思議なアジア+欧州フュージョン料理を食べさせてくれる貴重な店。2016年夏頃、ハックニー地区のHaggerston駅近くにオープンしました。
オーナー・シェフは中国生まれのジジュン・メンさんと、ポルトガル人のアナ・コンサルヴェスさん。二人はViajanteからメンデスさんの下で働いていた「前衛料理」の叩き上げで、メンさんが他のレストランに移ったのをきっかけに自分たちのレストランをオープンするべく活動。昼間はCurio Cabal Caféとして人気を集めるスペースを夜だけ借りてレストランにすることにしたのだそうです。
店内に入った途端、「あ、土間キッチンだ」と思いました ^^ 古い日本の家屋で、まだ薪で調理をしていた頃の土間を利用した台所。とにかく、とても懐かしい空間なのです。
席につくと小さなメニューが折り畳まれてお皿の上にのっています。広げると食材の線画とともに料理を説明してあるのですが、メニューは大小あわせてほんの12品と少ない! その中の数品はほんの一口サイズのスナックらしく、4人で行った私たちのようなグループはほぼ全品を1品ずつ注文するのが習わしであるかのように、注文をとりに来たスタッフの女性が「1品ずつでいいわね?」と声をかけてきました。そしてその通り、ライス以外の全品を頼んでみました!
まずは「“OUR” SPRING ROLL」(ハウス春巻)。なんと皮の部分がお稲荷さんで、中身も甘辛く煮た野菜とライス・ヌードルだったので、ほとんど和風のご飯抜きお稲荷さんです。「OCTOPUS TEMAKI」(タコの手巻き)はライス・ペーパーらしきものにポルトガル風?の味付けがされたタコが入ってガーリック・マヨでいただくのですが、この品だけ、さほど印象的ではありませんでした。上の写真の右下は薄切りにしたホタテをコールラビの間にはさんで薔薇に見立てたもの。日本顔負けの上品な魚介出汁いただく一品です。
甘エビのたたきをトビコとザワークラフトと一緒にいただく「AMAEBI TARTATE」は、食感、味、ともにバランスが絶妙で、この日食べたなかでいちばん気に入った品でした♪ 四川風アンコウ「MONKFISH “SZECHAN STYLE”」もスパイシーどころかアロマ香るお出汁でいただく上品な一品。「KAKIAGE」はネトルとトウモロコシのかき揚げで、そこに塩漬けの鴨の卵が散らされているユニークな料理。日本人からするとかき揚げからはほど遠い料理でしたが、まったく別物と思えば美味しくいただけます。
「MUSHROOMS」はこれまたアジア風甘辛に味付けされたキノコ炒めにほどよく固めた卵黄をのせた一品で、これも美味。極めつけはイベリコ豚の秘密という名の「IBERIAN SECRETOS」。どんぐりだけ食べて育ったイベリコ豚を柔らかく煮付け、リッチな豚ブロスでいただく絶品料理でした。そういえば写真を間違って消してしまったのですが、「TOFU “A BRAS”」と名付けられた揚げ出し豆腐風の一品があり、これも独特の舌触りや出汁も合わせて相当に工夫ある料理。とても幸せに美味しくいただきました ^^
締めは蟹入りトマト風味のお粥「CONGEE」で。甲殻類出汁のコンジーはお椀に入ってきて、「少量」と最初は思うのですが、十分に濃厚で満足度の高い一品。ぬか漬けっぽい自家製野菜漬け「FERMENTS」もいい感じに漬かってポリポリといただきました。
デザートにはコーヒー・アイスクリームを。これはマスカルポーネ・クリームとブラウン・バターを組み合わせたヘブンリーな品なので ^^ ぜひぜひデザート好きな方は試してくださいね。
こうして食べたものを全部書き出してみて改めて思うのは、やはり最初に感じた強い「和風」要素があるのは間違いないということ。中国系とポルトガル人のシェフだから、当該国らしい要素ももちろんあるのですが、ヌノ・メンデスその人が、じつは和食の大ファン。大いに影響を受けているのだから、その弟子たちにインスピレーションが及んでないはずはないのでした ^^
きっと中国人が食べると「中華ベースのフュージョンだ」と思うでしょうし、ヨーロッパの人が食べると「洋食ベースのフュージョンだ」と思うでしょう。私は日本人だから、より和食的な要素を感じたのかもしれませんが、やっぱり、客観的に見ても中華より和の要素が多いと思うのです。そして、その食技術のレベルは懐石にも比するもの。全品が完璧というわけではないのですが、それぞれに完成度が高く、シェフたちの意気込みや矜持のようなものが感じられるとでも言うのでしょうか。美しく仕上げられた小さなお皿の中に、ロンドンらしい折衷主義の宇宙が広がっています。