<Clootie dumpling クルーティーダンプリング>
12月に入り、世の中はすっかりクリスマスムード一色。イギリスのクリスマスシーズンの甘いものといえば、ドライフルーツやブランデーたっぷりのクリスマスケーキにクリスマスプディング、ミンスパイなどが有名ですが、今日はイギリス北部スコットランドのクリスマスのお菓子をご紹介します。
「クルーティーダンプリング」。聞き慣れないクルーティーという単語はスコットランドの言葉で「cloth布」を意味するcloot またはclout から、そしてダンプリングは「お団子」の意味。布で生地を包んで茹でるという、このプディングの調理法からつけられた名前です。クリスマスプディングにしろ、他のスチームプディングにしても、今でこそ陶器のプディングベイスンに生地を入れて蒸すのが一般的ですが、陶器の型が発明される以前のプディングの調理法は、「布で生地を包んで鍋の中で茹でる」というもの。クルーティーダンプリングは今でも昔ながらの製法のまま作られているトラディッショナルなプディングなのです。
材料は小麦粉にスエット(牛のケンネ脂)、レーズンやサルタナなどのドライフルーツ、お砂糖に卵に、パン粉に牛乳、たっぷりのスパイス。作り手によりオートミールや粗くおろした人参やりんごが入ることも。材料をそろえたら、あとはこれらを混ぜ合わるだけ。大切なのは布の準備です。お鍋にお湯を沸かし、熱湯で布をボイルして広げたら、たっぷりの小麦粉をふるいます。ここに生地を入れて紐でしっかり口を縛れば準備完了。湯気のたったお鍋にドブン!布にふるった小麦粉は熱湯に入れると皮のようにプディングをシールドし、余分な水分が入り込むのを防いでくれます。だから茹でてもプディングの中までべちゃべちゃ~なんてことにはならないのです。サイズにもよりますが、茹でる事3~4時間。布をはずすとのり状の「皮」が表面を覆っていてべとっとしていますが大丈夫。これをオーブンに入れて乾かすと、しっかりとした皮の大きなダンプリング状のプディングの完成です。オーブンが普及する前は、かまどの火にプディングをかざして乾かしていたのですが、これは子供たちの役割だったとか。ご馳走を目の前にワクワクのお手伝いです。他のプディング同様、このクルーティーダンプリングも近頃は陶器のプディングベイスンに生地を入れて茹でることもありますが、クルーティーダンプリングをクルーティーダンプリングたらしめているのはこの布と作り方、それはもう「クルーティーダンプリング」とは呼べないよ~という声が多いのも分かります。
イングランドのクリスマスプディングと比べ、ドライフルーツも少なめで、ブランデーやスタウトなどのアルコール類も入らず、もちろん、食べるときにブランデーをかけて炎を灯すようなこともしないこのプディング、味、見た目共に豪華さはありません。目新しさや見た目の華やかさだけにとらわれない、質実剛健さを好むスコットランドだからこそ作り続けられているのかもしれません。親から子へそして孫へと語り伝えられてきたそのレシピはファミリーレシピが故に、レシピ本にのせられることもなく、古い文献にその名を見つけることはできません。ようやく本に登場するようになったのは20世紀入ってからのこと。ボイルドプディングを作る人が減り、その伝統的な作り方を伝える必要ができてからのこととなります。ただし、ボイルドプディングの基本のようなこのプディング、名前は違えど同じようなものは18~19世紀の本にいくつも見つけることはできます。例えば1747年の出版のHannah Glasse 著「The art of cookery made plain and easy」の中の「A Boiled Plumb- Pudding」。~1パウンドずつの小麦粉、スエット、カランツに8個の卵と牛乳、そしてとパン粉とスパイス、これらを混ぜて5時間茹でなさい~というレシピのこのボイルドプラムプディングも、今のクルーティーダンプリングとほぼ同じようなものが出来上がります。相当巨大ではありますが(笑)
さて、このクルーティーダンプリング、冒頭でクリスマスのプディングとご紹介しましたが、実はクリスマスに限らず、お誕生日などのお祝い事や家族が集まるときにも作られるもの。ただ特に、クリスマスシーズンと、スコットランド特有のイベント、Hogmanay(大晦日の年越しのお祝い)やBurns Night(スコットランドの詩人ロバートバーンズを偲ぶ日)の時に作られることが多いのです。そんなスペシャルな時に作るクルーティーダンプリングにはクリスマスプディング同様、ラッキーチャームを中に忍ばせることもあります。6ペンスコインを当てた人は富と幸せを約束され、指輪は結婚を、ウイッシュボーンは待ち人が来ることを示唆するのだとか。
さてこのプディングの食べ方ですが、最も人気なのはスライスした温かいプディングになみなみのカスタードを添えるもの。人によっては生クリームやジャムを添えることもありますが、やはりスコットランドの寒さを吹き飛ばすには温かいカスタードを添えるのが一番ぴったり。クリスマスプディングと比べて甘みも控えめで、スライスも容易に出来る固さのこのプディング、もうひとつの別の楽しみ方も。余ったプディングは翌日の朝食にも登場するのです。ある朝スコットランドのB&Bで「トラディッショナルなスコティッシュブレックファストだよ」と登場したのは油でソテーされたクルーティーダンプリング。ソーセージやブラックプディングなどと共にお皿に乗せられたそれは、一般的な食べ方なのだとか。イングリッシュブレックファストに登場するフライドブレッドよりはずっと美味しい~(笑)。
今年も気づくとクリスマスまであと2週間ほど。1ヶ月以上前に作らなくてはならないクリスマスプディングを作り損ねちゃったという人でも、クルーティーダンプリングなら直前でも間に合います。プディングの生地を布で包んで茹でるのはちょっと勇気がいるけれど、スペシャルトラディッショナルなクリスマスのデザート作りにトライするチャンスかも☆