第143話 Sly cake ~スライケーキ~

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今回ご紹介するのは、イングランド北部、LancashireやYorkshire、Durham辺りで食べられている、ちょっと不思議な名前を持つお菓子「スライケーキ」です。シンプルなショートクラストペストリー2枚で、間にサルタナやカランツ、バターやお砂糖を混ぜた濃厚なフィリングをたっぷりサンドして焼き上げたお菓子。ペストリーがパフペストリー(パイ生地)になったり、フィリングにイチジクやりんごが入ったり、スパイスやナッツが加わったりと、作り手によりバリエーションは多少ありますが、いずれ見た目は似たような感じで結構地味。でも、この地味な外見が大事。だってこの変わった名前の由来になっているのですから。

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一見シンプルなどうと言うことのないケーキですが~

Slyとは「ずる賢い」とか、「秘密めいた」「いたずらな」といった意味。質素な外見なのに、一口食べると、あら、中にはリッチなフィリングがぎっしり!嬉しいサプライズを秘めたお菓子だからこの名がついたとか。別名「Cheats cake (cheat =だます)」とも。また、 スコットランドにもそっくりなお菓子で、「スコティッシュフルーツスライス(スクエア)」なんてお菓子もあるのですが、共通の別名が「fly cemetery」「fly’s graveyard」、その黒いフィリングがぎっしり詰まった様が「ハエのお墓」に見えるようで・・・どう考えても食べ物につけるあだ名じゃありませんけれど。まぁ似たようなあだ名はガリバルディビスケットエクルスズケーキにも付けられていましたから、ここはイギリス人的な愛情表現と捕らえることにしておきましょう。

中にはおいしいドライフルーツがぎっしり、 sly なケーキなのです☆

中にはおいしいドライフルーツがぎっしり、 sly なケーキなのです☆

このスライケーキのネーミングには実はもうひとつ、ロマンティックな説があったりします。それはイギリス北東部、タイン側の河口の町South Shieldsでのお話。1860年代、この町のThrift Street で人気のベイカリーを営んでいたChisholm氏。娘のマーガレットもよく店を手伝っていました。ある日店にやって来た青年ウイリアムに恋をしたマーガレット。厳格な父の目を盗んで、彼がケーキを買いに来るたびに、その袋の中にこっそり手紙を忍ばせていました。そんな内緒の関係が5年も続いたある日、とうとう二人はChisholm氏に結婚の許しを請います。が、答えはNO。二人は仕方なく駆け落ちをします。無事結婚をし、後にShieldsの町に戻り幸せに暮らすのですが、その時のケーキはマーガレットのラブレターをこっそり忍ばせた秘密のケーキということで、Sly cakeと名付けられたのでした、、、。

個人的には後者の説のほうが物語があり、楽しいのですが、それより早い1855年出版のF. K. Robinson著「Glossary of Yorkshire Words’」にスライケーキの名は「シンプルな外見に巧みにリッチなフィリングを隠していることに由来している」と記されているため、前者の説が有力。でもお菓子の名前の由来なんて、事実はさておき、夢があるほうが絶対楽しい! と思っているのはわたしだけではないはず。こんな話もあるんだよ、とお菓子を食べなら語り継がれてきた物語も大事にしていきたいですね。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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