第135話 Dorset knobs ~ドーセットノブ~

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okashi


<Dorset knobs ドーセットノブ>

今日はイギリス南西部ドーセットの名物、「Dorset knobs (ドーセットノブ)」について。
「なんかドアノブみたいなつづりの名前ね」と思ったあなた、そう、それもよく聞くこの名前の由来のひとつ。確かに姿かたちはちょっと小さめのドアノブのよう。もうひとつの由来は、ドーセットの手工芸品「ドーセットボタン」。カラフルな糸をくるくる巻いて作る繊細で可愛らしいボタンなのですが、そのいくつかあるスタイルの中の「Dorset knob(ドーセットノブ)」あるいは「High top(ハイトップ)」と呼ばれるこんもり山高タイプのボタンに姿が似ているから、というもの。ボタンなのでとっても小さいけれど、確かに形はドーム状で似ていなくもありません。17世紀、18世紀と、とても人気のあったドーセットボタンは、産業革命後、大量生産のボタンにその座を奪われ、消えつつありましたが、昨今のクラフトブームのおかげか、また少しずつ見直されてきているようです。さて、食べられないドーセットノブについてはさておき、本題の食べられる「ドーセットノブ」に話しを戻しましょう。
dorset knob1

ゴルフボールよりひとまわり大きいコロンとしたかわいい姿、そして見た目に反してその噛み応えはなかなかにドライでハード。キッチンに1週間くらい放置したパンのような、非常食用の乾パンのような、、そんな食感。焼く前はイーストで膨らませたきちんとしたパン生地で、お砂糖とバターもちゃんと入っているらしいのですが、それを低温のオーブンでからからになるまで焼ききってあるので、お味のほうは実にシンプルでそっけなく(失礼!)、巨大クルトンでも口いっぱいに頬張ったような、そんなイメージ。ですから逆に、スープに浸して食べればとっても美味。本来の食べ方は紅茶やシチューなどに浸して食べるか、あるいはバターやジャム、チーズを添えていただくものなのだとか。中でもドーセット名物のブルーチーズ「Dorset blue vinny」と一緒に食べるのが地元のおススメだそうで、ドーセットを代表する小説家トーマスハーディー(1840-1928)も、このドーセットノブとスティルトンチーズの組み合わせが大好きだったと記述が残っています。彼の時代にはドーセットノブを作る多くのベイカリーがあり、その日持ちのよさから、頻繁にパンを買いに行けない人里離れた村に住む人たちの間や、長旅の携帯食、日々のお茶のお供として、重宝がられていたのだそう。

茶色の袋に入ったMalted Wheat バージョンもあります☆

茶色の袋に入ったMalted Wheat バージョンもあります☆

この食べられるノブが最初に作られたのは1860年代のこと。ドーチェスターそばのLitton Cheneyという村に住む靴職人John Blightonの妻MariaがオープンしたWhite Cross Bakersという小さなベイカリーでこのドーセットノブは生まれました。ここで働くパン職人Moores氏が焼くドーセットノブはたいそうな人気で、近隣の村々まで広く配達されるようになります。Mrs. Blighton 亡き後、1880年、Moores氏は独立し、MorcombelakeにMoores Biscuits をオープンします。今現在もドーセットノブを作りつづけているのはこのMoores Biscuits  ただ一軒。130年以上経ってもなお昔ながらの手作りの味を大事にしています。発酵させたパン生地をひとつひとつ手で丸め、しっかり乾燥するまで温度を代えて、オーブンで焼くこと3回、作り初めてから完成までなんと8~10時間もかかるという手間暇かかるドーセットノブ。これを作り始めると他の商品が作れないというので、1年のうち、他のビスケット作りの閑散期にあたる1月と2月にまとめて1年分が作られます。さすが4時間はオーブンに入れているというだけあって、他のビスケットとは段違いの日持ちのよさ、そして頑丈さ・・・。

その頑丈さと握りやすいサイズ感からか毎年5月、ドーセットではDorset knob throwing Festival (ドーセットノブ投げ祭り)が開催されています。これまでの最高記録は29.4m。他にもスプーンにドーセットノブをのせて走る、Knob & Spoon Raceや、イースターエッグ顔負けのKnob Painting(ノブの絵付け)などなど楽しいイベントが目白押しのフェスティバル。地元ドーセットの美味しいものが溢れるストールも沢山並びフードフェスティバルも兼ねています。残念なことに今年(2018年)は開催中止となってしまいましたが、また来年はバージョンアップして復活する予定だそう。近年ブームのこういったフードイベントを滞りなく開催するのはなかなかに大変な苦労があると思いますが、昔ながらのその土地その土地の味を若い世代や、他の地域の人たちに知ってもらえる素晴らしい機会、おかげで生き残る地方菓子も増えるかも知れません。 もし今度のイギリス旅行が春夏の週末にかかっていたら、そこここで開かれているこういった楽しいイベントに遭遇できるかも。運よく巡り合えたら、デパートめぐりとは一味違う、特別な思い出が出来ること請け合いです。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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