第151話 Wiggs ウィッグ

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okashi


<Wiggs ウィッグ >

「ウィッグ」と言っても頭にかぶるアレではありません、今日お話しするのはパンの「ウィッグ」。Wiggs、wigs、whigs など綴り方はいろいろありますが、これは少なくとも15世紀まで遡ることが出来るという、小型のパンの名前。
上質の小麦粉で作られ、バターやお砂糖をたっぷり使うそれは特別なパン。クローブやメース、ナツメグなどのスパイスが入ることもありますが、欠かすことが出来ないのはキャラウェイシード。今でこそイギリスのお菓子にキャラウェイシードを入れることはめったにありませんが、18~19世紀のイギリスでは人気のフレイバー。そのまま、あるいは甘いコンフィにしてから、さまざまなパンやケーキの風味付けに加られていました。18世紀のウィッグのレシピを見ると、Barm あるいは Ale yeast などの酵母で発酵させ、お砂糖やバターもたっぷり入る実に贅沢な配合です。ただ、もともとはもっと質素な、特にレントの期間中、あるいはグッドフライデー(イエス・キリストが十字架にかけらた日)に食べるパンだったそう。Samuel Pepys(17世紀に活躍したイギリスの官僚)はその日記に、 ‘Home to the only Lenten supper I have had of wiggs and ale. ’ ~と1664年のGood Fridayの晩に、ウィッグとエールを食したことを書き記しています。この当時、ウィッグは「グッドフライデーバン」とも呼ばれていたそう。

キャラウェイシード入りのソフトでほんのり甘いウィッグ☆

キャラウェイシード入りのソフトでほんのり甘いウィッグ☆

 
18世紀以降のリッチな配合のウィッグについては、Hannah Grasse はじめ、Elizabeth Raffald他、多数のレシピ本にその作り方が取り上げられていることからも、当時メジャーなパンだったことが分かります。例えば、Elizabeth Raffald 著「The Experienced  English Housekeeper(1769)」To make light Wigs と題されたレシピを見てみると~

3/4パウンドの小麦粉に半パイントの温めたミルク、スプーン2~3杯の light bam(イースト菌のようなもの)を混ぜ、膨らむまで30分ほど火のそばに置いておきます。4オンスの砂糖とバター、シードを混ぜ込み、ウィッグ型にして(make it into wigs)高温のオーブンで焼きましょう~となっています。

さぁ、ここで問題なのが、成型法。「make it into wigs…(ウィッグにしましょう)」ではどんな形にしたらいいのか、どんなサイズに分割したらいいのかわからないというもの。これが、このラッファルド夫人の本にかかわらず、誰のどの本を見ても、その形が記載されていないというので、イギリスパンヒストリーの中の謎の一つとされています。つまり、「ウィッグ型に成型してオーブンに入れる」で分かるほどに、当時の人たちにとっては当たり前の、書く必要もないほど分かりやすい姿をしていたのではないかと、Elizabeth David 女史は「English Bread and Yeast Cookery(1977)」の中で書いています。そして、そのヒントはその語源にあるのではと推測します。ウィッグの名は wedge (ウェッジ・クサビ型のこと)を意味する低地ドイツ語のwigge/ weigから来ていることから、丸く成型したパンを4等分あるいは8等分にカットした形だったのではないかと。とは言え、地方地方によって、バターや砂糖の他に、はちみつやサック(酒精強化ワイン)を入れるところ、カランツやジンジャーが入るところなどがあったり、食べるシチュエーションもさまざま。ある地方ではクリスマスに食べ、ある地方ではキャラウェイシードが豊穣や命の再生を意味することから、春の種まきの季節や、収穫のお祝い時に、はたまたお葬式でふるまうものだった、なんて地方も。当然、形もサイズも様々あってしかるべきで、楕円形や小型の丸型、クサビ型、四角形などいろいろだったのだろう、ということにもっぱら落ち着いているようです。

wedge に分けることが出来るよう焼くことも☆

wedge に手で簡単に分けることが出来るよう焼くことも☆

 

それならそれで配合は分かっているのだから、あとは好きな形に作ればいいわけですが、やはりちょっと見てみたかったなぁと思ってしまうのは、ピーターラビットを書いたBeatrix Potter さんが頭に描いていたウィッグの姿。「The tale of Ginger and Pickles(1909)」に登場するウィッグはどんな形だったのだろうと。

ジンジャーとピクルスが営む小さなよろず屋さん。みんながツケで買うものですから、商売はあがったりで、とうとう店じまい。もちろんお肉屋さんやお魚屋さん、ティモーシーのパン屋さんだっていろいろ売りに来るけれど、‘But a person cannot live on ‘seed wigs’ and sponge-cake and butter buns-not even when the sponge-cake is as good as Timothy’s!’(でも、ひとはシードウィッグやスポンジケーキ、バターバンだけじゃ生きていけないのです、たとえティモシーのスポンジケーキほど美味しくたって!)~とお店が閉まってみんなが困ってしまうくだりで登場する、ティモシーベイカーの焼くシードウィッグが気になって仕方ない。ポターさんも当時口にすることがあったであろうシードウィッグ。ぜひとも挿絵を描いてほしかったなぁ~と思いませんか?
だって今のイギリスに、ウィッグを売ってくれるティモシーベイカーはいないのですから。。。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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