第182話 Wood Street Cake ~ウッドストリートケーキ~

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<Wood Street Cake  ウッドストリートケーキ >

 

ウッドストリートとはロンドンのセントポール寺院からそう遠くない、Cheapsideストリートから北に伸びる通りの名前。17世紀頃のこの辺りは宿屋や居酒屋などが立ち並ぶ賑やかな一角、そこで売られていたのがその名も「ウッドストリートケーキ」。何軒ものお店で売られていたのか、有名な一軒だけが売っていたのか、その辺りは定かではないのですが、ドライフルーツとスパイスがたっぷり入ったそのケーキの美味しさは評判高く、結婚式や、洗礼式、トゥエルフスナイト用にと、特別な日用のケーキを求める人々に大人気だったそう。
時が過ぎ、その通りから姿を消してしまったウッドストリートケーキが、その名を今に留めているのは、王室にかかわりのあるひとつの物語が残っているから。

 

イーストで膨らませる昔ながらのウッドストリートケーキ

 

時は1646年、清教徒革命の真っただ中。チャールズ1世の息子として生まれた後のジェームズ2世(1633-1701)は内戦を避けオックスフォードで幼少期を過ごしていました。しかし、国王側の敗北によりロンドンのセントジェームズ宮殿に幽閉されてしまいます。
幾度か脱出を試みますが、ようやくそれがかなったのが、1648年、ジェームズが14歳の時。王党派のJoseph Bampfield大佐の助けを得て、北海を超えオランダはハーグへと渡ります。この脱出劇で活躍したのが当時 バンプフィールドの恋人だったLady Anne Muray(後のLady Anne Halkett)。彼女の役割はジェームズの体にぴったり合った深紅のペチコートやウエストコートを仕立て屋にオーダーして宮殿に持ち込み、彼を女装させて連れ出すこと。無事バンプフィールドが待つボートへと彼を無事送り届けることに成功した彼女ですが、この時ジェームズのために準備しておいたのがウッドストリートケーキ。彼女が後に記した自伝(1677)には、ウッドストリートケーキがジェームズの好物であることを知っていたので船旅に持って行かせようと用意した、と記されています。

 

生地は混ぜてから1時間ほど発酵を待ちます☆

さて、この後のジェームズ2世が大好きだったというウッドケーキ、一体どんなケーキだったのか気になりますよね。ドライフルーツとスパイスがたっぷりというと、イギリス定番のあのクリスマスケーキやウェディングケーキのような、ぎっしり、ずっしりと重いフルーツケーキを想像しますが、これはあれほど重量感のあるケーキではありません。ベーキングパウダーが発明される以前のケーキによくあるように、イーストで膨らませるタイプで、粉と同量ほどのドライフルーツは入りますが、お砂糖やバターは控えめ、どちらかというとケーキというよりリッチなレーズンパンのような軽やかな食感です。

でもこれだけでは昔のケーキにはよくありがちなお菓子と変わりません。実はこのケーキの一番の特徴はその香りにあります。生地にも、そして、アイシングにもローズウォーターが入っているのです。食べた瞬間口中にバラの香りが広がり鼻孔からふわっと抜けていくときの包まれる感覚はこのケーキならでは。
サクッと軽い食感のロイヤルアイシングは、ケーキが焼きあがるとすぐに塗り広げられ、まだ熱を持っているオーブンへすぐに戻して乾かしているため。シナモンやナツメグ、メースやクローブ、それに重なるローズの香り。ロンドンの人々にも、王室メンバーにも人気のあった理由が分かる、スペシャル感のあるお菓子です。

 

ベーキングパウダーで膨らませる今風のウッドストリートケーキ

今は簡単にベーキングパウダーで作るレシピもあり、そちらはしっとりとした馴染みのある食感なので、あっさりとしたパネトーネのような食感のイーストタイプとどちらがお好みかはきっと人それぞれ。

それにしても、追手の不安におびえながらの長く暗い船旅の中、このローズの香りのウッドストリートケーキの存在はどんなにかジェームズの慰めになったことでしょう。甘いものの持つ力を知っている、女性ならではの気遣いですね。後の国王と自分たちの命を懸けた脱出劇の最中、ケーキ買っておかなきゃ!と思う男性は少ない気がしますから(笑)

 

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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